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第二部 海賊王子と狩人妃(8)
翌朝。
愛おしい女の気配が腕の中からすり抜けていったのを確認して、薄らと目を開けた。ハーフパンツに脚を通してシャツを羽織り、おざなりに2、3個ボタンを嵌めた。改めて彼女の姿を探した。視線の先に、天空に向かって弓矢をつがえている弓香の姿があった。矢の先を見ると、空には動く点がある。
レーションは優に1週間分以上はあったが、万一に備えておきたかったのだろう。釣具に弓矢。今更に彼女の性格まで知り尽くした旅行用具に、可笑しくなった。
ひょっ
弦が鳴ると、鳥がぽとり、と落ちてきた。
「お見事」
ぱちぱちと拍手を鳴らすと、ようやく此方を見てくれた。妻はふん、とお行儀悪く鼻を鳴らして、そっぽを向いてしまった。見れば、うっすらと耳が紅い。
そして、彼女の躰のそこここに俺が与えた鬱血痕があった。
(ようやく、俺のものになった)
出逢った瞬間から彼女は俺のものだった。が、神と国に誓った後に抱くと、歓びと実感が躰の奥底から湧き上がってくる。
俺は思わず、頬を緩めた。
「ツンデレだな、我が妃は」
呟いた程の大きさの声だったが、音が風に乗って彼女の耳まで届いたのだろう。彼女がき!と俺を振り返った。
「何かっ?」
「べっつにぃ~」
弓香は尚も俺をじろっと睨んでいたが、俺の胡散臭いまでに浮かべたにこやかな笑顔に、諦めたようなため息をついて、ふい、と仕留めた鳥に意識を戻した。
そのまま見ていると、慣れた仕草で腰のベルトからスラ、とナイフを取り出した。鳥の首に刃を突き立て、血抜きを始めた。脚を持ち、鳥の頭を下にしながら、目を瞑って何事かを唇に載せて呟いていた。
「何を祈っていた?」
「鎮魂と、命を天上にお返しすることを。そして、命を我が身に戴くことを」
「ああ」
「一族は皆、祈りを捧げます」
奥洞海は、命を取り扱う薄暗いこともしている。何のてらいもないその仕草に、いつもし慣れていて且つ、命に対して真摯であることが感じられた。
祈りを捧げ終ると、それからはてきぱきと羽をもぎ、仕込みをし出した。
俺は、彼女が内臓を取り出したり骨から肉を剥がしている間、鳥の脚についた砂を観察した。
弓香に断って、胃の中の消化物や腸内に残る糞やらを仔細にチェックしていた。
「何かわかりますか」
弓香はせっせと今日のご馳走の仕込みを続ける。
「こいつは海鳥じゃないな」
え?というように弓香が鳥をじっと見つめた。
「それならば、近くに陸地があるということですか」
「そうとは言い切れないな。脚の爪についてるのは、ここら辺にはない地質の砂だ。この種類の鳥は風に乗って、一日に数百km移動することもある」
「そうですか」
「胃袋の中身は消化されてて判断は難しい。肉も綺麗な色をしているし、内臓にも兆候は見られないから、伝染病の類は大丈夫なようだな……なんだ?」
弓香が、まじまじと俺を見つめてきた。
「……殿下のこと。蛮族かと思っていたら智将なのですね」
『野性の勘で政治の海を泳いでる奴が、緻密なデータと武器を背負うと最悪』とは、悪友どもからの褒め言葉だ。
勇猛果敢だが、頭の中まで筋肉ダルマの英雄が天下を取れる時代は、とっくに終わった。俺は治世者であり、情報と笑顔がこれからの時代の武器になることはよくわかっていた。
「惚れ直したか」
「知りません!」
また、そっぽを向かれてしまった。
「……惚れ直すほど、殿下のことを嫌いじゃありませんし」
なんて言葉に関して俺の耳は、訊き漏らさないのだ。
俺が、彼女が血抜きをした場所に内臓を埋めて土を掛けた。弓香は他の肉食の鳥に攫われたりしないよう、網をかけて風を通して乾燥させる。料理器具の中から砥石を取り出した。ナイフについた脂を丁寧に拭き取ると真水で洗い、刃を研ぎ始めた。
(やることがいちいち玄人だ)
「”親子丼”といくか?」
レーションの他にはレトルト米もあったし、ご丁寧に調味料もあった。
「え?」
そこで初めて、俺の足元の獲物の姿に、気が付いたようだった。コロンとひっくり返されてジタバタとしている動物を見て、彼女は一言叫んだ。
「亀……!」
「雌だし産卵期みたいだな、卵を抱いてる」
排卵管のあたりの腹を押えると、こんもりと膨らんでいた排出口からぽとりと、卵が産み落とされた。
「え」
弓香が固まった。
「この種類は100や200は産むから」
20個位頂いても、と言いかけた。
「ダメっ」
という妻の鋭い制止で遮られた。
「……」
俺と弓香はしばしお互いの顔を見合い。やがて弓香が顔を逸らすと、ぼそっと呟いてきた。
「……食べるもの、いっぱいあるじゃないですか」
(今、鳥を射落として捌いたお前が、それを言う?)
