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第一部 海賊王子とテッセンの女(1)

  南シナ海の我が国より、日本まで飛行機だと数時間。 親国だからな、お互いの国を行き来するのにパスポートも必要ないんだが。 (公式訪問はかったるいしなー)  今回も密入国する事にして、途中まで輸送機に送らせた。パラシュートで空中に飛び出せば、ドンピシャの処に工作船が止まっている。コイツはオンボロ漁船に見えて船舶としては最高速、いわゆるスパイ機器搭載って奴。 「よ」 船べりに手をかけて乗り込むと、船を用意してくれていた者が迎えてくれた。 「相変わらず、無茶をなさる」  迎えてくれた者が嘆息した。 俺の後から次々と船に『随行』達が上がってくる。 「大した事はしてねぇよ。こいつらも久しぶりに楽しんでいたようだし」  な、と後ろを見るとウエットスーツやら水中スクーターやらを手入れしながら、ガハハと豪快に返事をしてきた。 「そうそう。安心して”特務部隊(スペシャルズ)”にお任せあれ。我々がおれば、殿下を空中でも海中でもお守りしてみせますよ」 「訓練ばっかりじゃ、つまらんですしなぁ」 三々五々楽しそうに言う男どもに、爺がますます嘆息をしてみせる。 「まったく。ぬしらは殿下を御諫めせねばならぬ立場なのに、一緒に遊びしくさって」  ぐちぐちという奴さんの肩を叩いた。 「そう言うなって。今度、お前を誘ってやるから」  言った途端、機嫌を直してやんの。  (オレ)の気質を反映しているのか、子飼いのヤツらは勇猛でやんちゃ好き。国防も国の行く末も共に背負ってくれている、大事な仲間(ダチ)だ。気負っていない処がスーパーライトで心地いい。 「スピードを上げろ」 「は」  言うなり、白波を生み出す速度で船は海を泳ぎ始めた。 (日本船籍をコイツのボディに記載してあるが、あの国は勘が鋭い) 「コーストガードから警告を受けないうちに、とっとと退散させるか」 戦闘機だと、あっという間なんだが大事(おおごと)になるしな。  我が国、旺月(おうげつ)と日本国は取り決めをしている。 二重国籍はお互いに許可はしていないが相互不可侵、パスポート・ヴィザ廃止。  貨幣も国語も日本のものを使用しているが、日本国の属国ではない。けれど、とても親しい……、親密な間柄だとは言っておこう。 (つっても、寝首はかくけどな♡) 『恋人』というのは、油断のならない間柄でないとだらけ切ってしまう、というのが俺の持論。 「しかし恋人っつーのも、気色が悪ぃな」 せいぜい、”昨日の敵は今日の友、今日の友は明日の敵”と言った処か。  漁船を東京湾の中に潜り込ませると、そこからは海中だ。 とある場所に旺月の『領事館』がある。誰にも見とがめられていない事を確認して、上陸を果たした。ここから『奴』の私邸までトンネルを掘ってある。トンネルの開口部に、バイクを用意させておいた。ひっそりと人間が染み出してくる。随行達がざ、と俺の周りに膜を作る。 「殿下」 ゆらりと口を開いた。 「≪影≫か」 ……コーストガードからも自衛隊からも、奴に報告は行っているのだろう。見とがめられなかったのが、いい証拠だ。 (どのみち、あいつが俺を野放しにしておく訳がねえもんな) コイツが待ち構えているのも、いわゆる『予定調和』って事だ。 「はい、あの方のご命によりお迎えに参じました」  この≪影≫はあいつ専属。だから俺に対して慇懃であっても、敬意のカケラも持ってはいない。 「お前は後ろな」  顎をしゃくれば、≪影≫が頷いた。俺がハンドルを握り、≪影≫はタンデムに座る。ヘルメットを装着して、アクセルを回した。俺の前を走る者達や、≪影≫は抜かりなく銃を抜いて、辺りを警戒している。  くっ……と俺は笑いを噛みしめた。 ここは日本国の中の旺月、そして『奴』の領域だ。敵が入り込む余地はないが、様式美という奴だ。 (まあ、ドンパチ始まっても楽しいもんさ)  到着すると、≪影≫に先導されて大神邸に入った。 予想通り、悪友が楽しくなさそうな顔で出迎えてくれた。 「久しぶりだな、友よ」 話しかけて拳を突き出せば、奴も拳を繰り出してきた。ガツッと突き合わせる。 「こっちは会いたくもなんともなかった。何故、密入国を繰り返す」 ぶすっくれた声を出しているが、愉快そうな光が眼の奥に踊っていた。 (このツンデレめ) 「楽しいからに決まってるだろ」 答えれば、はああ……と大袈裟にため息をつかれた。 「『海賊』、今日は何をしにきた」 問いかけられて、俺は今日の訪問の目的を思い出した。 「餓鬼の頃一緒に行った秋祭りが確か、今日だったろ」 いうと、奴は眼を泳がせた。 「……今日だったか」 「ああ。せっかくだから屋台グルメを味わおうと思ってな」  我が旺月は海運国。 軍事と貿易、そしてペーパーカンパニーで成り立っている国だ。国民の殆どは船に乗っているし、子供は寄宿舎。海神祭位しか、あまり目立った祭はない。 「『強欲』、お前も一緒にどうよ」 奴にも声を掛けたが、残念そうに首を振った。
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