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第4話

 身体には力が入らなかったが、かといって弛緩することもできない。水音を立てながら耳を食まれ、腰には微弱ながらも確かな痺れが走っている。男の興奮が時折漏れ出て、喘いでいるようなのがよく聞こえる。左手はブラジャーの上から乳房を揉み、右手は痣ができるほど夏霞(かすみ)の腕を掴んでいる。もう抵抗の余地はなかった。与えられ押し付けられた視覚、聴覚、触覚を受け入れるので精々だ。乾いた口腔は苦く、祭夜(さや)と異なる洗剤の優しい匂いは胡散臭い。 「胸、柔らかい……な」  ブラジャーの上から徐ろに忍びこみ、膨らみを掌で包む仕草は乱暴ではなかった。声は掠れ、激しく緊迫しているのが伝わった。しかしそれは夏霞にとって何の慰めにもならなかった。身体は生命を守るためだけに生きているとは言い難い白ずんだ空間に意識を留め、己の一部と見做されなかった矜持は餌にされて貪り食われていくのを傍観している。無感動に涙が溢れて落ちていった。 「好きだ」  冷えた告白に中身はない。好かれる理由がはっきりしない。頭ごなしに好意を告げて欲を満たすことを正当化するつもりなのだ。悪魔みたいに美しい容姿と綺麗な声を使って相手をその気にさせ、罪悪感も無く満たされる算段に違いない。 「諦めきれない」  身震いした。5年以上、顔も合わせていなければそもそも面識の無い相手に諦め切れないほどの恋愛感情を抱くのは常軌を逸している。嫌悪感は突沸を起こし夏霞は我に帰って逃げようとする。舐め(ねぶ)られた耳が爛れたようだ。 「雨堂」  腕は掴まれたままで、簡単に引き戻されてしまう。 「あいつとはもう寝た?」  顔を背けると、シャツを捲られた。ブラジャーが露出し、胸元を強調する扇情的な姿を晒してしまう。祭夜から借りたカーゴパンツも下ろされた。膝を腿が潰れ合うまで閉じようとする。 「いや……っ!」 「雨堂、好き。俺を見て……」 「やめて!」  下着と素肌の間に節くれだった指が侵入する。 「やめない。雨堂は俺に気付いてくれなかった。俺に気付いちゃくれなくて、祭夜のことしか見てなかった」  弱いところを指の腹が柔く抉った。腰から爪先まで火照るような疼きが一度起こる。 「ぁ……っ、あ、謝る、から……」  自分の落度など分からなかった。しかし気に入らぬ相手に口先だけでも謝罪させれば満足するという類いの怒りならば、身に覚えのない謝罪など安いものだ。 「本当に俺のことなんか、見えちゃいないんだ」 「ゆ、る………っ許して……」  責めるような触れ方で押される。柔らかいところが弾んで、鋭い感覚が稲妻のようだった。 「許さない」  継続的な刺激を与えられ、夏霞は舞夜(まや)とかいう男にしがみついた。抗えない力が擂り潰されている箇所から広がる。 「ぁ、あっ……」 「感じてるのか」 「分かん……な、ぁっ、!」 「祭夜にはしてもらわなかったのか」  恋人の姿が脳裏に閃き、びくりと夏霞の身体が跳ねる。呼ぶべき名前を思い出した。 「祭夜………祭夜ちゃんっ!」  しかし顎を掴まれた。唇が塞がれる。微かな吐息がくすぐったく頬を撫ぜる。強く押し当てられ、それは夏霞にとって禍々しい接吻ではなく体当たりを思わせた。  一度離れた。 「口、開けて」  応じずにいた。また衝突のような口付けをされる。乾いた唇を濡らされる。固く閉じていた。 「ぅん……っうんん!」  しかし舞夜の指は彼女を軟く押し上げる。肉体が弛緩しかける。接触したところから(みなぎ)る情動を逃さずにいられない。唇が開いてしまった。その隙を埋められる。生温かいものが夏霞の口腔に押し寄せる。小さく鳴いた男の声が艶を帯びて、たとえ恋人のものでなくても彼女の背筋を撫で摩っていく。 「や………ぁっ、ンく、」  舌同士が触れた。舞夜の胸元を突き撥ねる。拒めども彼は離れない。むしろ夏霞の舌に巻き付こうとする。唾液が流れ込む。その甘さにただでさえぼやけた思考が朦朧としていく。舞夜を押す力も抜けていく。