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第3話

 室外機ががらがら回っているのが、南波(さざなみ)宅のリビングから聞こえる。海外のやんごとなき花園を思わせる庭造りだが、この家は観光地ではなく人の暮らしがある。冷蔵庫の低い唸りもまた、ここに人の暮らしがあることを生々しく実感させる。  舞夜(まや)は2階に恋人と家主の一人を置いて1階に降りていた。実家よりも広く豪奢なキッチンカウンターに飾られた写真立てを彼は眺めていた。瑠夏の執着の意味を知る。そして舞夜もまた頭痛を伴うような懐かしさを覚える。だがその正体が分からない。いいや、好みの一致であろう。恋人は誰もが目を惹く派手な美人ではない。噂になるような輝かしい佳麗ぶりでもない。嫌味のない、淑やかで控えめで可憐な女である。結局はそういう女が好きなのである。誰もが。  彼はその写真立てを、他人の家の物だというのに伏せようとしていた。前後不覚に似た酩酊感とも既視感ともいえない状態に陥る。恋人の家に行くと、その家の主人が下駄箱の上の写真立てを伏せるのだ。  結局、写真立てを倒すことはできなかった。上階で諍いが聞こえたのだ。急いで階段をのぼり、恋人と瑠夏のいる部屋へ駆け込んだ。  ベッドについた赤い染みにまず驚いた。クーラーの音が体温の下がっていくのを表しているみたいだった。 「どうした……?」  瑠夏の手には鈍色のハサミが握られ、恋人はベッドの上で赤い紐を掌に乗せて舞夜を睨んでいた。何故赤い紐を……否、それは赤い紐ではなく、傷であった。 「切ったのか」  舞夜は恋人へ飛びついた。ベッドが軋む。 「触らないで!」  恋人が振り払う。掌に溜まっていた血が飛んだ。服に散る。だが彼は暗い色のものしか着ない。ゆえに目立ちはしなかった。ところが恋人は抗うのをやめて目を伏せる。 「……ごめんなさい」 「いい。それより、傷を見せろ。処置をしないと。黴菌が入ったら事だ」  瑠夏は救急箱を持ってくると、脇にぼんやり佇んでいた。彼がこうも寡黙なのは珍しい。執心している相手を傷付けてしまったことに、ショックを受けているのかも知れなかった。彼女の掌にはまた新たに赤い紐が乗っている。そして手首へと伸びていく。除菌ガーゼで血を拭き取る。見たところ、そう深い傷ではなかった。 「痺れはないか」 「うん……」  手当をして、恋人の指が開閉するのを彼は見ていた。 「何かあれば、すぐに病院に行くんだ。それとも、今、救急車を呼ぶか?」  恋人は首を振る。地毛の色に戻して短くなった髪からシャンプーとリンスの甘い匂いがする。 「破傷風になったらどうする」 「自分で行くから、平気……」  舞夜は佇立している瑠夏を向く。 「何があった?」  彼はぼんやりしていた。 「おい」  色素の薄い大きな目に正気が戻る。 「髪を切ろうとしたんです。ボウズにするって言って。情緒不安定ですね」  瑠夏は思い出したようにハサミをしまう。勉強机の上で缶のペンスタンドが倒れていた。 「本当か」  惻隠の情を催して抱き寄せようとした。誰がそのような行動のきっかけなのかなど考えもせず。しかし恋人は騙されず流されない。迫る胸板を押し返す。 「手当してくれてありがとう。でも……それだけだから」 「すまない……」  どさくさに紛れて触れようとしたわけではなかった。だが無理矢理恋人にした女にはどのように映るだろう。彼女は俯いて顔も逸らしてしまった。首筋や胸元に痛々しい鬱血痕が散っている。世間で許されるはずのない高校生の付けたものだ。舞夜もこの恋人から目を背けた。 「夏霞お姉ちゃん」  2人の間を、甘えた声が割って入る。小賢しさは鳴りを顰め、幼児が母親に媚びるような語気であった。彼はベッドに乗って、数歳上の女を母親か何かと思っているみたいな有様である。 「夏霞お姉ちゃん、おちんちん勃っちゃった………夏霞お姉ちゃん、ボクのおちんちんが勃起(おっきっき)したの、見て」  その言葉に、部外者にされていた舞夜は慄然とした。  