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第8話

 一度身体の奥深くまで合わせた同期は会うたび会うたび、唇を重ねるようになった。挨拶とともに触れていくだけならばよかったが人目のないところに連れ込んで濃い口付けをねだりはじめ、執拗に手を繋いで放す様子を見せない。始めは抵抗しても彼の舌に絡まれると思考が奪われ、くらくらとした感覚に身を任せてしまう。力が抜け崩れ落ち、細いと思っていたが最近になって案外逞しいのだと気付いてしまった腕に支えられる。濡れた唇が光っている。ぷつりと混じり合ったできた銀糸が撓(たわ)んで切れた。 「すみません。我慢が利かなくなってしまって…」  潤んだ焦茶色の瞳が至近距離で眇められる。 「貴女に会うと好きが止まらなくなるんです」 「なら会わないほうがい、」 「嫌です。全く違います。毎日でも会いたいんです。毎日、ずっと…だって俺たち、付き合ってるのに」  連れ込んで強姦紛いのことをしてしまったこと、ホテル代の支払いを全額任せてしまった負い目が白雪を下手(したで)に出させていたが、きっちりさせておかねばならないことがある。 「付き合ってない…ですよ」 「はい…?だって、セックスしました」  彼の口からも時間帯にも似合わない単語に白雪は顔を染めた。 「それはそれです…付き合っていることとは、別でしょう…?」 「付き合って、ないんですか」 「付き合ってない、ですよ」  焦茶色の双眸は白雪を捉えたまま固まった。 「本当に、付き合って…ない、んです、か…」 「あの日のことは謝ります。ちゃんとホテル代も返します」 「そういうことじゃないんです。そういうことじゃ…俺は貴女と居られるだけで、いいんですから。でも、じゃあ、他に好きな方が…?」  彼は目を見開いて現実から逃避するみたいに床を凝視していた。他人に話すことではないが、こうなった以上は話さないというわけにもいかなかった。 「いません。わたしは自分が初めてなのかどうか、知りたかっただけです」 「どういうことですか」  かなり傷付いているらしき表情がゆっくりと持ち上がった。 「そのままの意味です」  何か理想を形作られ、押し付けられているに過ぎない。この同期にそこまで恋慕されるほどのことをした覚えがまったくなかった。ただ彼ならば怖くなかった。嫌悪もなかった。後腐れもなさそうだった。役所勤めの中年男やオカルト研究会の会長よりもすんなりと関係を断ち切れるような。 「諦められません」 「ごめんなさい。貴方とは付き合えません」  肩を落とし項垂れる姿に背を向けた。だが腕を取られ、近くの壁に挟まれる。頬を包まれ、唇を塞がれ舌を奪われる。今までの器用で相手を慮りながらも脳髄まで響いてくる舌遣いではなく、余裕のない力任せで乱暴なキスだった。 「好きです。好き、好き、好き、好きです…」  縋り付くように白雪の腕を掴んで、何度も訴える。青褪めた顔は赤く、蕩けた双眸は同情を誘った。 「ごめんなさい。誰かに色々なもの割くより、家族といたいから」 「…まだ好きで、います。これからもずっと」  同期は壁から白雪を放した。乱れた服を直し、彼の前から立ち去る。会わないようにすれば会うこともない。講義も席次第でそう視界に入ることもなかった。乾いてしまった唇を舐める。 「随分とおアツいですね」  曲がり角を通り過ぎたところで背後から声がした。一瞬で鳥肌がたち、寒気がした。振り返ることも出来なかった。 「ヨかったですか?体温低そうですが、彼」 「先生には関係ないです」 「関係ありますよ。ここは大学ですよ。まぁそれはこちらにも分が悪いので無しにしますが、いくら人通りがすくないといっても、廊下です」  壁に凭れかり、長い脚が組み直された。 「不快にさせたならすみません」 「いいですよ、許します。身体で償うことです。とはいえ貴女ではありませんが」  組んだ腕を竦めて非常勤講師は挑発するように言った。白雪は眉を顰めて早くこの者から離れようとした。だが肩を掴まれ止められる。 「来なさい」 「嫌です!」  手を払い除けようとすると以前やられたように腕を捻り上げられ自由を奪われた。 