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第13話 愛を賭した戦い

 妙な胸騒ぎを覚えて、リリーは目覚めた。  久しぶりに実家の寝台で眠ったからかと思ったが、どうもそういう単純な理由ではない気がする。  疲れた顔で帰ったからか、父に余計なことは言われなかった。だからそういった心労はなかったものの、怒って出ていったロベルトのことを考えると胃が痛くて仕方がない。 「……ユーリ、大丈夫かな」  ロベルトはきっと、ユーリをボコボコにしてしまうだろう。ユーリは決して強くない。それに、人と争うことが得意ではないため、きっとひどいやられ方をするだろう。 「怪我をしてるなら、手当てしてあげなきゃ」  ユーリがボロボロになっているのではないかと思うといてもたってもいられなくなって、リリーは寝台から起きだした。  胸騒ぎの正体がユーリの怪我なのかはわからないが、考えると落ち着かなくなったのだ。  部屋に運んでもらった朝食を適当に胃に収めると、リリーは馬に跨って城へと駆け戻った。 「どうなさったんですか?」  まずは薬の準備をするために工房へ戻ろうと裏庭に向かうと、研究所の所長が目立つところで右往左往していた。真っ白な眉と髭をたくわえた姿が仙人じみているが、実際は五十に手が届く届かないかくらいらしい。そのしょぼしょぼしたマスコット的上司が困り果てているのを見て、リリーは胸騒ぎを強くした。 「メレンドルフ君! よかった! 戻ってこないなら誰かを探しにやるべきかどうか迷っておったんだ」 「あの、落ち着いてください。私に、急ぎのご用ですか?」 「君の兄上とユリアーヌス王子殿下が大変なことになっとるんだよ」 「え!?」  リリーの姿に気づいた上司は、あわてた様子で近づいてくる。何事かと思えば、やはりユーリとロベルトのことだった。 「あのふたりが、どうしたんですか?」 「剣術の模擬試合をするから、その立会人をしてくれと頼まれたんじゃ」 「模擬試合の立会人? そんなの聞いたことありませんけど……」 「だからおそらく、模擬試合と言いつつ、決闘なんだろう」  上司の言葉に、リリーの顔はサッと青くなった。  ユーリがロベルトに一方的にやられるよりもひどいことになっている。どのくらいの人間が立会人として集められているのかわからないが、ひと前で徹底的に追いつめるつもりなのだろう。 「殿下と兄上のことじゃから、メレンドルフ君にも関係あることだろうと思って待っとたんだ」 「あの、時間はいつなんですか? 止めなくちゃ……」  ユーリがロベルトに負けて怪我を負うのは嫌だが、それよりもロベルトが何らかの責任を取らされるのが心配だった。ロベルトは兄として、リリーのために怒ってくれている。そうはいっても、第三王子を決闘で打ち負かしてただで済むわけがない。 「時間は鐘が十鳴る頃だから、まだ少し余裕はあるが。止めることはできんよ。男と男の戦いだ。メレンドルフ君にはそれを見届ける義務はあるが、止める権利はないんじゃ。自分を愛する男たちのことだから、止められると思うのは驕りだな。君にできるのは、見守ることだけだ。その覚悟を持ちなさい」  仙人じみた上司は、真剣な顔をして言う。まさかこのマスコット上司にそんなことを言われるとは思わなかったが、だからこそ胸に刺さった。 「見届ける、覚悟……わかりました。止めても無駄なら、最後までちゃんと見ます。決闘の場所に、連れていってください」  腹をくくり、リリーは上司を見た。リリーが来るまでおろおろしていたのが嘘のように、今や上司は落ち着いている。 「わし、血なまぐさいのはどうにも嫌だったんだが、君が見届けてくれるならいいな。『私のために喧嘩はやめて』というのも、男同士の戦いには必要な要素じゃし」  落ち着いた理由はそれだったのかとリリーは呆れたが、上司のことはこの際どうだっていい。 (ユーリも、お兄様も、どちらも大変なことになりませんように……)  祈りながら、リリーは上司に連れられて決闘の場所まで向かった。  模擬試合という名の決闘が行われるのは、騎士たちが訓練に使う演習場だった。予想よりも少なかったが、そこにはリリーの上司のように呼ばれたらしい人々が集まっていた。 「リリー嬢、あなたも来たのですね」  ひときわ体格の良い男性が、リリーに気づき声をかけてきた。騎士団長だ。リリーの父の同僚で、ロベルトの上司にあたる。 「はい。見届けなくてはと思い、参りました」 「良い心がけです。表向きは模擬試合ですし、“勝った者の願いを聞き入れる”という子供じみた条件がついておりますが、実情はあなたを巡るものでしょうから。よく見ておいてください」 「……はい」  騎士団長が話している間に、鐘が十回鳴った。それを合図に、演習場に今日の主役たちが入ってくる。  ユーリとロベルトは、それぞれ気合の入った顔をしていた。 「……ユーリ」  緊張で険しくなっているユーリの顔を見て、リリーの胸は痛んだ。  勝ち目はないとまでは言わないが、かなり厳しいはずだ。できることなら、今すぐやめさせたい。 「試合の規則は簡単です。剣を取り落とすか、地面に膝をついたら負け」  騎士団長がリリーにそう説明する。 「こういう模擬試合という名の決闘は、騎士たちの間では実はよく行われているんです。何かあったときにいちいち殴り合っていては仕方がないし、無駄に怪我をするだけですが、試合なら腕試しになりますから。その上、こうして我々が見届けることで試合の公正さも保たれるわけです。今回はより公正にするために、所長さんにもお出でいただいた」  言われて上司を見ると、両手で目元を覆っている。見届ける気などさらさらないようだ。 「あの、あれは……?」  ユーリたちのほうを見ると、ふたりとも所定の位置についていた。そしてユーリは、腰からベルトを外すと、それで剣の持ち手を掌にくくりつけている。 「剣を叩き落されるのを防ごうと思っているのでしょう。殿下は、ご自分で退路を断ったのです」 「膝をつくか、相手を負かすかしかなくなったということですか……?」 「そういうことです。ロベルトは、これで殿下に手加減してやれなくなった。ロベルトは、いつも最後は殿下から剣を取り上げて勝っていましたから」  ユーリがどれだけこの戦いに本気で臨んでいるのがわかって、リリーは無意識のうちに両手を胸の前で組んだ。祈らずにはいられなかったのだ。 「これより、ユリアーヌス王子殿下とロベルト・メレンドルフの模擬試合を行う。両者、構えを」  騎士団長のかけ声によって、ユーリもロベルトも構えをとった。
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