瑠夏は平生(へいぜい)の小生意気に大人ぶった皮をどこか遠くへ投擲(とうてき)していた。私服でも、制服のスラックみたいな黒いパンツの前を寛げる。それはやはり急くあまり周りの見えていない子供を彷彿とさせた。性器を露出させたのだ。嫋やかで線の細い美少年のものとは思えない、鬼の棍棒みたいな陰茎が跳ねた。まだ鍛えきっていない薄らと分割された腹筋が重さで剥がれてしまいそうである。ジャンガリアンハムスターに、ガゼルでも一頭丸呑みしたようなアナコンダが生えているのだ。不気味な少年だと、舞夜は常々思っていたが、魑魅魍魎で間違いなかったのだ。 「夏霞お姉ちゃん、ボクのおちんちん……見て」  白い手が、包帯が巻かれた手を掬い取る。 「お願い、お姉ちゃん、セックスさせて。お願い、お願い。今だけかも知れないから。お姉ちゃん、お姉ちゃん」  ハムスターみたいであった男子高校生は今度は人懐こくも撫で回され過ぎたネコみたいに飼主に擦り寄って寝転がり、腹を見せる。 「夏霞お姉ちゃん、セックスして……夏霞お姉ちゃん、ボクとセックスしてください。おちんちん挿れさせて……」 「嫌だ……夏霞。嫌だ………」  舞夜は顎を震わせた。温度設定28℃で凍えている。彼女が真の恋人以外との接触を良しとするはずがない。それは分かっている。だから彼は肉体の苦悩の渦に中にいるのだ。しかし恋人の拒絶はあまりにも遅い。何故彼女は即座に拒否しないのか……  舞夜は前にのめる。その動きを知っていたかのように彼女の双眸に力強く捉えられる。 「この子、縛り上げてよ」  意図はまるで分からない。しかしこの者に逆らうこともまたできない。舞夜はすでに無理矢理恋人にしたこの女の奴隷であった。虜囚であった。心臓を抜き取られ、彼女の気紛れでいつでもそれは握り潰されてしまうのだ。  瑠夏を縛り上げるのは容易かった。目的の女に媚び切るには舞夜にもまたふざけたネコのような態度をとる。だが舞夜の飼猫は彼に腹を見せはしないのだ。 「夏霞お姉ちゃん……セックスして……?おちんちん勃ったの。やっと、……やっとだよ?やっと、おちんちん勃ったの。夏霞お姉ちゃんの掌の切傷(おまんこ)みたら、おちんちん、勃っちゃったの」  両腕を縛り上げられベッド柵に括られても、瑠夏はくねくねと身を捻って可愛い子ぶる。しかし露出したグロテスクな大蛇頭とガゼルを丸呑みしたばかりみたいな太く長い巨物が、いくら美少年に化けていても、この妖怪の正体なのである。 「夏霞……」  この子供を縛り上げてどうする気だというのだろう。 「ハサミ……取って」  彼女には逆らえない。舞夜は戻されたばかりの鈍色のハサミを手渡した。恋人は美少年に化けていた怪物に跨る。 「夏霞お姉ちゃんと、セックスしたい。セックスしたいよ。夏霞お姉ちゃんのお腹に赤ちゃん植え付けたい」  瑠夏は身体を捩った。それは逃げるというより、身体を擦り付けているように見えた。舞夜の恋人は無言のまま、美男子の皮を被った化物の柔らかな髪を鷲掴みにする。 「お姉ちゃ……!お姉ちゃん!」  包帯の巻かれた手が毛束を刃物の間に挟んだ途端、ヒットポイントがぶつかり合う。トウモロコシの房にアイロンをかけたような毛が、纏まらなかったわたあめみたいに儚く散った。 「夏霞……」  彼女は制するような舞夜をさらに制すような厳しい視線をくれた。首元をその細っそりとした手で掴まれた気分になる。 「お姉ちゃん……セックスさせて。お姉ちゃんの中に、ちんちん挿れたい……」  その部位に障害があったなどとどの口が言っていたのか分からない。芽吹いただけではなく、強靭な大樹と化しているではないか。  舞夜は寒くなりながら成り行きを見守っていた。金縛りに遭っている。恋人は、この高校生と交わってしまう気なのだろうか。 「嫌だ……」  それは彼女の心底愛した男の言葉であっただろう。  恋人はほんの一瞬、虚ろな目をしてこの図々しい盗人を射抜いた。彼女は白い拳を作り、甘えて媚びた声をだす子供に振り下ろした。 「ああ!夏霞お姉ちゃん!」  この恋人の腕力がどれくらいなのか、舞夜は知らなかった。