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第二部 海賊王子と狩人妃(2)
(尤も)
今回借りた飛行機について、腑に落ちないとは俺も感じてはいた。
(アイツ、金にせこい奴ではなかった筈なんだが。その割には機体は旧型だなー)
貸主は、インザラールのベイフォード大で同期だった、シークの息子だった。
奴の母国は石油は出るし、政情は安定しているし、今は宇宙ビジネスの分野で世界を牽引している、豊かな国だ。
(可笑しいな。……≪影≫でも把握できなかった政変でも起こったか)
そう思いもしたが。
内装はゴージャスだし、王室専用機と政府専用機は同一タイプで旧型だった。奴の持っている最新機だと目ざといマスコミに叩かれる可能性を懸念してくれたのかもしれない。
(わざと政府専用機と同機種を探してくれたのかもしれない)
と思いたかった。
が。
(もう一つ)
懸念事項があった。
向かっている場所と、微妙に空の色が違う気がする。
(こんな時の俺のヤマカンは当たるんだよなー)
妙に心が騒いで、さりげなく弓香に断りを入れて、席を立った。
(!)
≪影≫たちがいない。
プライベートとはいえ、それなりの≪影≫達を連れてきている。必要がなければ目に触れるところにはいないが、俺の意を汲もうとして常に控えている距離に、彼らがいない。
厭な考えがじわじわと心の表面に這い上ってきた。
(制圧された?……あの手練れたちがか?)
何か、有り得ない事態が起こっていることは確かだった。
用心しいしい機長室までたどり着いた。
ドアを開ける前に周囲の気配を窺う。押し殺した殺気もなにも感じられない。覚悟しながらドアを開けようと試みると、簡単に開いたので、ますます緊張感が高まった。
「……」
極力、気配を殺しながらドアの向こうにいる敵を想定して、投剣の柄を握り締めていた。頃合いを見てバン!と勢いよく開けたが、何の反応もない。意を決して室内に飛び込んだ。
(誰もいない)
計器を確認すると、オートパイロットにはなってはいた。
が。
(この座標!)
普段持ち歩いてる海図を取り出し、座標を当て嵌めた。
俺は機長席にすわると、ヘッドフォンを頭にはめて、機内放送をONにして怒鳴った。
「弓香っ、機長室へ来いっ!緊急事態だっ」
インザラールにいた時、ジェット機の操縦をざっくりとだが教わった。彼女が来る間、俺は忙しなく計器類に目を走らせていた。
「殿下っ」
弓香が飛び込んできた。
(ち!こんな時までっ)
「『あなた(ハート付きで。これ重要! )』と呼べっ」
「……それどころじゃないでしょう」
途端に冷めた声で応じる妻。彼女の武器である鉄扇を、ぎゅ、と握り締めてるのは流石である。強張った声で訊ねてきた。
「……なんで誰もいないの」
(ということは、彼女をベッドルームに案内した女官も姿を消した、ということだ)
益々キナ臭い匂いがしてきた。
「さーなー」
ちょいちょい、と副機長席を指示した。弓香は大人しく指示に従い、シートベルトをきちんと締める。
(いい子だ)
「着陸場所は、目的地と違った場所に設定されてる。残りの燃料で、方向変換できる距離には人の住んでる陸地はない」
「!」
状況を説明してやると、弓香の顔が強張った。
「ついでに着陸寸前の場所も、おそらく人は住んでない。故に滑走路もない」
「……着陸が一番難しいんですよね」
胴体着陸の可能性を覚悟したのだろう、至極冷静な声だった。
「まっかせなサイ」
(爆発の危険と、機体がぽっきり折れなければ、生き延びる確率は高い)
誰の考えかはわからないが遠浅な所を着陸場所に選んでくれたようだ。
「ハイ」
(おお、素直なお返事)
これは着陸後に、ご褒美を与えてやらんとな。
(いや、俺が貰う方か)
もう雲が開け、眼前に浅瀬の様子が手に取るように見えてきた。
「とりあえず、浅瀬に突っ込む。対衝撃態勢を取れ!」
「ハイっ」
(俺達のハネムーンはなかなかスリリングな幕開けになりそうだなー)
俺は迫りくる海面を前に、そんな事を想っていた。
ドドドドという逆噴射の音と振動がガタガタと機内を揺さぶる中、俺はタブレットから不時着する島周辺の海図を呼び出した。
(海流の流れ。突入角度、この機体の制動距離……ここら辺の水深と、着水した時の搭乗口から海底への距離……)
傍ら、オートパイロットの設定に間違いないか、油圧計に異常はないか。再度、計器類をチェックしていく。最後に燃料計をチェックして、燃料漏れによる引火の可能性がないかを確認した。
(危険生物や、毒物……。そして先住民は)
そこまで考えて頭を振った。今はそんなことを考えても詮無いことだ。
「殿下?」
振動の中、俺を気遣う声が聞こえた。弓香が俺をじっと見つめている。
不安だろうに、何も言わずに俺に従っている妃 。
(そうだ)
最優先事項は、機体を破損なく炎上なく胴体着陸させること。そして俺と弓香を無事に上陸させることだ。着陸後のことは着陸後に考えればいい。
(それに)
次の思考の泡が浮かんできたが。もう、海面が目の前に迫っている。そこで思考をオフにした。
「行くぞ!」
自身も舌を嚙み切らないようにハンカチを口に突っ込んだ。
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