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第15話 会えない日々
決闘によってユーリがリリーとの交際を認められた日から、ふたりの周囲はひどく慌ただしくなった。
ああして大勢の前で交際を宣言したのだから、当然ただの交際として扱われるはずもなく、婚約として人々の間には伝えられた。
第三王子と伯爵令嬢の婚約だ。適当なこと発表で許させるはずもなく、今度城で開かれる盛大な晩餐会で正式に発表することになった。
その晩餐会に向けて、リリーは大忙しだ。
長らく令嬢らしい生活から遠ざかっていたため、人前に出ても大丈夫なよう、立ち居振る舞いから礼儀作法に至るまで、徹底して叩き込まれることになったのだ。しかも、王妃直々に。
最初にその申し出があったときは驚き、恐縮したが、すぐにその理由が理解できた。
王妃が教育してくれるということは、リリーの振る舞いは王妃仕込みということになる。だから、リリーを悪く言えば即ち王妃への悪口になるということだ。
リリーと結婚するにあって、ユーリは王家を離れ新たに公爵位を名乗る。つまり、リリーは公爵夫人になる。若き公爵と公爵夫人を口しがない人々から守るために、王妃が後ろ盾になってくれたということなのだ。
後ろ盾といえば、リリーの父と兄もそうだ。
娘をしかるべきところへ嫁がせたがっていたリリーの父もふたりの婚約を喜んでくれているし、張り切って社交界で根回ししてくれている。ロベルトは騎士としても次期伯爵としても人望ある人物だから、そんな彼に溺愛されているリリーを悪く言える者など、実はそう多くない。
リリーを悪く言うのはユーリが勘違いさせてしまった一部の女性たちだけで、その勘違いも徐々に正されつつある。
リリーもユーリも、互いに相応しくあろうと懸命に努力している。そんな想い合うふたりを見て、いつまでも自惚れや勘違いをしたままでいることは難しかった。
「うー……足が痛ぁい」
椅子に腰を下ろし、リリーはドレスをたくし上げて足首をさすった。
ダンスの練習がなかなかにハードで、これまであまり踊ってこなかったリリーの足はついに悲鳴を上げたのだ。
それで手当てをしてもらおうと薬術研究所に久しぶりに来たのだが、そのときちょうど誰もいなかった。各々自分の研究に熱中しているのは研究所の人間も同じことで、ままあることではあった。
今は工房を離れ、城内に一室与えられているリリーは、ここで誰かを待つしか手当てしてもらう方法がないのがもどかしい。痛み止めや消炎薬くらい、自分で作れるのに。
「あら? 怪我でもしたの?」
「オクタヴィアさん!」
しばらく座って待っていると、薬草を抱えてオクタヴィアが入ってきた。見かけたのはあの決闘の日以来だから、リリーは嬉しくなる。
「またお会いしたいと思っていたんです。その……お礼が言いたくて」
「お礼って、何について?」
リリーがペコッと頭を下げると、オクタヴィアは首をかしげた。その仕草にごまかす様子はない。おそらく、本気でわからないのだろう。オクタヴィアはロベルトのためにやったのであってリリーのためにやったわけではないから、そういう意識なのも仕方がないかもしれない。
「模擬試合の最後、オクタヴィアさんの魔法が兄の剣を落としましたよね? ……だからユーリが勝てたこと、お礼を言わなきゃって思ったんです」
あのとき、ユーリの剣がロベルトの手首に当たるより先に、何かが弾けたのをリリーは見ている。あれは間違いなく魔法だ。そして、あの場で魔法を使えたのはおそらくオクタヴィアだけ。
「……バレてたのね。そうよ。風の魔法を使ったの。あのまま剣が当たっていたら、ロベルト様が怪我をしてしまうと思って。空気の壁を作って、王子の剣を弾き返して、同時にロベルト様の剣を落とさせたの」
見破られたのが気まずいのか、オクタヴィアは叱られた子供のようにもじもじしていた。それがおかしくて、リリーはつい笑ってしまう。
「おかげでユーリと想いが通じたわ。ありがとう」
「別に……私が何もしなくても、あのまま勝ってたわよ。私は、ロベルト様のためにやっただけ」
唇をとがらせて言い訳するオクタヴィアは、冷たい美貌の魔女ではなく、愛らしい恋する乙女だ。どうしてこんなに可愛い人がロベルトのことを好きなのだろうと、リリーは不思議に思った。
「ねえ、うちのお兄様のどこがいいの? 私がいうのも変だけど、あの人ってかなりの兄バカなのよ?」
オクタヴィアの頬がさっと赤くなる。どうやら、本当に好きらしい。
「……雑貨屋で会うと、私に似合うものをいつも選んでくれるの。あなたのものを選ぶついでだけど」
恥じらいながら、オクタヴィアはポツポツとロベルトとのことを語り始めた。兄バカなロベルトしか知らないから、リリーは前のめりになって聞く。
「私、こんな見た目だけど可愛いものがすっごく好きなの。でも、いつも見てるだけだった。勇気がなくて。雑貨屋さんにも通うだけ。欲しいものを見つけても、それが似合う自分がまったく想像できなくて。そんなときに、ロベルト様に偶然出会って、『君にはこれが似合うんじゃないか』って、髪飾りを選んでくれたの。その上、つけたのを見て『可愛い』って言ってくれたの。それ以来、好きになっちゃったの。……我ながら単純よ!」
オクタヴィアは、顔を真っ赤にしていた。
すごく恥ずかしそうにしているし、はたで誰かが聞いていたらくだらないと思うかもしれないが、リリーにとっては非常に興味深い話題だった。
「あのお兄様が、私以外の女性を認識しているなんて……」
妹を溺愛しているロベルトは、はっきり言って他の女性は眼中にない。個人として識別していないだけでなく、知り合う機会があっても顔と名前を覚えない。だから、夜会に出席しても散々だと父母から聞かされている、
そんなロベルトが誰かと顔なじみになり、その相手に“可愛い”と言うなんて、信じられないことだ。
「あの……兄とそうして顔見知りになるなんて、かなり脈ありだと思います。頑張ってください」
ロベルトも二十四歳だ。まだそんなに焦る必要はないとはいえ、少しはまともに女性と接することができるようになってほしいと思っていたから、オクタヴィアのような存在の登場はありがたい。
神にでも祈るつもりで、リリーはオクタヴィアに手を合わせた。
「お、おだてたって何もあげないんだからね! そんなことより、あなたたちはどうなのよ? 最近、会えてないんでしょ?」
顔を真っ赤にしつつ、オクタヴィアは話題をそらした。だが、そらした先はリリーの最近の悩みのことで、リリーの表情は一気に曇る。
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