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第7話 魔女に会う
すっかり失念していたが、ユーリの想い人は魔女なのだ。
魔女ということは、薬や魔法に関わりがあるということだ。もしかすると、思いもよらない方法でユーリに何かしたのかもしれない。
そのことに今さら思い当たり、リリーは呆然としていた。
「殿下と接点があるってことは、城に出入りのある人物ってことよね。何か知っている?」
衝撃を受けているリリーそっちのけで、母は肩に乗せているカラスに声をかけた。
胸元に灰色の模様が入っているそのカラスは、とても賢い母の使い魔なのだ。母に尋ねられ、カラスは何やら首をコクコクとうなずくように動かしている。
「城に出入りしてる子で、すごく美人の子がいるって。しかも、その子はユリアーヌス殿下に数日前に接触したみたいよ」
「え……」
「その子の家がどのへんか、地図を描くわね」
人物の特定ができただけでなく、その人の住んでいる場所までわかってしまい、リリーは戸惑った。ユーリのことをどうにかしたいと思って母にすべて打ち明けたが、心の準備がまだ十分でなかったと思い知らされた。
ユーリの想い人と会うという、その心の準備が。
「何をそんなに思いつめた顔をしてるの?」
渡された地図を手に固まっているリリーを、母は心配そうにうかがっている。リリーからすべてを聞かされているのに、母はまったく深刻に受け止めていない。冷静沈着な母のことを幼いときから尊敬しているが、この手の話題で温度差があるのは悲しい。
「何をって……これから、ユーリの好きな人に会いに行くのよ? 緊張するし、何だか怖いわ」
「好きな人、ねえ。確定してるのは、その魔女が殿下に接触したってことだけよ?」
「……それだけで、十分に確定情報だよ」
どんなに言葉を重ねても母はきっとわかってくれないだろうと思い、リリーは唇をとがらせて荷物をまとめる。そして、八つ当たりのようにぷりぷりしながら小屋を出ていった。
「……どうして、殿下が他の誰かを好きって思い込んでるのかしら?」
不思議そうに母は呟いたが、その声がリリーに届くことはなかった。
母の小屋から少し離れたところに、地図の場所はあった。
小屋というよりは小さな家で、新しいものだとわかる。まわりをぐるりと薬草畑が囲んでいなければ、普通の家に見える。
「バラ……普通のお花も育ててるのね。それとも、何か薬に使うのかしら?」
畑の一角、花壇になっている部分にリリーは目をやった。そこにはバラが植えられていて、その葉のツヤからよく手入れされているのがわかる。まだ蕾の状態だが、それでもいい香りがしている。
「誰? ここに何か用?」
「ひゃっ!」
バラに見入っていると突然声をかけられ、リリーは飛び上がって驚いた。だが、声をかけてきた人物を目にして、さらに驚いた。
そこには、とても美しい人物がいた。まっすぐな黒髪と青い瞳が目を引く美女だ。野暮ったいローブも手に持っているジョウロも、まるでおしゃれな小物に見える。
(この人が、ユーリの好きな人……)
気がついて、リリーの胸はズキンと痛んだ。
ひと目で惹かれるその美しさを前にして、完敗を実感した。……そもそも、戦いにすらならない。
「あなた、もしかしてロベルト・メレンドルフ様の……?」
何も言えずに呆然としているリリーを見つめて、美女は何か気がついたようだ。
「はい。リリー・メレンドルフといいます。兄をご存じなんですか?」
「え……いえ、ちょっと面識があるだけよ。それと、瞳の色が似ていたから、もしかしてと思って。それと、私はオクタヴィア・ケルステンよ」
美女はなぜか気まずそうに目をそらした。そういった表情や仕草すら美しくて、リリーはまた見惚れてしまった。
「それで、彼の妹さんが私のところに来てるってことは、まだあの王子とくっついてないってことね?」
困ったように、若干うんざりしたようにオクタヴィアは言う。その言葉に、リリーは衝撃を受ける。
「王子って、ユーリのことですか……?」
「そう。あの王子とあなたには早くくっついてもらいたいのよね」
心底困ったというように言われて、リリーの胸は再び痛んだ。
ユーリとリリーをくっつけたいということは、オクタヴィアにとってユーリから想われるのは迷惑ということだろう。
思わぬ形でユーリの失恋を知ってしまい、リリーは自分のことのように傷ついた。
ユーリの想い人に会うのは怖いと思っていたくせに、彼の想いが受け入れられないとわかって苦しいなんて、おかしな話だ。
うまくいってもいかなくても、好きな人が自分以外を見ているのが悲しいのか。それとも、好きな人が悲しい思いを味わうことがわかったのが悲しいのか。どちらなのかわからない。
「さっさとくっついてもらわなきゃと思って薬まで渡したのに、その様子じゃうまくいかなかったのね」
「薬って……? やっぱり、あなたがユーリに何か飲ませたんですね?」
オクタヴィアの口から薬という単語が飛び出し、リリーの思考は現実に引き戻された。
あまりにリリーが鋭く食いついたからだろうか。オクタヴィアはうろたえた顔をした。
「え? あの、薬って、お酒のことよ? 何だかうじうじしてたから、景気づけにお酒を“勇気が出る薬”って言ってあげたのよ」
「どういうことですか?」
「えっとね、あの王子に会ったのもたまたまだったのよ……」
混乱するリリーに、オクタヴィアはユーリにお酒を渡した経緯を説明した。といっても、何も複雑な事情があったわけではない。
数日前、オクタヴィアは研究室に呼ばれ、そのとき薬術師仲間にお酒をもらったのだという。それを持って帰る途中、裏庭をうろつくユーリを見かけ、うじうじしている様子だったから話を聞いてみたら恋の悩みを長々と打ち明けられたから、面倒くさくなってお酒を押しつけて帰ってきた、ということらしい。
「そうだったんですね。……あの、それって恋の悩みを打ち明けると見せかけた告白だったんじゃ……?」
淡々と話す美しきオクタヴィアを見つめ、「この人、こういう機微に疎そう」とリリーは思っていた。自分のことを思いきり棚に上げて、だ。
「え? それはないない! そんなことより、リリーがあの王子のことを好きって話のほうが重要でしょ? だから、くっつけばいいのにって思ってるのに」
「そ、そんな! 私のユーリがくっつくなんてないです! たしかに、何だか今はおかしなことになってて、昨夜はちょっといろいろあったけど……あれはきっと酔っ払ってたからで……。でも、朝は酔いが覚めてたのに……?」
オクタヴィアに冷やかされ、リリーは昨夜のことを思い出して照れてしまった。だが、照れながら話しているうちに、重要なことを思い出した。
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