俺のじろじろとした視線に、言いたいことがわかったのだろう。尚もぼそぼそとした声で続けた。
「母方の実家では、亀は死んだ人の御霊を持ち帰ってくると」
海で散った命たちが、亀に運ばれて卵となって生まれかわり、大人になってまた戻ってくるのだという。
弓香は幼くして、両親を亡くしている。そんな彼女が母方の実家の奥洞海に預けられていた時に、その言い伝えを心のよすがとしていたのかもしれない。
「わかった」
と俺は両手を挙げて降参……した訳じゃない。
「我が妃よ、取引といこうじゃないか」
ぐっと、抱き寄せられた弓香は途端、嫌そうな顔をした。
「なんですか」
妻の弱みに付け込んで取引を持ち掛けるって、とことん性根が腐ってるわよね。
そう、言いたげな瞳に俺はにや、と笑った。
「お前の亭主は国の舵取りだが、その先祖は海を股に掛けた商人だったってこと、忘れてやしないか」
それを言うと益々苦虫をかみつぶしたような顔になり。
「”海賊”の間違いですよね」
「似たようなものさ」
略奪し尽くして海を我が寝床とし、太陽と共に動き月の下、星と語らう。敵は風と退屈しかない。そんな男達に区別をつけたがるのは、陸にへばりついているお前達の悪い癖だ。
「で?我が愛しの妃は、夫たる王太子と取引に応じるや否か」
芝居がかって訊ねたら、諦めたようなため息一つ。
「……要求はなんです」
交渉事は、相手が内容を確認してくれば5割は商談成立だ。ぶう、と頬を膨らませている彼女が可愛くて、ちょっと悪ふざけをしてみた。
「畜生の為に、王太子に屈した妃。そなたは後世まで”亀を救った王太子妃”として民人の記憶に遺ろう」
「だから!芝居がかるの止めにしてくださいっ」
焦れた弓香が叫んだ。
(お。意外とせっかちさんだなー)
「まず一つ目」
「一つ目っ?!」
ぎ、と睨まれた。
「当然だろう。親亀とその卵達の命。一体いくつあると思ってる?」
「う”……」
この聡明な女の口を噤ませるのが、目下の最大の娯楽なのだ。
(そうと知ったら、我が妻はどういう反応をするんだろうな)
諦めたようで、やけくそのように叫んできた。
「~~~っ一つ目はっ!」
(交渉成立 )
「まずは一つ目。俺に対して対等であること」
「!」
「公式の場では仕方あるまい。だが、今のような完全に二人しか居ない空間では、俺とお前は主と臣下ではない。単なる夫婦だと思え」
「……」
「返事は」
「わかり……、わかった、わ」
「よし」
(いい子だ)
ちゅ、と彼女の額に褒美のキスを与える。
「二つ目以降」
すっかりと諦めた風情で、”なんだ、言ってみろ”と見上げてきた弓香の双眸は潤んでいた。
(そんな可愛い貌をするな)
明日の朝日が拝めなくなるぞ。
そうするべく、俺は愛しい妻を罠にかける。
(こちとら海賊だ。欲しいものは力づくで奪う)
お前の愛も心も魂も躰も、すべて。俺が攫って行く。
「卵の数を200として。ハネムーンが終わるまでに、お前から俺に少なくとも200回は口づけよ」
「っ」
弓香の顔が見る見る朱に染まる。
「さあ、記念すべき一度目を我に与えよ、妃よ」
そ、と彼女の唇に自分のそれを近づけると。
ぐん!と襟を持ったまま、足払いをされた。
「お見事」