祭夜とキスをしているような錯覚を起こした。拒否も出来ず、むしろ舞夜を受け入れるような形になると、彼はひどく優しかった。春芽を刺激していた指がさらに奥に進んでいく。 「ふ………ぅんん………っ、!」  夏霞は目を閉じた。一度、何者かに暴かれたことがある。強張る。唇が離れて透明な紐で繋がる。大きく(たわ)んで切れた。 「祭夜とは、まだなんだろう?」  潤んだ牡の(まなこ)と切なげに寄せられた眉。妖しい雰囲気を漂わせる舞夜に夏霞は注ぎ込まれた彼の分の唾液を呑むのも息が詰まる。 「俺なら祭夜より大切にする」  背骨を折らんばかりの強さで抱き締められるが夏霞は緩やかに首を振った。 「祭夜ちゃんは、……こんな酷いことしない……………」  祭夜なら嫌がる相手の身体に無理矢理触れたりしない。そうするのなら余程のことだ。それでも自分勝手に欲望のまま相手を傷付けたりしない。この一言は大打撃を与えたらしい。萌肉を痛いほど強く捏ねられ、じんわりと残響に沈められる。そのうちに夏霞の内奥に舞夜の長い指が入っていく。そこは潤んでいた。挨拶に似た慎重な接触。 「ァ、あ……っ」 「………っ、」  戦慄く。耳のすぐ傍にある彼の口元が息を詰めた。見られ聞かれ嗅がれて、興奮されているのだ。夏霞は不本意で厭らしい欲情が湧いて起こった。理性と感情が共闘して追いやり、否定したい残酷なほど本能的な飢えだった。ひくんと勝手に意思を持ち始めた密肉が指を締め付ける。細くしなやかで長い指だ。祭夜もそういう手をしている。麗らかな手を。 「祭夜より大切にできないなら、俺は祭夜より雨堂を気持ち良くする」  指が動く。腹の奥を探るように丹念に、優しく、丁寧に撫でながら隘路(あいろ)を行き来する。それは秘蕊の中を物体が往復する感覚に過ぎなかった。痛みはない。多少の違和感で済んでいる。夏霞はゆっくりと息を吐く。凶暴なところはなかった。マッサージなどの施術を思わせるが舞夜に頼んだ覚えはない。  彼が耳を軽く齧った。 「んゃ………っ、」  肩が強張る。耳朶を吸われ、唇と舌で弄ばれる。鼓膜が逃さずに拾う水音で腰が痺れて力が抜ける。同時に制御の利かなくなった潤路は舞夜の指を引き絞ってしまう。そのたびに腹から脳にまで駆け抜けていく煌めきを覚えた。痺れているはずの腰が緩やかに跳ねてしまう。 「っ、あっあぁ……」 「俺の指で感じるのか」  確かめようとする指が違う動きをした。先程よりも強い稲光が下から上へ夏霞を襲う。 「や、ぁッ、んっ………!」  舐め咥えられ噛まれた耳が爛れたように疼くが、休む間も与えられず鼓膜も指を()む音を聞かされている。耳殻と鼓膜と膣内の感触が共鳴した。 「ぃや、いや、ァ、あっあっあッ!」  夏霞は半狂乱に陥りながら上擦った声を漏らす。舞夜の指は勢いを増すばかりで止まる気配はない。 「いいよ、イって」  彼の声も少し甘みを帯びて掠れていた。そして夏霞の内部を知り尽くしていると言わんばかりのタイミングで狭い奥を暴いた。 「やっ!あっあああァ、!」  瀞んだ内肉が短い間隔で舞夜の指を引き千切ろうとする。細く長い。関節が浮き上がっている。いやでもその形を描像してしまう。 「あ………ァあ……………っぅん、」  乱れた呼吸を整えているうちに、吐息を奪われる。まだ余韻の消えない箇所で舞夜の手はゆっくりと動いている。 「あ………んぁ…………」  夏霞の判断能力はもう残っていなかった。相手にとってはこれ以上ないくらいの好機に違いなかった。舌を吸われ、絡め取られる。さらさらとした蜜が甘く混じる。渦を描かれ、舌先を上下から愛撫される。まだ指を咥えている密壺に再び情炎が灯りかけた。腰が揺れた。長く細い指の淫らな踊りを欲している 「かわいい……でも、祭夜が大切にしてくれるんだろう?」  望まない相手との間を繋ぐ透明な糸がぶつんと切れた。しかし彼の抱擁なくして夏霞は立てない。舞夜もそれを承知だったらしかった。軽々と抱き上げられ、ベッドの上に移される。天井の照明を阻むように視界を覆われ、彼は逆光していた。表情が読めない。