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見下した月(2)
「サッカー部キャプテンの石川千尋ねー。ああ、知ってる知ってる」
金色の髪を風に靡かせながら、屋上の手すりに体を預けているのは金田だ。
小学校からの腐れ縁で、いわゆる幼馴染の俺と金田だが、波への気持ちのことは未だ言えないでいた。
「波ちゃんが、そいつと付き合ってるって、まじ?」
「まじ。昨日、そいつと鉢合わせした」
言いながら、ため息を一つ吐き出した。いわゆる不良と呼ばれる俺達は、学校のお荷物と言われても否定はできない。屋上の鍵をぶち壊して、こうして時折侵入して授業をさぼる。
「お前、最近ヤッてねーの? なんか、元気ないぞ」
「ああ、ますかいてばっかだな」と手を筒状にして上下に動かした。
「陽介さー、もてんだから、ストレスたまったらやろうぜー?」
「やだよ。前戯とか邪魔くせーし。指で気持ち良くさせてんのに痛いとか言いやがるし、アソコ舐めんのも病気移りそうで怖ぇし」
「お前、サイテー」
「昔から知ってんだろ? 俺がサイテー野郎ってこと」
「ああ、そうだな」って、金田が言った。
俺は、そんな金田に薄く笑みを見せると空を仰いだ。
真っ白な雲が流れていく様子を見ていると、不思議と気分が落ち着いた。
「これでも……道を踏み外さないようにしてんだ」
「え? なんて言った? 陽介」
「いや、なんでもない」
青い空がやけに疎ましかった。
目を細めて黄色い太陽にガンを飛ばしてみるも無残に跳ね返されるほどのその光は、俺の心の奥底を照らすことなんてできないだろう。
そうだ、決して照らすことなんてできない。
この気持ちは、神に冒涜するものなのだから、鍵を内側から何重にもかけないとダメなのだ。波に対する気持ちは、一生隠していかなくちゃならない。
きっと、墓場まで持って行かなくてはならないのだろう。
「あ、波ちゃんだ」
手すりから校舎を見下ろす金田の言葉に勢いよく起き上がった俺は、視界の定まらない目で校舎をかぶりつくように見入った。
先ほどまで、空と太陽にガンを飛ばしていたからか、丸い球体のような物が目の中に飛んでいる。
ようやく目が慣れてきたのも束の間、次に俺の視界に飛び込んできたものは、衝撃的なものだった。
西校舎の屋上から北校舎との距離が一番近い教室は約10メートル。この屋上から四階の角にある美術室が一番近いのは分かっている。
美術室の窓際にまで寄れば、屋上からは顔の表情まで分かるほどだ。いつの間にか、拳に力が入っていた。
爪の先が掌に食い込んで、うっすらとうっ血するくらいに強く握りしめる。
美術室の窓際で、波は男とキスをしていた。
きっと、あの千尋という男だろう。
カーテンで教室の出入り口から見えないように隠しているのか? 屋上からはバレバレだぜ?
口が綻ぶ。
不気味に笑みを浮かべて、俺は手すりに額を強くぶつけた。
わざとだ。わざと何度も額を打ち付けて、何処へぶつけたらいいか分からないこの怒りをとにかく鎮めようとしたが、できない。
狂ったように、何度もぶつけた額からは血が滲んでいる。そして、次の瞬間、波との視線が重なった。
「……っなみ……」
俺と目が合った波は、慌ててその場から隠れるようにして美術室の奥へと移動した。ぱりんと、音がきこえ、その場に俺は崩れ去った。
「おい、陽介っ? 何やってんだよ」
金田の揺さぶりが拍車を掛けるように、俺の考えを否定させるようだ。
屋上と美術室の距離は約10メートル。目が合った瞬間の波の赤く染まった顔が忘れられない。忘れたくない。もう一度見たいと、願ってしまった。
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