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第一部 海賊王子とテッセンの女(4)
「お断りします」
にべもない返事に、俺は(やっぱりね)と思った。
祁答院の東での本社に、内々の使者を走らせた。弓香嬢と直接のコンタクトを試みた結果が、これだった。
「君がお爺様の亡き後、コンツェルンを率いると聞いている。大神系列である我が王家に、楔を打ち込める。それが君の家にとってどれだけ有利になるか、わかっていると思うんだが」
弓香嬢は立ちっぱなしで俺と対峙していた。
茶菓どころか、着座も勧められていなかった。しかし俺は優雅にソファに腰掛け、そんな俺を呆れた目で弓香嬢が見下ろしている、という構図。
テーブルの上には、6カラットのティアドロップカットのダイヤのエンゲージリング。あの日を記念して作らせたテッセンのブーケが誰にも触られることなく、無造作に置かれたままだ。
「祖父より、婚姻は自分の好きにしていい、と了承を得ています」
(さもありなん)
彼女の生い立ちを考えれば、当然だろう。だが、そんな事で諦める俺ではない。
「俺じゃ駄目な理由は?」
「貴方を好きではないからです」
(けんもほろろ、てこういう場合のことを指すんだろうな)
本当に取りつく島もない。
(だけど、俺。ロッククライミングも大好きなんだよね)
手掛かりが全く見られない巨大な一枚岩。そこに僅かな窪みとかを見つけて、足掛かりにする。難攻不落な敵を征服する快感ったら、ないね。
「じゃあ、好きになってよ」
「……噂通りに軽いんですね」
嘆息まじりに呆れられた。
「なまじ重い物を背負ってるんでね。頭と心くらいは、Lightにしておきたい」
はあああ、と大袈裟にため息をつかれてしまった。
「利点はわかりますけれど、なんで私なんですか」
しかも、それを”政敵”の貴方が直接持ち掛けますか、と訊ねてくるのも厭そうだった。
「君に惚れたから」
じろ、と睨まれた。
「冗談は休み休みに行ってください」
「却下。本気も本気」
あの日。
扇を翳して暴漢に対峙していた君の姿に惚れた。
まるで日本舞踊を踊っているかのような、美しい姿だった。
暴漢の斬道を見極めつつ、時に突き時に扇子を拡げて斬道を逸らさせて、翻弄しまくっていたその姿。
おそらく彼女が本気を出せば、数合も打ち合えなかった筈だ。暴漢を引きつけておいてくれたから、ギャラリー達の避難の時間を稼げた。
「君も知っての通り、王家の人間というのは命をよく狙われる」
講釈を垂れようとしたら、そっぽを向かれて。
「……嫌味ですか」
嫌そうに呟かれた。
(王家 との確執も勉強しているか。感心、感心)
「ま、過去のことは気にしないで。SPはつけるけど、まずは自分の命は自分で護ってくれれば、それでいいから」
勝手に動き回られるのも困ったもの。だが、秤にかけて考えたら、自分で自分を護れる女の方が都合がいい。
「私に寝首をかかれるとは、思ってないんですか?」
”小娘ごときが、って思ってる事位、わかってるんだから!”
……なーんて事を考えているのだろう。”男を威嚇してくる顔も可愛いね”、とか言ったらどういうリアクションしてくれるのかな、君は。
「奥洞海 出身の母君をもった君は、惚れた男には、逆らえないよ」
「……っ!」
奥洞海は、俺も悪友も使っている≪影≫が属している一族である。執事よりも忠実なその一族は、”仕える者”を定めれば、一生その誓いを裏切らない。
だからこそ、奥洞海の人間は仕える者を、自ら選ぶのだ。
弓香嬢の母君も血の定めに従い、夫である祁答院の御曹司を、命を賭けて護った。
(……魂への刻印、という奴だな。祁答院の爺様も、孫娘に奥洞海の血が流れているからこそ、婚姻の自由を許した)
大体、王なんて世界で一番油断のならない職業だ。
その気になれば側近どころか、妻子から命を狙われても、不思議じゃない。
(寝る時くらい、静かに眠らせて欲しいもんだ)
俺が一番安心して眠れる女。それが、彼女だったという訳だ。
--尤も。
自分の魂はあの時、この女に奪われたのだから、同等のモノを彼女から貰いたかっただけの話。
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