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第8話

「不味い!」  私は即座に馬の手綱を引いて、止まるように指示した。こうすることで敵に囲まれる危険性はあるけれど、問題は馬車の中がどうなっているかどうか! 無事でいてくれると良いのだけれど……!  そうして私は大慌てで馬車の中へと入っていった。 「ご主人様、大丈夫ですかっ!」 「いてて……。止まるなら止まるといってくれよ。いくら敵を欺くためとはいえ、これは少々辛いよ」 「そんなことを言っている場合ではありません。無事ですか、無事なのですね! 先ずはとりあえず……」  そこで、私の言葉は止まった。  何故なら、馬車の状況を目の当たりにしてしまったからだ。  破れた幌から、ぼんやりとその光景が明らかとなる。  ご主人様は横たわっていた。仰向けにしていた、といっていいだろう。ただまあ、それは想定内だった。あの急ブレーキで立っていられたり、そのまま席に滞留し続けていたらそれはそれでご主人様は凄いのだけれど。  問題はご主人様に馬乗りになっている、その存在だ。  白と赤を基調とした布を重ねたような服に身を包む、銀髪の少女。  その少女が今、ご主人様に馬乗りになった形となっていた。武器は構えていないようだったが、隠していないとは否定できない。だから私は腰に携えていた『隠し玉』を取ろうとしたのだが。 「メアリー、大丈夫だよ……。心配しないで。彼女は攻撃をする様子は見せていない。だって現に武器は持っていないわけだし」 「ですが……ご主人様っ!」 「ほうら。あんたの崇敬するご主人様とやらもこう言っているんだ。さっさとその殺気を消したらどうだい? 今時暗殺者でも出しやしないよ、その殺気は」 「くっ……!」  私は従うしかなかった。  助けなくてはならない、が、そのためには剣を放さなければならない。そのなんともいえない矛盾を孕んだ考え方に陥ってしまうと……、もう簡単には正すことなど出来ない。 「……ほらほら、いいんだよ。それでいいんだよ。ま、問題はこっからだけれど」  ひょいと飛び降りて、少女は私を睨み付ける。 「あなた……ほんとうに武器を手にしていないのよね?」  ご主人様が言っていた、その言葉を反芻する。  すると少女は失笑し始めた。 「何がおかしい!」 「いやあ……。まさかあんな言葉、簡単に信じるなんて思わなかったから、ちょっとだけ面白くなっちゃった。そこのそいつは、ほんとうに世間知らずなんだな。今時こんな怪しい人間の言葉を鵜呑みにするなんて、見たことも聞いたこともない。骨董品レベルの考え方だぜ」 「褒められてるのか?」 「どこをどう聞けばそうなるんですか。……どう聞いても、貶されているじゃないですか」  私は深く溜息を吐くことしか出来ない。  それはこのご主人様がほんとうに世間知らずであって、ほんとうに何も知らないんだということを、もう何回目か分からないくらい再認識させられた、ということでもあるのだけれど。

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