しかしそれ以前に夏霞は舞夜の顔を見られなかった。 「諦めないから。ずっと好きだったんだし……今更」  額に唇が落ちた。髪を撫でられる。 「いや…………」 「諦めないよ。祭夜と付き合ってても、祭夜と別れても」 「やめて…………」 「服、ちゃんと直さないと。祭夜に俺と何してたかバレたい?」  舞夜が出て行ってからそう時間も経たずに祭夜が戻ってきた。ドアを開けた拍子に猫2匹が気の違ったように足音逞しく中に入ってきて適当な場所で寝転んだ。彼はそれに驚いた後、アイスを2つ掲げて見せた。へらへらと軽快に笑う恋人へ猛烈に感情が興起した。 「祭夜ちゃん」  恋人に飛び付いた。離れられなくなる。この感情が何なのか彼女にも分からなかった。掃除用具に似た尻尾でリズムをとり呆れたような猫たちの目も気にならない。 「夏霞ちゃん。どしたの。大丈夫?」 「うん。ごめん」 「寂しかった?アイス食べよ」  どこかしらが祭夜に接していなければ落ち着かない。棒アイスを食いながら夏霞は祭夜に凭れ掛かっていた。 「ゴメンねぇ、1人にしちゃって。オレん()っていっても他人(ひと)の家だし、夏霞ちゃん来るの初めてだもんね。ゴメン」 「ううん。大丈夫。謝らないで。さっきの人は?」 「ちょっと出掛けるって」  たとえば舞夜が祭夜の見ず知らずの男だったなら、もしかしたら打ち明けていたかも知れない。しかし実際はいとこだという。話したらどうなるのだろう。彼等の関係に(ひび)を入れられない。あるいは肉親の結び付きのほうが強いのは仕方がない。また祭夜と離れることになる。それでいて舞夜のあの様子では付き纏われるのか。考えると涙が溢れた。 「夏霞ちゃん……?」 「ご、ごめんね。ちょっと情緒不安定みたい」 「あ、あのさ、あのさ……だからその、本当、ムリしなくて大丈夫だからね。まだ早……くはないけど、オレ、夏霞との関係、ゆっくり、ゆっくり育てていきたいし」  一瞬何の話か忘れていた。これから恋人の営みをするということだ。ここで退けば、また祭夜を"捨て"てしまいそうで……  彼女は祭夜から目を伏せた。 「大丈夫。しよ?わたし、祭夜と、したいよ」 「ほ、ホントに……良いの?オレ、がっつかないようにする。だ、からさ、いつでも止めていいからね。夏霞ちゃんのほうが負担大きいんだし、怖い思いさせたくないから…………」 「うん」  アイスを食べ終えて、少し沈黙があった。祭夜はこういうことにあまり慣れている様子ではない。それを喜んでいいのか照れていいのか分からない。夏霞のほうも慣れてはいなかった。先程、好きでもないほぼ初対面に等しい男から暴力的な快感を与えられたとはいえ、すでに燻りは消えている。それよりも、ただ祭夜を身近に感じたいのだ。恋人の営みであって家族に対する情や、親友に対する敬慕ではないけれど、祭夜と睦んで安心したいのだ。彼と裸で抱き合うことで、それを得られそうな気がする。 「し、しよっか」 「うん」  ベッドの上で向き合いながら座った。祭夜はおそるおそる夏霞にキスした。抱き締められる。 「夏霞ちゃんとえっちなことしたいって思ってたケド、いざ、するってなったら嬉しいのはホントだけど、緊張する。夏霞ちゃんのこと大好きだけど、なんかオレが、汚しちゃうみたいで……」 「わたしだって祭夜ちゃんのこと汚しちゃいそうだよ。待たせてごめんね」 「夏霞ちゃん、好き。ホント、好き。大好き」  決して乱暴で雑なことなく衣服を脱がされた。彼との営みは非常にゆっくり進む。不慣れな可愛らしい子犬同然の面構えが少しずつ凶暴さを秘めていく。それでいて指遣いも舌遣いも優しい。傷付けまいと必死だ。戦慄いている手がいじらしく、手を重ねずにはいられない。夏霞は早くひとつになりたいと思いながら、胸を吸う恋人が愛しくて堪らなかった。時々先端を甘噛みされて腰が揺れる。腰骨も緩やかに溶かされていくようだ。 「祭夜ちゃ………もう、そこばっか…………」  傷んでいる髪を梳く。硬くぱさついている。高校時代から傷みやすく色の抜けやすい毛だった。それが犬のようで撫でるのをやめられなかった。 「夏霞ちゃんの胸好き。