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已んだ世界(5)
「陽介くん、こんにちは」
昼休みの後、背後から声をかけてきたのは千尋だった。
爽やかなサッカー部の主将はなおも人気があり、俺と並んだだけで違う人種のようだった。
初めて千尋を紹介されてから、数か月は経っていた。
「二年の教室までやって来て、どうかしたんスか? 先輩」
棘のある言葉をチクリチクリと刻み込んでやる。
なんて思う俺は、どれだけ性格が歪んでいるのだろうか。
俺の嫌味に対し、嫌な顔一つせずに千尋は笑顔を零す。波とお似合いだ。
波にとって、好青年の千尋は最良の彼氏とでも言えるだろう。
だが、その仲を引き裂いたのは俺だ。
波を奪いとったのは俺だ。
罪悪感が芽生えたのは事実だが、悔いはない。
それよりも、この秘密を隠し通すことのほうが賢い選択だ。
千尋はもしかして、勘付いているのではないか? と俺は疑っていた。
俺と波の関係を知ったら……この男はどんな反応を見せるのだろうか。
優越感というものが、沸々と湧いてきた。
「波との仲を取り持ってほしいの?」
「え? そういうわけじゃ……」
「じゃあ、どういう用件で俺に近づいたわけ?」
口元の端を吊り上げて、理由を尋ねる。
優位に立っているのは自分のほうなんだって、こいつに分からせてやりたかった。
いや、みんなに、世界中の人間全てに大声で叫びたいくらいだ。
俯いたままの千尋は、俺に何も言えなかった。
ああ、なんとも言えない快感だ。
千尋のその生意気な鼻を明かしたようだ。
「……何も喋らないなら、もう行っていい? 屋上で昼寝したいんだけど」
「あ、ああ。ごめん」
腕を伸ばし、欠伸をしながらそう言った。
千尋とすれ違う瞬間、俺は恰もさっき気付いたように「あ」と、言葉を付け足し立ち止まる。
「波のこと、あんたが女にしてやったんだろ?」
「は? なに言って……」
「波のパンツに血がついてたから。きょうだいの特権ってやつ? 風呂入るときに覗いたんだ」
嘘をついた。
千尋の青ざめた顔が見たかったからだ。
波が他の男と寝たことを匂わせると、どうなるだろうって、ただ単に興味本位でついた嘘に、俺が翻弄されるなんて思ってもみなかった。
だが、千尋は、青ざめることもなく俺の嘘を上から塗り替えた。
「ああ。俺が女にした」
嘘を吐いた千尋の言葉に息が止まった。
目を見開いたまま、俺の体は固まっていた。
まさか、そんな言葉をさらりと俺に言うなんて。
ただ、お前の青ざめる顔が見たかっただけなのに、自分で自分の首を絞めるなんてな。
俺は鼻で笑った後、千尋に向けて拳を振りかざしていた。
面を食らったのは俺のほうだ。どうしてだ? どうして嘘をついた? 俺も……何故、そんな嘘をついた?
千尋が言った嘘の言葉は、俺が言いたかった言葉だった──。
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