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第6話

 結局、出発準備が整ったのはそれから二時間後のことだった。 「……もうすっかり夕方ですが、出発するんですか?」  揺られる馬車の中で、私はご主人様に問いかける。  ご主人様はさも当然のような口ぶりで、 「当たり前だろ。謎は待ってくれないぞ。……というのは言い訳で、実際は僕が待ちきれないだけかもしれないけれど」 「だと思いましたよ……。ま、私はどうだっていいですが、ただ面倒ごとには巻き込まれないでくださいね。あとが面倒です。特に私が」 「僕を何だと思っているんだ」 「分からせてやりましょうか?」 「いや、結構」  最近のご主人様は、漸く物事を察することが出来て非常に助かっている。昔はもっと噛み付いてきたり(文字通りの意味では無くて、反抗するという意味だ。ただまあ、主人がメイドに反抗する、というのは何だか表現的に間違っているような気がしないでもないけれど)、喧嘩をすることもあったけれど、最近はすっかりおとなしい。まるで牙を抜かれた獣のようだ。  それはそれとして、私は再確認するように地図を開いた。  今私たちが馬車に揺られているのは、首都から南に伸びる街道だ。街道を下れば、いくつかの宿を経由して、港町シャルーニュへと至る。こんな平和な時代になってしまったから、豪華客船が行き交う港になってしまっているが、しかして大陸が一つしか無いのに、船はどこへ向かうのだろうなんてことを考えてしまう。 「ゴール卿のお父上……リファード様は、シャルーニュから船を使って海に出たらしい。最初の旅路が海の旅、というのもかなりオツなものじゃないか? なあ、どう思う。メアリー」 「私は別に。どちらでも良いと思いますが?」 「つれないねえ」 「私の性格を、ご存じである癖に」  幼馴染であるということは、同時にお互いの様々なところを知っているということだ。それは別に普遍的であるのかもしれない。  とはいえ、今は(昔もそうだったけれど)二人を取り巻く環境は変わってしまっている。それに関して悲観することではない。寧ろ良い方向に進んでいるのかもしれない。……まあ、あのご主人様は何も分かっていないようだけれど。 「……やはり夕方に出るのは失敗だったか。距離が稼げない。無理に出るべきでは無かったかなあ……」 「何を今更。甘言を言ったところで何も始まりませんよ。先ずは前を向かないと、何も始まらない。ま、そんな行き当たりばったりも嫌いではありませんが」 「……別に泣き言を言ったつもりはないぞ」 「泣き言とはこれっぽっちも口にしていませんが。まあ! まさかそんなことを思っていたのですか」  とはいえ、やはり夕方に出立するのは愚策だった。夜の帳が下りてしまえば、この道は漆黒の闇に染め上がる。ともなればランプをつけなければいけないわけだが、こんな序盤で貴重な油を使いたくはない。  だが、例えどんなに無能であってもご主人様はご主人様であり、私はその意思に(あれこれ文句は言うかもしれないが)従わなければならない。残念ながら、これがメイドであり、雇われた人間の宿命だ。

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