常に上回る力で捩じ伏せることができた。そして彼女も生命に瀕するほどの暴力を恐れ、全力で向かってくることはない。ゆえに振り下ろされた拳がどの程度の威力なのか見当もつかない。ただ瑠夏という少年は小さな頭に華奢な身体のついた、雪兎みたいな風采である。そう強くはなさそうな女の殴打でも大きなダメージを受けそうであった。  恋人は少年の白い首を上から圧迫し、拳を振り下ろす。何度も振り下ろす。何度も何度も振り下ろし、やがて白い雪のような肌が鼻血に染まった。恋人の拳も赤く染まる。  だが舞夜は足を床に釘で留めたように動けない。止めに入れない。 「夏霞お姉ちゃん!夏霞お姉ちゃん!なんか出る、なんか出る、お漏らししちゃう!」  禍々しいものを見るつもりはなかった。しかし首がいうこをきかない。不可視の何者かの手が頭を掴み、舞夜の頭を恋人の後ろに聳え立つ肉凶器の微細な方角へ導いた。それは縄で締め上げられたみたいに脈を浮かせていた。陸に揚げられた魚の如く、ばったばったと尻をベッドに叩きつけている。  美少年は撲られ続ける。そうされているのに、丸い(きっさき)が膨らんでいくのを舞夜は凝視していた。 「夏霞お姉ちゃん!出りゅぅっ!」  ベッド柵もスプリングもセミ同然に鳴き叫ぶ。鈍い音を出している美しい少年も猛り狂った。恋人は暴馬に乗っている。彼女の背後でグロテスクな肉塊蛹が白い粘液を吹き出した。鐘状火山だった。形のある精液を、射しているのではなく漏らしている。ゼリーになって、忌まわしい急峻(きゅうしゅん)を垂れていく。巻き付いた大蛇をも雪崩よろしく通り越す。 「殴られただけでフツー出す?このクズ。クズ!」  恋人は聞いたこともないほど語気を荒げた。そして鼻血を噴き出したままさらにスタンプされて汚れた美貌に唾を吐く。 「夏霞……」 「喋らないで。萎えるから。アンタは見てなさいよ。それで情けなく一人でしてなさい」  すでに彼女は、舞夜の知る人物ではなくなっていた。可憐で淑やかな空気感を纏う憧れの女性の口元が悪辣に歪む。そして薄い肉体に乗った尻を持ち上げると、ショーツをずらし、精失禁している弾薬筒に自ら串刺しになる。 「あ……あああ………」  首を仰け反らせて巨物を受け入れている様は蝶の羽化に似て、舞夜の知るものであったけれど…… 「夏霞お姉ちゃんのナカ、気持ちいい!」  瑠夏は子鹿が鳴くみたいに喘いだ。容赦なく、その白皙の頬に拳が入る。殴った手は、さらさらとして雑に切られた短髪を握り締める。 「祭夜ちゃん………祭夜ちゃん。今日から貴方は、祭夜ちゃんよ。祭夜ちゃん……」  恋人が適切でない相手の上で腰を振った。白濁液が彼女の蜜穴に搾られ、(なら)され、どちらがどちらの体液を塗りつけているのか分からなくなっている。 「い………やだ、」  舞夜の声帯は機能していなかつた。(くび)られてしまったのかもしれない。無音のまま唇だけ動き、その後に噛み締められる。  この少年の機能的な欠落によって、恋人との近過ぎる接触に妥協していた。そうでなければ彼女は傍にすら居てくれなくなる。 「祭夜ちゃんの、おちんちん……」  壁越しにしか認めることのできなかった性に積極的な彼女の姿がすぐ目の前にある。それは望んだかたちではなかった。  小さな尻が少年の上で弾む。粘ついた体液がいくつも柱を築いては呆気なく潰されていく。 「ボクだよぉ……ボクを見て……!あっあっあっ」  瑠夏は女みたいに上擦った悲鳴を上げて、女体の虜になってしまった。 「変な声聞かせないで」  恋人は腰を止めた。強い性感に囚われた少年は彼女を突き上げる。鼻血まみれの顔を叩き払われるまで続いた。互いの粘ついた体液が混ざり合い、空気を含み、白い粘着剤と化している。 「このクソガキの口、塞いでおいてよ」  彼女は真の恋人の名を口にしていたときよりも冷たく低く言い放つ。舞夜はすでに、出会った瞬間から、この愛しく淑やかで気の強い魔女の下僕であった。奴隷であった。金縛りに遭っている場合ではない。彼は以前、この恋人に使った猿轡を桜色の唇に咬ませた。 