青空が視界いっぱいに広がった。受け身を咄嗟にとって砂埃を覚悟したが、湿った砂のおかげでそうでもなかった。
そのまま、弓香が俺の腹に跨ってきた。
「気に食わないわ」
頬を真っ赤に染めながらも、そう悔しそうに言ってのけた女。ワイルドだった秋祭りの女を思い出させて、久しぶりにゾクゾクした。
「貴方だけに貪り食われるのは性に合わない。対等だって言うのなら、私だって貴方を貪るからっ!」
「どうぞ♡」
言わせもはてず、俺のシャツは左右に乱暴に開かれてボタンが吹っ飛ぶ。顔が近づいてきたと見るや、乱暴に唇を重ねられた。
俺の上に馬乗りになった弓香の豊かな腰を抱き寄せると手を這わせ、好き勝手にくびれや柔らかさを味わう。
「ん……っ」
舌を絡ませ合いながら、弓香はカチャカチャと俺のベルトを外して、分身を飛びだたせた。
悔しそうに、弓香が自分のショートパンツを脱ぎ捨てると、すぐ、俺の分身の上に跨ってきた。
「アっ!」
彼女は、小さな悲鳴を上げてのけぞりながらも、動きを止めることはしなかった。
(そこで寸止めされてもなー)
そうしたら、下から突き上げるだけだが。
めりめりと彼女自身の重みで、俺の分身が弓香の蜜路へと沈んでいく。弓香がナカを押し広げる密度に顔を歪める。
「おいおい。大丈夫か」
なんせ、朝の生理現象に加えて、愛おしい女の頑張っちゃう姿に発奮された。こちとらのマグナムも準備万端である。
「昨日、大分ほぐしたとはいえ、経験値の浅いお前にこの態勢はキツイと思うぞ? 」
「へい……っき!」
とはいえ、彼女の蜜路の中には放出 しまくった昨日の残滓もたっぷりと残っていたようだ。ぬるりと、昨日よりは楽に俺達は合体していく。俺はシャツの下から手を潜り込ませて、彼女の二つの胸の膨らみに手を沿わせた。
散々貪ったそこは、既にツンと固く尖っていた。可愛がってやるのに、都合が良かった。
「うん……」
俺の愛撫に馴らされた躰は、素直に蜜路を締めさせる。ナカの俺を味わっている彼女の顔が壮絶に色っぽい。
(く……)
気持ち悦さに持っていかれそうになるのを、なんとか踏みとどまった。にや、と妻の顔を見上げてみせた。
(ここは主導権を握らせてやる)
「いいぞ、弓香。好きに動け」
弓香は真っ赤になりながら、ぎごちなく俺の上で腰を動かし始めた。
なんせ彼女にとっては、青空の下でセックスすることも男の上で腰を振るのも、初めての経験だ。
どうしていいのかわからず時折、俺に視線を寄越す。そして、俺がにこにこと彼女を見つめていると、諦めたように動かし始めた。
前後左右、上下。
上下は脚をM字開脚してそれ相応の筋力がないと難しい。油断するとずるり、と俺の分身も抜けてしまう。色々試してみて、前後に揺するのが自分にとって気持ちいいと気づいたらしい。
--俺としては微弱な快楽に、焦らしプレイをさせられてはいた。
たまに我慢出来なくなって下から揺すり上げると、喘ぎながらも”今は私のターンだから!”とばかりに潤んだ双眸で睨まれるのも、また一興。
(俺も風にも堪えぬひ弱な温室の花を愛でたくて、お前を娶った訳じゃない)
俺の背中を預けられる女。俺の隣で闘える女。
(いざとなれば)
俺の骸を踏み越えて、俺の子供と国を守れる女。
そんな女を俺は欲したんだ。
(上等!)
