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はじまりの夜

紅い月が嗤う世界。魔と聖なるモノたちが共存する国。 彼は銀の髪を風に遊ばせ 甘やかな光をたたえた紫の瞳で人間界の街、水涙市を見下ろしていた。 「祈璃………。」 こぼれ落ちた名は、彼の想い人のもの。 幼い頃に離れ離れになって以来、それきり会えない心から大切なひと。 (人の記憶は儚く塗り替えられるものだ。 だから彼女は、僕のことを忘れてすらいるかもしれない) それでも、僕は………。 騎士団の制服の上から懐を押さえる。 そこには白銀の細い鎖に通して首飾りにしていた、苺水晶の指輪があった。 渡せなかったその品は、いまは亡き母から託されたもの。 『いつかあなたに愛するひとが現れたら、この指輪を渡しなさい。 私達は人ではないから、人間と結ばれることは難しいかもしれない。 けれどフェルアン、その人を心から大切だと思えたなら、 周囲でさえも動かす力となるのよ』 母の言葉を思考に載せながら、指輪と同じ瞳をもつ彼女を想う。 澄んだ紅玉の瞳は、彼女の心と同調するように表情を変える。 何度それに見惚れ、そしてその奥に宿る意思に救われたかわからない。 桜色の髪は甘い匂いがして その身を抱きしめたり唇を寄せたりすると、白磁の肌にさっと赤みが上る。 くるくる変わる表情は、星が微笑むごとく優しさを見せたと思えば 女性特有のしたたかさをかすめて。 「………フェルアン殿」 咎めるように呟くのは、右腕であるフリート。 眼鏡の奥で、鋭利にひかる青玉が彼を見ていた。 「わかっているよ、いまに逢えるから………だろ」 悪戯に微笑む。 「どんな女に成長したんだろうな。………いまから楽しみだ」 ニヤリとたしかな意志を感じさせる笑み。 自信家な紅が、すっと細くなった。 「ハディク、これは重大な責務なのですよ」 フリートが告げると、『相変わらずくそ真面目だな』と嗤う。 そのまま厳しい視線を向け合いはじめたふたり。 「………喧嘩している場合じゃないだろ」 咎めると、ふたりは口を噤んだ。 (いま………会いにいくよ) その背に蝙蝠の翼が現れ、夜の街を飛び立った。
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