夏霞ちゃんが好き。夏霞ちゃん」  甘えながらキスをする。 「下、触るよ。優しくする」  一区切りとばかりに目元にキスを落とし、宣言どおり彼は夏霞の下腹部に手を伸ばす。やがて彼の頭もそこに降りていった。 「祭夜ちゃん?」 「舐めたい」 「だめ……汚いから…………」 「汚くない。舐めたい………舐める」  夏霞の強い抵抗と拒否がないのを彼は合意と受け取ったらしかった。脚の間に挟まれていく。 「あっ」  敏感な部分生温かいものが触れた。 「手、繋いで」  脚のほうから伸びてくる手に指を絡めた。骨の感じ、皮膚の質感を指先で追い求める。胸の先端や今祭夜に愛撫されているところとは違う気持ち良さが生まれている。少し違う体温や肌の感触に浮かされる。祭夜は満足した様子で舌淫をはじめた。子犬のように思っていた恋人が狼になっている。静かに目を伏せる彼は不思議な感じがした。思えば高校時代から「残念なイケメン」「黙っていればかっこいい」「見ているだけなら綺麗な人」だと言われていた。そんな彼が今、しかつめらしい貌をして舌を伸ばしている。可愛らしかった顔が成長によって逞しくなり、また雰囲気によって精悍(せいかん)な空気を纏う。それが子供っぽく賑やかな恋人が好きな彼女としては祭夜ではないようで少し不安になった。器用に与えられていく柔らかな快感もそれに拍車をかける。 「祭夜ちゃん……」  喉の奥で呼ぶ。 「ん?夏霞ちゃん、呼んだ?」  優しい声が返ってくる。まさか聞こえているとは思わなかった。 「ちょっとだけ、怖い。祭夜ちゃん……だよね?」 「うん。今日はやめとく?」 「大丈夫……」  祭夜の一度上げられた顔がまた脚の間に戻っていった。 「頭、撫でてほしい」  要望に応え、繋いでいないほうの手を彼の髪に埋めた。舌の動きがさらにいやらしくなる。 「あ……っ、祭夜ちゃ、んン……っ、」  水音がする。キスの際に彼の舌技は身を以って知っているが、それが秘蕊であっても変わらない。夏霞を官能の波に攫う(すべ)を知っている。 「ん、ぁっ……祭夜ちゃ、祭夜ちゃん!」  指が彼の硬い髪を梳きながら繰る。毛先までなぞった。閉じようとする内腿に挟んでしまった恋人の肉体を感じ、それがまた夏霞の欲情を煽る。腰がしなり、腹が浮く。祭夜は口元を離さない。濡れた音をたて、舌は彼女の牝蕊を捏ねて、吸った。 「あっ!あっああ!」  痙攣に襲われる。閉じる脚に祭夜を感じるたび、また異なった甘い痺れが身体の中で渦を巻く。 「祭夜ちゃ………」 「可愛い。大好き。オレでイってくれたんだ」  笑う唇が照っている。その正体に恥ずかしくなって目を逸らした。 「わたしばっかり……気持ちいい」 「ホント?気持ちいい?よかった」  夏霞は戸惑いながら祭夜の脚の間に目を這わせた。彼はまだカーゴパンツを穿いている。そしてそこは盛り上がっていた。 「上手くできるか分からないけど、わたしも…………祭夜ちゃんの、舐める」 「すごく嬉しい。でもね、恥ずかしいんだケド、多分もうオレ、夏霞に触られたら出ちゃう。情けないけど……」  へらへらと笑う顔は普段の彼らしかった。夏霞も安堵する。器用で隙のない、眉目秀麗な彼は少し苦手だ。 「慣らすよ。寝て。オレのことは大丈夫だから。夏霞のほうがたくさん準備要るんだよ?」 「う、うん。祭夜ちゃん、よろしくね」  緊張した。どこからともなくローションが現れる。高校時代に破局して、今までの月日は若者にとってそう短くない。高校時代の恋を忘れられなくても他に相手はいたのかも知れない。夏霞は嫉妬や落胆を覚えるどころか、安堵した。孤独でなければそれでいい。独りで泣くような夜がなかったならば。反面、そういう状況を作った己に棘を刺す。  膣内に指が入り、ゆっくり広げられた。痛みはない。先程暴かれたばかりだった。しかしそこに相手を快感に突き落とすような企みはないものの、祭夜の指が出し入れされるたび、微かに鼻から声が抜けていく。 「考えごと?」 「祭夜ちゃんのこと、考えてた」 「どんな?」 「もう1人に、したくないなって」  祭夜はぷいと鼻先を背けた。