たかだか夫にも対等になれない女に用はない。
「ふあ、あッん……っ」
弓香も、そこそこ気持ち良くても頂上にたどり着けない状況に、躰が焦ってきたのだろう。”どうにかして”という目をオレに向けてきた。お望み通りに腰を掴んだまま、ぐん!と下から突き上げてやった。
「あ!」
途端、弓香が歓喜に首をのけぞらせた。
「……さまッ」
(頃合いか)
下から突き上げつつ、接合部の近くで芽吹いている珠をいらってやると。
「あ、あぁん……!」
弓香が達した。
「よっと」
ひょい、と腹筋を使って上体を起こし。
丁度、俺のシャツがあったので繋がったまま、弓香のシャツも脱がして砂地に敷いた。くるん、と弓香をひっくり返して、尻を突き上げさせた。いったん抜いてから、再度挿入する。
「あ……ん」
弓香が啼いた。
昨日、俺の下敷きになって揺すぶられて、擦り傷が出来た背中に舌を這わせた。
「あ、あッ」
手を下から潜らせて、ゆさゆさと揺れている二つの膨らみを強く揉み込んだ。固く尖っ先端を摘まんで、刺激を与えてやると、彼女のナカがきゅうきゅうと俺を締め上げてきた。
自分の胸と腹筋を使って、彼女の背中を抱きしめると、弓香の躰が安心したように寛ぐのがいい。
「弓香」
耳に唇を寄せてやれば、ぞくん、と跳ねた。
「そろそろイくから。キツい態勢だが、顔をガードしておけよ」
揺さぶられながら、弓香が顔をこちらに向けてきた。
「キ、っツい態勢なら……っさっき、だって……!」
そのまま、身勝手な事を云う舌を吸ってやった。どうやら、俺のワイフはワガママらしい。
(それも可愛いけどな♡)
可愛さのあまり、もっと強い律動を送り込んだ。その激しさに、必死に砂地に顔を擦りつけないよう、ガードしているのが素直だ。
(しかし、この調子で抱き潰したら、彼女の躰が擦り傷だらけになるな)
『だからマットレスを荷物に入れておいただろう。人の気遣いは、きちんと使えよ』
悪友どもの呆れた声が脳裏に浮かんできた。
(へえへえ)
次回からは使うことにしよう。うん、そうしよう。
弓香をもう一度達しさせてやるべく、画策しだす。ぐちゅぐちゅ音を発している近くの、珠をいらってやった。すると、限界に近かった弓香は何度か擦ってやるだけで達してしまった。
「う、うん……!」
弓香の背中がのけぞった。ナカが収縮を繰り返し、俺を絞り上げるので、俺も素直になることにして、改めて子種を弓香のナカに注ぎ込んだ。
「ハ……!」
それから、俺達は(やっぱり)砂の上で交わり(でもマットレスは使用した)。
星の下で交わり。
海の中、泉の中で交わり。
星の下で語らって、傍らの体温を毛布変わりに眠りにつく。
荷物をひっかき回しては有り得ない、しかし周到に用意されていたものたちに笑いあった。
朝日とともに起きた。
鳥だの魚だのを捕らえては、それをさばいて喰らう。
陽気に笑い、何処でも口づけを交わした。
たまには海の中を魚と共に泳いだ。
傍らには二世を誓った妻と酒。
夕暮れは、踊る焔を何も語らずにじっと二人で見つめていた。
あっという間に蜜のような甘い時間が過ぎていった。
弓香も俺もすっかり日に焼けて、俺ときたら頭髪と顎髭がくっついている有様。
「海賊というよりも浮浪者みたいよ、あなた」
弓香に笑われた。
「せめて海賊のレベルに戻すか」
「そうして」
そして、俺達の≪影≫が船と共に洗われたのは、8日目の朝。
「おはようございます、殿下。お迎えにあがりました」
しれっと、≪影≫は挨拶してきた。
まるで俺達にあらかじめ計画を告げてあったとでもいうかのような鉄面皮さだった。俺も平然と返事をする。
「ご苦労」
俺は弓香の手を取り、迎えの船に乗り込んだ。スタッフたちが俺達の荷物を別の船に積み込んでいるのが見えた。
「この船にて、お二人のご準備の為に2時間ほどの航海を予定しております。2時間後、航行中の護衛艦に御乗船頂き、搭載してある輸送機で空路、国へ帰ります。到着時間は現地時間にて20:16でございます。首相よりご不在中の報告の会食を希望されております」
「おっけ」
「殿下。ナイザル様より衛星電話が入っております」
墜落した飛行機の持ち主からだった。
「わかった」
そのまま俺と弓香は別々のスタッフに取り囲まれた。
「妃殿下。この船にはシャワーブースもございます。さっぱりしてくださいませ。エステティシャンを連れてきております。スタイリストと共に控えておりますので、お着換えを願います」
「わかりました」
彼女の硬質な声を聴きながら、『王太子妃』の仮面をかぶった弓香を少しだけ寂しく思う。
俺が海賊で、妻が狩人だった日々が終わった。
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