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第二部  海賊王子と狩人妃(3)

 もの凄い衝撃のあと、耳が痛くなるような静寂に包まれた。 落ち着いてくると、耳が波音を捉えるようになってくる。 「……」  俺はそろそろ、と顔をあげた。まずは計器を確認し、火災が起きていないかチェックした。 それから弓香を見遣ると、彼女もゆっくりと上体を起こす処だった。 「……ここは」 茫然とした呟きに応えた。 「ま、こんな処」  弓香も、俺に答えを期待していた訳ではないのだろう。上空から見ていた景色と、今見ている情景から判断した彼女なりの解析結果を口に出した。 「島、ですね」 「ピンポーン☆」 「……我々は”世界の片隅に不時着した”という訳ですね」 (落ち着いてるな) 「そのようだな」 顔色こそ喪っているものの、表情はいつもと変わらないし、過呼吸も視られない。 「どこも怪我していないか」 「ハイ」 密かに胸をなでおろした。  奥洞海の出だから格闘の訓練も重ねていて、自身も誘拐だのの経験もあるだろう。しかし、いくら肝っ玉が太くは出来ているとはいえ、やはり箱入りの令嬢だ。 (彼女の心身に支障をきたしたら、追い込んだ奴らの喉笛を喰い千切ってやる) 「大神の仕業では」  猜疑心の塊で、怯えるハリネズミが針を逆立てているようだったが、俺は軽くいなした。 「ないない、それはない」  しかし、弓香はそんな事では納得しなかった。それどころか、俺が『癒着している敵を庇っているのか』とでも言いたげな表情で俺を睨んできた。 「殿下と私、一度に追い落とす絶好の機会ではありませんか」 「だからだ」 「え?」 (新伍はそんな単純な男じゃない)  俺とコイツの結婚を本気で阻止しようとするならば。 アイツにとって俺が、まだ利用価値がある場合。だろう。  例えば弓香を無理矢理、他の男に抱かせて駆け落ちに見せかけるとか(言っててムカつく)。彼女単独で行動している時にテロを装ってビルごと、爆破するとか。  いかにも、俺とアイツは無関係でござい、といった風情で彼女を、生物的にも社会的にもカンペキに抹殺してのける男。 それ程の男が俺と弓香を抹殺する手段として、こんな穴の開いた手段を行使してくる筈がないのだ。 --そんなこと言うと、弓香が益々新伍を嫌うから、言わないが。 (知らぬが花って真理だよナー) 「今、俺達に行方不明になられると一番困るのは、誰だかわかるか?」 「……」 「大神だ。ただでさえ、長年の政敵である一族の、しかも次期総帥のお前が大神を差し置いて、旺月の王家に嫁ぐんだ。大神が、王太子や祁答院にどういう”報復”をするか、世界中が固唾をのんで見守っている」 だから。 これが、その”報復”ではないのか、と言いたげな表情だった。 「そんな中、俺達になにかあれば大神は、それこそ世界中から痛くもない腹を探られるからな。今頃躍起になって、俺達を探しまくってるのがアイツさ」 「……」 (尤も) 俺はこっそりと思う。  俺が想っている通りなら、新伍(アイツ)は俺達が居る処を把握している。だから、救難に向かおうなど欠片も思ってはいないことだろう。 「とりあえず、上陸する」 「……機内に居たほうが安全なのでは?」  彼女の懸念も至極真っ当と言えた。 海中にどんな生物が、そして上陸した先にどんな危険があるかを考慮した場合、機内に残って籠城した方が安全に思えたのだろう。 (だが、却下) 「大丈夫だ」 守りに入るのは俺のキャラじゃない。 (それに) タブレットを取り出し、この島の情報を見せる。画面に次々と現れる情報に目を走らせていた弓香が目を瞠った。 「原住民居住なし。毒性動植物及び鉱物なし。湧水あり。……こんな情報まで?」 「趣味♡」  世界中をほっつき歩いた時、測量しまくってデータを入れまくったソフトを持ってきていたのだった。 (ま、こんなもの。無きゃ無いで、楽しめるが)  機長室に備えてあった非常用ザックを背負う。 そして、愛刀(マチェーテ)と投剣を剣帯に差しはさんだ。口に咥えられる高輝度のペンライトとアーミーナイフは、もはや躰の一部。万年筆や腕時計と同じ位、肌身離さずに携行している。万が一、損傷がないかを取り出して確認した。  弓香が目を瞠る。 「……それも『趣味』ですか」 「ま、ね。妃殿下の夫君は元レンジャー出身であります。安心召されよ」 えっへんとふんぞり返ってみた。 (美女に頼られる俺。悪くないなー)  しかし、流石は俺の弓香。そうは問屋が卸さない。”なんだったら、縋ってくれて構わないんだぞー”と言うと。 「殿下が所属していたのは海軍でしょう。……ジャングルマニアかサバゲー好き中年の間違いじゃないんですか」 幸いなことに愛する妻のそんな言葉は、俺の耳はスルーするように出来ていた。
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