「う、うう……うう………!」  瑠夏は抵抗もしなかった。上に跨る女を熱っぽく見つめ、腰を振りたくろうと暴れている。 「声出さないで。祭夜ちゃんじゃないクセに!」  女の掌が、血まみれの顔を叩いた。ヒステリックに叫ぶ様は、加虐心だけではないようである。 「夏霞……」 「あんたも気安く呼ばないで!」  それは八つ当たりの響きであった。"緑蔭(りお)叔父さん"や"暑詩(しょうた)くん"の前では、真っ当で平凡な恋人として上手く装えというけれども、内心では鬱憤が溜まっていたのだろう。脅迫によって成り立っているのだから当然であった。舞夜はこのことと向き合いきれていなかった。悪人の自覚が欠如している。まだどこか自身を善人と思いたいところが彼にもあったのだろう。 「おっぱい、揉んでよ。触るの、赦してあげる……」  恋人は突っ慳貪な態度を崩さない。舞夜にあるのは服従のみである。 「声出さないで。喋りかけないで。姿も見せないで。あんたなんか、ただのオモチャなんだから」  見向きもされない。いいや、言葉を浴びせられているだけまだ状況はまだそう悪くない。  舞夜は恋人の後ろに回り、腰の細さと比べると豊かな乳房を揉んだ。指先の溶け込んでいくような柔らかさである。下から持ち上げるように撫でる。 「は………ぁ、」  恋人は深く息を吐いて、目を閉じてている。誰を思い描いているのか分かってしまう。恋人にしてもまだ片想いでしかない相手と接触があっても、それは物理的なものでしかなかった。そこに錯覚であろうとも心理的な接近を望めない。だが彼は奴隷として、恋人の生ける玩具として働いた。  腰を振る恋人を腕の中で固定する。肉感に落ち着きそうだ。けれど焦らなければならない場面のはずだった。彼は燃え上がれば精力的な男だが、しかしそう簡単に燃え上がる気質ではなかった。彼が恋人に求めたものはこのような淫姿ではない。それも確かに含んでいたかもしれないけれど、彼女の心がほしかった。ところがどうだ。彼女の心というやつは、依然として離れた男のもとにある。 「ちくび、触って………キュって、して……」  舞夜は言われたとおり、柔らかな胸の先にある硬くなった部分を擦った。 「あ……っあ………」  腰の動きが速くなる。彼女の動きもあったが、下から突き上げる速さも増す。 「あ、あんっ……あっ、あ……」  嬌声が上がる。くぐもった瑠夏の少女然としたものも混ざっている。しかしいくら美少年で女性的な身形をしているとはいえ、今恋人を貫き、活塞(かっそく)運動しているものは牡の証明であった。 「あ………祭夜ちゃ…………あっ、」  実粒を捏ねる舞夜の指が止まる。 「だめ………して。して………」  甘えた要求をしながら、恋人は指へと胸を押し当てた。腰が揺めき、卑猥に動く。 「して………おっぱい、いじめて………あっん、あっあっあっ!」  下からの追撃に彼女は胸への刺激を乞う間もなく喘ぐ。発作のような甲高い音吐(おんと)に舞夜は一瞬驚いてしまった。 「もっと、突いて………あっん、」  すでにこの女王には、奴隷の手伝いなど不要であった。働かなくなった下僕に用はないのである。胸元にあったものが人の腕という認識もないようである。纏わりついた木枝や蜘蛛の巣でも払うような、粗雑な仕草であった。彼女は自分で好き放題に胸を触った。小さな左右の(しこ)りを押し潰し、指で弾く。 「ぅ……ふ、ぅう……」  南波瑠夏という少年には気品があった。ところが今は、膝を外に開き、女肉を突き上げるので必死であった。一心不乱に細い腰がピストン運動を繰り出す。猿轡を嵌められながらも快楽に唸り、そこに凛として聡明だった彼の影は微塵もない。 「あ、あ、ああああ……」  儚げな少年に被さった恋人は、胸から手を放し、よろよろと上体を起こして肘を張った。ネコが欠伸をするような体勢を保ち、やがてその背骨に雷でも落ちてきたみたいに身をのたうたせる。 「あ、ああああ………あっ、んっぁあ!」  恋人の媚態は、舞夜の肉体を燃やしながら、しかし冷やしていくのだ。動けずにいた。