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第一部 海賊王子とテッセンの女(2)
空がだいぶ高い。
トルコ石を水に溶かしたような青空が広がっている。
(もう秋だな)
空気に乗って、キンモクセイの薫りが漂ってくるのも、香しい。
と。
たこ焼きのようなソース系の匂い。
ピーひゃらら、と和楽器を奏でている浮き立つような祭囃子の音。
この時期、日本国では各地で祭りが繰り広げられる。
幼い頃は日本国というか大神の家に、よく行き来してたものだ。
「つっても新伍のヤツは7つの頃からコネ作りの為に、各国への留学を繰り返してたけどな」
なんつーの、意識高い系って奴?
--そんな奴と秋祭りに行った記憶があるのは、進学のハザマで日本に一時帰国でもしてたんだろうか。
(記憶では、ここら辺りだった)
音を頼りに、行ってみることにした。
たどり着いた神社の能舞台では、奉納芸能が行われていた。本殿の周りには、色々な屋台が出そろっている。
くんくん、と匂いを頼りに歩いてみれば、たこ焼き屋にぶつかったので、1パック購入した。
(これでビールがあれば、最高)
大抵は食べ物屋の傍に、飲み物の屋台が出ている筈なんだが。
うろうろと視線を彷徨わせていると、いきなり、「きゃあああ!」という悲鳴が響き渡る。ついで視界を遮っていた雑踏が、ざ、と左右に割れた。
正面を見れば、左手に居た暴漢がナイフを斜に構えて、右側に突進しようとしていた。
(お♪)
咄嗟に、たこ焼きとビールの入った紙コップを隣のヤツに押し付けた。空いた手でベルトを引き抜いて、暴漢の方へ走り出す。
(ギリ、間に合うな)
暴漢が向かう先には屋台と女性。
こんな時だというのに、俺はその女性の風体に眼を瞠った。
簪にイヤリング。
長い前髪を一房垂らし。
テッセンの柄の浴衣の前を抑えているのは、革製のコルセット。
(帯どめ代わりに懐中時計とは、洒落ている)
足元を見れば、膝丈に短く着こなし、ショートブーツが見えて居た。
(秋とはいえ、ブーツは先取りし過ぎじゃないのか)
俺はのんびりとそんなことを想った。
女は優雅に扇子なんぞを仰いで、周囲の緊迫した空気を読めていないようだった。
暴漢が、ニタァ……とほくそ笑んで、ナイフを女に向かって、降り上げた。
「危ないッ」
誰かが叫んだ。
ギィン!!
金属製の音が聞こえた。
暴漢のナイフが女の扇子にあたったのだ。
(……いや。当てたのか?)
「鉄扇」
俺が呟いたのを、近くの人間が(え?)と聞きとがめて、俺を見つめた。
(また珍しい武具を)
過去の武芸者たちにも好まれた鉄扇。
今時の技術なら、扇子紙の部分を抗弾素材や防弾素材などで作っておけば、拡げれば防弾も可能なのだろう。
跳弾のような音がした処を見ると、表の骨はスティールとかで作ってあるんだろうな。
俺の物思いをよそに、ファイトは続いていた。
均衡を崩すまいと皆、固唾を呑んで見守っていたから、二人が発する音がよく聞こえてきた。
(有体にいえば、暴漢の注意を自分に引きつけたくないということだ)
「っ、このっ!」
男は、簡単に切り裂ける筈だった獲物の思わぬ抵抗に驚きながらも、余計闘志が湧いてきたようだった。
俺はといえば、周りを囲んでいる≪影≫に合図しながら、さりげなく周りの客たちを遠ざけさせた。そして、何かあれば助太刀出来る処に、俺自身は陣取った。
「……さま」
俺付きの≪影≫の一人が密やかに、名前を呟いてきた。随行達は神社の周囲を固めている。
「客の避難は完了致しました。間もなく警察が到着致します。ここは危のうございます。おさがりくださいませ」
「暴漢があの男一人で、飛び道具を持ってないのならば何事もあるまいよ」
「しかし」
「万が一あの女性が転びでもしたら、助太刀が必要だろう?」
キン!
キィン!
打ち合いは続いていた。
(どうやら。かなりの手練れらしいな)
女は完全に鉄扇をわが手のように扱っている。
暴漢が撃ちこむ処、撃ちこむ処に扇を翳 す。斬道を逸らせ、あるいは迎え撃つ。暴漢のほうが息を切らし足元がよろめきつつあるのに、彼女は息も乱してはいない。どうやら、男の自滅を狙っているようだったのだが。
(危ないな)
ああなると”窮鼠猫を噛む”、の例え通り。無茶苦茶に暴走し始める。
予想通り獲物が与みがたし、とようやく見切った男は血走った眼を左右に走らせ。
そして。
御神木の根元に隠れるようにうずくまっていた子供に眼を留めて、そちらに突進しようとした。
ジャっ!という音がしたと思った途端、暴漢と女の間に銀の光が繋がった。
(鉄線まで。只者ではないな、あの女)
俺は後ろに控えていた≪影≫に命じた。
「あの女を調べろ」
「……は」
そして。
女が放った鉄線によって手足を出すことも敵わず、ぎりぎりと拘束されている暴漢。油断なく男を見張っている女に、俺は近づいていったのだった。
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