それが負の感情からくる行動ではないことを知っている。 「ゴム付けるね」 「あるの?」  祭夜はベッドの端に腰を下ろし、その下を漁っている。夏霞も準備を怠っていたことに気付く。反射的に訊き返していた。祭夜はすぐさま焦った様子になる。 「え、えっとさ、いつかこうなるのかなって思ったから。あの、オ、オレはいつでも夏霞ちゃんと、し、したいけど、夏霞ちゃんの体調とかに合わせたいし、その、だから、じゅ、準備だけ前もってしとこうと思ったの。べ、べ、べ、別に、今日ずっと、夏霞ちゃんとえっちしたいと思ってた、ワケじゃない………」  抑揚はおかしく、(ども)りがちになって語末は段々と消え入っていく。 「ううん、祭夜ちゃん。わたしのこと考えてくれてて嬉しい。ありがとう」  全身を恋人に委ねたくなった。引き締まった背中に身体を押し当てる。抱き付いて頬を擦り寄せる。このまま彼の上半身の中に入っていってしまいたい。 「か、夏霞。それは、ヤバいよ。コーフンしちゃう」 「ダメなの?わたし祭夜のカノジョだよ」 「そうじゃなくて。オレ、夏霞のコトめっちゃ好きなの!そんなのされたら襲っちゃうよ。優しくさせて?」  それでも夏霞はやめられなかった。祭夜が好きだ。口にはしないが胸の奥で大きくなっていく。 「夏霞」  祭夜が振り返ったかと思うと視界が半転し、ベッドが軋んだ。挙動の割りに声は落ち着いている。 「祭夜ちゃん」  頬に添えられた掌へ自ら撫でられにいった。 「慣らしたのよりオレのは大きいから、痛かったら言ってね」  彼は笑って、夏霞の中に身を沈める。言われたように圧迫感があった。徐々に距離が近付く。夏霞は耐えた。苦しがり、痛がれば祭夜は止めてしまう。息が乱れる。悩ましげに眉根に皺を寄せ、薄い目蓋を閉ざす恋人の貌を撫でた。受け入れたい。ひとつになりたい。それと比べると圧迫感と痛みに耐えるのは容易だ。 「かすみ……」  譫言のように呼ばれた。それが自分を想って秘事に耽けっている姿を思わせ、彼女は密合したところを疼かせた。侵入を拒んでおきながら、中へ誘おうとする。祭夜は小さく喘いだ。そしてすでに繋がった部分に響く。弟と叔父と同居していながら彼等は徹底的に男の生理というものを隠した。夏霞も性の知識は教科書くらいでしか得ていない。ゴム越しとはいえ粘膜が擦れ合うと、男の下腹部は電流を発生させるのか。 「かすみ…………好き」  すべて挿入し終わらないうちに、彼はまだ半分ほどのところで抽送に移った。強く目を閉じ、腰を揺する。余裕のない表情を引き寄せた。些細な動きで内肉が削られる。その影響を受けるのは夏霞だけでなく、彼女に食い締められる祭夜もだった。 「祭夜ちゃん…………」  痛みと圧迫を彼に対する慕情が上回る。自ら腰を揺らす。ぎこちなく身を引いた恋人に抱き付いた。繋がりたい。奥深くまで。彼に侵略されたい。暴かれて、彼の痴態が見たい。 「かすみ、ダメ………っ!」  彼は制止しておきながら、腰を押し進めた。距離が埋まる。一瞬、頭の中が真っ白になる。夏霞は下半身を小さく震わせた。白波が過ぎ去ると今度は多幸感が訪れる。 「祭夜ちゃん」  祭夜は呼吸を乱れて潤んだ双眸を夏霞に注ぐ。先程までの狼のような恋人はいない。知らない男の子のようで、しかしそれが愛らしい。時折見せる彼の差異に惹かれていた。今でも。遮膜を隔て内部が恋人を望み、また彼女の指や唇も祭夜を求める。 「苦しく、ない?」  涙が眦に溢れていく。こくこくと頷いた。一度彼の首を抱き寄せた手で目元を拭う。言葉が出てこない。唇の裏で渋滞しているのだ。 「嬉しい」  やっと出せた一言では足らなかったが、また感情と言葉の渋滞によって付け足すこともできなかった。 「オレも、だよ」  彼の背中に腕を繋ぎ留める。もっと深くひとつになりたいと思ってしまう。 「祭夜ちゃん、好き。大好き」  恋人に好意を伝えると、くすぐったさに似た仄かな快感が芽吹いた。
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