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第3話 熱にうかされて
泣いて泣いて、日中も沈んだまま過ごして、数日経ってようやくリリーはいつも通りに過ごすことができるようになった。
幸運なことに、その調子の悪い数日間、ユーリがリリーを訪ねてくることはなかった。だから、思う存分落ち込んで、それから平静を装えるまでに回復したのだ。
だが、その数日間に変化があったのはリリーだけではなかったらしい。リリーが回復したのを見計らったかのように、殺気立った女の子が工房を訪れるようになった。
「ユーリ様の様子がここ数日おかしいんだけど、あなた何か知ってるでしょ?」
まどろみたくなるような午後、ゆったりと薬草を刻んでいると、威圧感たっぷりにやって来た女性にそう怒鳴られた。
明るい茶色の巻毛と意志の強い目つきが特徴の、気の強そうな美人だ。そういえば、城の侍女の中にいたなと、リリーは思い出した。
「あなたのせいよ! きっと、あなたのせいでユーリ様はおかしくなってしまったのよ!」
「そうやって言ってくる人が何人かいるんだけど……私のところにもここ数日来てないから、知らないのよ」
手を止めて、なるべく真摯に聞こえるようにリリーは言った。嘘はついていないが、知っている情報は明かしていない。だから、ほんの少し申し訳なさがまじる。
それにリリーがユーリと特別親しいと思ってこうして訪ねて来られているのが、よく考えると悲しくなる。リリーだって、ユーリのことをすべて知り尽くしているわけではないのだ。……みんなが知らない、つらい事実はいち早く知ってしまったが。
「……本当に?」
「ええ。ごめんなさい。力になれなくて……」
リリーの答えを聞いて、女性の目には見る間に涙が溜まっていった。怒っていたというよりも、泣きだすのをこらえていたようだ。
「好きな人に冷たくされるのって、すごくつらいわよね……」
ハンカチで涙を押さえながら、女性は呟いた。リリーに言ったというより、ほとんど独り言だろう。それがわかったから、答える代わりに棚からある薬草を取り出して、それを瓶に詰めた。
「これ、よかったら持って帰って。気持ちが落ち着く薬草茶なの。……顔のむくみを取るのにも効果があるから、私もここ数日お世話になってるの」
「ありがとう……そっか。あなたも……」
リリーの言葉の意味がわかったのか、女性は険のなくなった顔で瓶を受け取った。それから、とぼとぼと帰っていった。
その夜、リリーは早めに工房を閉めた。
昼間は平気なふりをしていても、夜が近づいてくると寂しくて悲しくなってくる。
他の女性たちと違って、リリーはユーリの様子が変わった理由も、工房に来ない理由も知っている。だからこそ、苦しさもいっそうだ。
その苦しさを慰めるために、女性たちに渡したのと同じ薬草茶を淹れて、リリーは寝台の上で膝を抱えた。
涙は出なくなった代わりに、溜息はたくさん出る。どうにもならない悲しさや苦しさを外へ追い出すように、何度も何度も。
その溜息が溶け込んだ何杯目かのお茶を飲み干したとき、工房の戸が叩かれた。
「……どなた?」
「リリー、僕だよ」
「ユーリ?」
慌てて駆けていって戸を開けると、月明かりを背にしてユーリが立っていた。
薬術師たちの工房があるのは、広い裏庭の一角だ。工房の前に各々好き勝手に薬草を植えているから、裏庭というより小さな草原のようになっている。
月明かりに照らされた草原にたたずむユーリは、まるで精霊か何かのように見える。
「……どうしたの? ユーリ、何だか様子が変よ。熱でもあるの?」
よく見るとユーリの顔は赤く、身体はふらついていた。熱の有無を確認するために額に手を当てようとすると、その手を掴まれてしまった。
「熱なんてないよ」
とろんとした目で見つめてきながら、ユーリは言う。たしかに掴まれた手はそんなに熱くなく、少し脈拍が速いのが気になるくらいだ。
だが、その目つきを見れば正常でないことはわかる。
「体調が悪くて、それで私に助けを求めに来たの? それなら、灯りをつけてよく見るから」
「このままでいい」
「きゃっ……」
ユーリから離れようとすると、抱きすくめられてしまった。いつものユーリからは考えられない、乱暴な動きだ。
「どうしたの、ユーリ……変だよ」
「変じゃない。ずっとこうしたかったんだ」
「え……?」
もがくリリーをさらに抱きしめ、ユーリは髪に顔をうずめてきた。そうされるとユーリの肩口に顔が押しつけられる体勢になって、ユーリの香りや温度を強く感じてしまう。心臓が早鐘を打ちはじめた。
「この数日間、リリーに会いたくて仕方がなかった。早く会って、抱きしめて、大好きだって言いたかった」
甘く柔らかな声で囁く声は、すぐそばで響いてくる。普通に聞くのと違って色気があって、リリーの意識はとろけそうになる。だが、何とか踏みとどまってユーリから少し離れた。
「……何か、変なものを口にした?」
「ううん。変なものじゃない。“勇気の出る薬”だよ」
「それ、絶対変なもの!」
叫んで胸を押し返してさらに離れようとしたが、すぐにまた捕まってしまった。そして、さっきよりも強く抱きしめられた。
「変じゃないよ。僕はリリーがずっと大好きで、それを伝えてるだけだ」
ユーリは逃げようとするリリーの動きを封じるように、後頭部と腰に手を添えた。それから、訴えかけるように見上げていたリリーの唇をふさいだ。
「んっ……」
もがけども、ユーリの身体はびくともしない。それどころか、暴れることに気持ちがそれたせいで、口内へユーリの舌の侵入を許してしまった。
初めての口づけなのに、ユーリは容赦がなかった。まるで口内を蹂躙するかのように、舌を絡め、啜り、自身の唾液も注ぎ込んでくる。
息継ぎのためにそれを飲み干してしまいながら、リリーは身体の奥が熱くなってくるのを感じていた。
(……どうして? ユーリには、好きな人がいるはずなのに……)
数日前、ユーリからされた恋愛相談を思い出して、リリーの胸はキリキリ痛む。何か変なものを口にしてユーリがおかしくなっているとわかっているのに、接吻が気持ちよくて拒めなくなっているのだ。
そのことに、罪悪感を覚える。
拒まなくてはいけないのに、きちんと正気に戻さなくてはならないのに、ユーリに触れられているのが嬉しくて、いつしか自分から舌を絡めてしまっていた。
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