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第二部 海賊王子と狩人妃(1)
ハネムーンの前。時間は少し、遡る。
俺は弓香を陥落させたことを、意気揚々と悪友に告げた。
「『陥落させた』んじゃなくて『略奪した』んだろ。自分の行為を正当化するなよ」
悪友は呆れ声だ。
「なにも、嫌がる女を無理矢理組み敷いた訳じゃない」
あれは双方合意の上だった。
(尤も、”合意”に持ち込むまでは、多少の”力技”は使ったが)
「外堀はおろか内堀まで急襲して、迎撃のチャンスすら奪ったくせに?」
”海賊はこれだから”と悪友は俺を揶揄してくる。
どうやって彼女の本丸を攻略したか、悪友の貌からは”すべてわかってる”とでも言いたげな表情が浮かんでいた。
(こいつは俺の頭の中を読み過ぎだ)
「……まあ、海賊の略奪行為は過去の歴史を紐解いても、”王家”が許した軍事行動だしな」
ふふん、と悪友は肩をそびやかした。
悪友が言いたいことをほざき終わった時点で、俺は奴に、ぬ、と手を差し出した。
「と、いう訳で。大神家の飛行機を俺達のハネムーン用に貸し出してくれ」
確か、”政府専用機と同じ外見にしているが、中身は各国の王族を歓待する為の迎賓館仕様だから、豪華だぞ”、と悪友が自慢していたのを憶えていたからだ。
ぱしん、と俺の手を弾きながら、悪友は宣った。
「なにが『と、いう訳』だ。そんな提案、却下に決まってるだろう」
(やっぱり?)
「祁答院に塩を送るなんて、真っ平ごめんだ。大体、僕が大神の飛行機をお前達に貸し出してみろ。それこそ世界中に、”大神 が王家 と祁答院 を一度に抹殺して、旺月を我が日本国領土にする心算だ”と思われるのが関の山だ。痛くもない腹を探られるのは面倒だから、丁重にお断り申し上げるよ」
悪友は清々しい程に即答だった。
(確かにな)
大神差し回しの飛行機に乗った、旺月の王太子と大神の政敵である祁答院出身である王太子妃が、不慮の事故にでも遭う。マスコミは飛びつくし、全世界から大神に疑いの目が向くのは必至だった。
「だからこそだ、友よ。疑惑の目が向けられるの嫌さに、大神の総力を持って俺達を警護してくれるだろう?」
俺はにやり、と笑った。
「お前達なんぞに、大神の力を割くつもりはない」
悪友の言葉はにべもなかった。
「けーち」
俺はぶうたれてみせた。
「お前、冷たいんじゃないの?元々は王家に忠誠を誓ってたくせにさ」
「誰が。何時、お前達に忠誠を捧げた。大神 の愛と忠誠は、永遠に日本国のものだ」
悪友は冷たく言ってのけた。
「忘れるなよ。”人形”が操り手に逆らうようなら、いつでも切って捨てる」
「ハイハイ」
「はい、は一回だ」
「へえへえ」
ドアを出ていく俺の背中にぶつけられる声を躱しつつ、ひらひらと手を振ったのだった。
--新伍も俺も男だったのは、幸いだったと思う。
男同士だから、後ろ手に毒やナイフを携えても、表向き共闘することが出来る。しかし男と女であった日には。
(あんな毒蛇みたいな人間を、自分の寝床に入れたくはないね)
それは悪友とて同じことを思ったことだろう。どう好意的に見ても、どちらかがどちらかの寝首を掻くのは決定だった。
◆
なんだかんだあって、ハネムーンに向かう飛行機の中。
『まるで王侯貴族の宮殿のようだ。……それも最上級の』
(位は、この視線だと考えてるんだろうなー)
機内をさりげなく検分していた『妻』を眺めていた俺がそんなことを思っていると、果たして彼女が呟いた。
「この飛行機は、本当に王室専用機なのですか?」
質実剛健を謳う、我が王家らしくないと疑っていたのだろう。彼女の危惧する処がわかっていたから、俺はあえて軽く答えた。
(ウチの迎賓館はそれなりに豪華だぞー)
「ち・がーう」
「え?」
「ぢつは、友達に借りたんだ♡」
その友人の名前を告げようとしたら、ぎ、と睨まれて叫ばれた。
「まさかっ大神のものですかっ?!」
--やっぱり、そこか。
「新伍からは断られちゃったんで、アラブの友人から専用機を借りたんだ♡」
俺は、かなりの部分を端折って弓香に説明した。途端、きりきりと弓香が眉を釣り上げた。
「さすがに大神らしい、心の狭い考えですね」
ぼそっと呟かれた低い声。
(まだまだ、尻に殻をつけたひよっこだな、お前は)
犬猿の仲の相手であっても、拒否られるのはムカつく訳か。祁答院のお嬢様の癖に、ストレートに好悪の情を出し過ぎる。
(大神の差し向けた移動手段を使うと決定していたら、それこそハネムーン自体拒否しかねなかった癖に)
少なくともその飛行機をネジ一本レベルまで分解して、爆弾だの盗聴器だのの危険分子がないかの『掃除』をするつもりだったろう。
(そんな事を思い出さないように、可愛がってやるからな♡)
王太子妃であることを武器に暗躍しろとは言わないが、嫌いな男からも敬意のキスは受けて貰わなければならない。
沸騰した温度を醒ましてやるべく、冷たい水を少しばかり浴びせた。
「王家 の始祖は海賊、お前んところは漁師だったんだから、どっこいどっこいだよな」
そういうと妃はムっとして黙り込んだ。
俺は弓香の肩を抱いて、ちゅ、と慰める為に彼女のコメカミにキスを落とした。
「ウチと大神と祁答院。一番尊いのは奥洞海 の媛 だ」
俺の言葉に嘘偽りがないことを感じたのだろう、母が奥洞海の出であった弓香はぽ、と頬を染めた。
「……わかりました。現段階では、大神についての疑心に留めておきます」
「サンキュ♡」
女官にいざなわれて、着替える為にベッドルームへ向かう弓香を見送りながら、俺はこっそりと思った。
(新伍が俺達に飛行機を貸さなかったのも、弓香が大神を警戒していると知っているからだ)
用心深い奥洞海の血と、大神と敵対していた祁答院の血のブレンドが弓香だった。
--弓香とて祁答院の出身だから、王家と大神の密接な繋がりはよく知っていた筈だが、俺が虚仮にされた、と思って憤っているのだろう。
(いちいち可愛い奴)
今更ながらに、奥洞海とは忠義と愛が一体化してしまうのだということを実感した。
(暴走しないように、冷静な眼で周りを見ることを教えないといかんな)
俺はグラスの中の琥珀色の液体を観ながら、考える。
--我が姫 も、こんな風に一途に男を愛するのだろうか。
彼女を見ていて、ふと、そんなことを想った。
教える教えないにかかわらず、弓香 を見て居れば、そのように人を愛するのだ、と信じることだろう。
己が滅亡しても構わない、不器用な愛し方を。
……そうならないように。
(親ばかと言われてもいいから、おとーさん最高のお婿さんをお前の為に探してやるからなー)
見果てぬ我が子に思いを馳せた。
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