女王の払箱になった彼は、他人の蟲液が自分の番いに腹の中に注入されていく様を傍観するしかなかった。 「祭夜ちゃん……」  まったく似ても似つかない、体格も大いに異なる相手へ彼女は擦り寄った。 「夏霞……いやだ」  オーガズムの余韻によって気怠るげな彼女を、早く他の男から引き剥がしたくなった。そして膨らんでいく不安は考える間を与えない。勝手に動くのだ。  恋人の肉感が指に伝わるかどうかというところで、彼女はその双眸にある欲情の燃殻を吹き飛ばした。 「触らないで!」  手はテニスのレシーブよろしく打ち返される。 「夏霞……早く掻き出してくれ……そんなもの……早く………嫌だ、夏霞…………嫌だ……」  眉を下げ、長い睫毛を伏せ、舞夜は泣きそうな顔で泣きそうに懇願する。膝をつき、教会で祈りを捧げる乙女と大差ない有様である。乙女が悪魔に祈りを捧げている。 「ほら、見て、祭夜ちゃんじゃない人。あんたも、ここにきったない精子、こんな風に出したいんでしょ。祭夜ちゃんじゃない人。祭夜ちゃんじゃないのに、そんなことできるわけないでしょう?」  恋人は女神の丘を広げた。舞夜は顔面を殴られたようなショッキングな光景を目の当たりにする。複雑に入り組んだ朱闘魚が住んでいる。 「あ………あ……………夏霞………」  衝撃を受け、傷付いている。しかし壮健な肉体はこの感情の大きな揺れを誤解した。好きな女の秘められた箇所を大胆に晒され、失望できないのだ。下腹部が張り詰め、重く、苦しい。 「あんたに赦されてるのは、あたしが他の男の汚ったないものをここで擦ってるのを見てることだけ……」  薔薇の花弁の奥から、大雨後に放水されたかのような白濁の奔流が現れる。 「夏霞………やめてくれ…………やめて………夏霞、」 「アイシテルんでしょう。最後までみて。祭夜ちゃんはこれを見ながら、一人でしてたの。でも全然、独りじゃなかった。ねぇ、祭夜ちゃんじゃない人。アイシテルなら、あたしのココ見て、独りでしなさいよ」  彼女は爪先を伸ばした。舞夜の脚と脚の間に着地する。布を押し上げている正体をなぞる。 「夏霞………いけない。ダメだ。よせ………」 「アイシテナイんだ?」 「ちが……違う………」  恋人の足の裏に蹂躙される。彼女の侮蔑と嫌悪の眼差しに満足した。彼女の世界に存在している。 「アイシテル?」 「愛してる……」 「足にキスしなさいよ」  舞夜は彼女の足を手に取った。跪拝(きはい)を彷彿とさせる姿勢で、滑らかな肌へ接吻する。それだけではおさまらなかった。彼は足の指まで口に入れて、舌で転がした。 「アイシテナイなら、あんたのことなんか捨てるから。祭夜ちゃんじゃないクセに。なんであんた、祭夜ちゃんじゃないの?」 「あいつじゃなくて、悪かった。すまない。赦してくれ……」  彼はとうとう泣き出してしまった。突かれては爆破するような話題について、この恋人は敏かったのだ。昔から考え、己を責め、やっと解き放たれたはずだったが、そう上手くいかなかった。親戚一同誰もが、陽気で人懐こく、皆々に平然と弱さを晒し、踏み込める強さのあるいとこを求めていたに違いない。母親も父親も、飼猫もそうである。おそらくは妹だってそうなのだろう。 「泣いてるの?ばッかみたい」  涙が彼女のきめ細やかな可愛い爪先に落ちた。足が引いていく。 「夏霞……」  悲哀に濡れた顔を恋人へ見せてしまった。彼女はやはり悪辣な笑みを浮かべている。そして咽びそうな彼の眼前へと迫った。 「あんたは祭夜ちゃんをあたしから奪って、あたしを地獄に突き落としたんだからね。あんたも一緒だからね。あたしがあんたを谷底まで連れて行ってあげる。ね、シアワセでしょ?アイシテルなら。そのクルシミも、アイサレテルって気になりなさいよ」  唇が掠れそうなほど近かった。舞夜は首を伸ばした。恋人の柔らかな唇に包まれるはずであった。 「あんたにそんな資格、あるわけないでしょ」  彼は虚空へと口付けた。恋人は目の前にいない。
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