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第一部 海賊王子とテッセンの女(3)
「はあ?お前が結婚する?」
素っ頓狂な声をあげたのは、大神 新伍。
”入国”した時に出迎えてくれた男で、子供の頃からの悪友だ。俺が『海賊』ならば、奴は『強欲』。それぞれの冠で呼び合う事が多い。
新伍は将来的に日本国の総理を目指しているが、今は未だ足場を固めている最中だ。
「確かに、旺月の第一王位継承者の殿下が、何時までも独身なのはどうかと思ってはいた」
愉快そうな光が、悪友の双眸の中にくるめく。
「だろ?」
いずれ、義務として妃を娶らなければ、と思ってはいた。世襲制にこだわりはないが、王家を護る事を生きがいにしてきた奴ら。それらを切り離す事は出来ない。
七つの海を自由に泳ぐ『海賊』とはいえ、しがらみと無縁ではいられない。
(何時の間にか、雁字搦めになったもんさ)
責任を負う事は嫌いじゃないけどな♡
「知ってるか。俺とお前が恋人同士、なんて噂もあるらしいぜ?」
俺はチョッカイを出してみた。悪友もその噂は知っているらしく、素っ気なく返事をした。
「世界にお前と僕だけになっても、絶対にお断りだ」
「同感」
俺と悪友は自他ともに認める女好きであるのに。よりにもよってこの男が俺の恋人なんてな。
(今度、マスコミの前で、わざと頬でも寄せてやるか)
マスコミは喜ぶし、コイツは嫌がる。
(一石二鳥)
「しかし、僕はまだまだ独身を謳歌したいからね。噂をもみ消す為にも、お前が結婚してくれるのは大歓迎なんだけど。……ちなみに、何処のご令嬢だ?」
「この女だ」
俺は悪友の前に、≪影≫が調べた彼女の資料をパサリと投げ出した。
悪友は一瞥して、密かに眼を瞠った。
その表情に俺は、してやったりとニヤニヤ笑いが止まらなくなった。
(やった)
この沈着冷静な、表情を殆ど変えない悪友を吃驚させるのが、俺の趣味である。
--尤も。
俺と、コイツの≪影≫。それ以外には近侍の者ですら、その表情の違いはわからないだろうが。
「よりによって、祁答院 の跡取り娘とは……」
「そう。東の大神財閥と並んで、西の雄・祁答院コンツェルンの総帥の孫娘だ」
総帥の息子夫婦は、既に事故死(という名のテロの犠牲になった)している。総帥が死ねば、孫娘が自動的に次の総帥だ。
「……諸手を振って賛成は出来ないな」
悪友は厳しい表情を浮かべた。
旺月の王家、即ち我が家は日本国の大神家とは密接な関係にある。
祁答院はというと、その大神の政敵であり旺月に仇なす者だ。過去を紐解いても、祁答院が我が王家や大神一党に刃を向けたことは一度や二度ではない。
「しかし、俺が王となる頃には、丁度いい配分だと思わないか?旺月の王妃が祁答院出身で、日本の総理が大神出身となれば」
悪友は暫し、その利点に思いを馳せていた。はあ、とため息をついて重々しく俺の意見に賛成の意を示した。
「……悪くはないが。旺月の王家に祁答院の血を入れるというのは、大神の当主としては承服しかねるな」
姻戚は極力、大神一党にするようにしてきた、均衡 が崩れる。
「その時には、俺の子とお前の子を娶わせればいい」
俺が提案すると、悪友はふるふると首を振った。
「そんな不確実な未来に、我が大神の命運を懸ける訳にはいかないな」
呆れる程に冷静な言葉。
(ほんと、コイツ御家と日本国大好きっ子だからなー)
大昔。
俺の祖先は日本国での覇権を手にしていたが、なんだかんだあって日本の舵取りを大神一党に任せた。それから俺の祖先は船出して、今の場所に王国を築いた。
”国璽返還、確かに承った。貴殿の代わりにこの国を、大神がお守り申そう”。
(その誓いの言葉通り、大神は陰になり日向になって日本をずっと護ってきた)
しかし、ここでシリアスにはさせねぇ。
「お前っ、堅いんだよ!それにナニ、その”旺月 より自分ちが大切”って態度!」
普通さ、王族と姻戚になれるんだぜ?そこは小躍りする処じゃないの。
「旺月の王家 など、我が国と大神の益にならなければ、すぐ”頭”を挿 げ替えるだけだ」
悪友が素っ気なく言い捨てた。
……などと。
言葉では”旺月を切り捨てる”なんて事を言いながら、悪友の眼の中に光が踊っていた。
”祁答院と姻戚になれるものなら、なってみろ”と言わんばかりだった。
「おっかねーの」
(なってやろうじゃないか)
「で?いつ婚儀の発表をするんだ」
悪友が自分のスケジュールを≪影≫に確認させていた。
「あ、これから彼女を口説くんだ」
「はあぁ?!」
悪友が大声を出すなんて、何年ぶりだろうか。
俺は非常に、いい気分だった。
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