「貴女は俺の言うことを聞いていればいいんですよ。拒否権なんてありませんし、聞き入れるつもりもありませんね」 「放してください!」 「姉さんの器を他の男で汚すなんてどういうつもりなんですか」  力技による拘束は解かれたが顎を掴まれ壁に背中をぶつけさせられ、唇に滑らかな質感のものが当てられた。ゆっくり縦に短くなぞられ、粘膜に沿って何度も当てられた。油っぽい感じがあった。リップクリームが当てられている。ふわりと人工的な苺の香りがした。 「姉さんの唇なんですよ?安物ですが大事にしてくださいね。保存しておけという意味ではなく、捨てたり失くしたりせずに塗れって意味です」  どこにでも売っているようなデザインのリップクリームを握らされる。 「あり…がとうございます」 「黙れ!」  突然怒鳴られ白雪は肩を跳ねさせた。 「お前のためじゃない…!お前のためだなんて虫唾(むしず)が走る!」  再び顎を掴まれる。頬に力加減のない指が食い込んだ。額がぶつかるほど近付く歪みながらも端正な作りの面構えからは激しい怒りが感じられた。頭の横の壁が殴られ、鈍い音に白雪は目を閉じた。ぶつけた後頭部が壁から離され、温かく抱きこまれた。 「ごめん、姉さん。怖かった?ごめん。怖がらせちゃったよね。そんなつもりじゃなかったんだ。ごめんね、反省する」  髪を揉みしだきながら彼は白雪を肩口に迎えた。 「ごめん、姉さん。許してね。許して、姉さん。許して。姉さんのためなら何でもするから。姉さん…許して…」  非常勤講師は廊下に両膝をついた。両手も肩幅より大きく開き、床に頭を擦り付ける。手には先程壁を殴った時にできたらしい傷があり、骨の隆起する部分が血が滲んでいた。 「許して、姉さん。許して、許して…」  何も返せず、じっと見下ろしていると彼は許しを乞いながら床に額を打ち付けはじめた。白雪も床に膝をつく。ハンドタオルで血の滲む手を包んで上から押さえた。 「姉さん…」  弟が失敗をして落ち込んだ時にするような顔をして男は白雪の服を我儘言うように摘んだ。クリームを塗られたばかりの唇が瀞んだ。 「ぅ、ん…」  白雪は後ろへ押され、非常勤講師は彼女を壁のほうへ唇で押す。下唇を弱く吸いながら甘く食み、舌が2人の間を繋ぐ。 「ふ……ぁ、」  態度の豹変した男は白雪の口腔を舐めた。懐いた猫のような動作に拒む手を躊躇する。端末が震え、白雪は目の前の体温を突き飛ばし、走り出してしまった。反発力のある柔らかなものにぶつかる。 「おおっと。奇遇」  耳に端末を当てているオカルト研究会の会長がそこに立っていた。白雪は垂れ目を見上げた。彼はいくらか目を大きくした。撫でるように温かな大きな手が頬を拭った。 「あんさん、また、なんかあったんかい」  会長は端末を下ろした。白雪の服の中の振動が止まる。 「会長さん…」 「ダチが飲み比べやるってんで大量に飲み物買い込んじまってよ。捨てるにもな…ってところで会長権限でオカ研員招集ってわけなんだが…」 「あずきさんはカレシさんと?」  そうなんだよ。会長はうんうんと頷いて白雪の肩を叩いた。 「でもそのツラじゃ行かせらんねェわ」  苦笑いを浮かべながら手の甲で頬を柔らかく差した。 「何…?」 「また目がやらしーことになってる」 「そんなはず…この前だって…」 「自分じゃ分からねェもんさ。しゃーない、次の講義は?部屋まで見送る」  ははっ、と彼はふざけて笑った。 「いいです」 「いや、1人にさせとけねェもん」 「何ですか、それ」  鬱陶しそうな傷んだ黒髪を掻いて彼は厚い唇から白い歯を見せた。 「オカ研会長の勘でさ」  な?と同意を求められるが頷かなかった。 「分かんでさ、あんさんのことは。なんでも分かりまさ。好きな物は、白玉ぜんざいとあんみつだろ。最近知ったけどパイナップル乗ってるピザ好きだろ」 「え、」 「当たりか。またお邪魔した時頼んどきまさ。弟くんの好きなシーフードピザと一緒にな」  少し離れた棟に彼は本当についてくるらしかった。 「会長さんは?」 「当ててみろいや。あんさんの目からみた俺ってやつを聞かしてもらいたいもんだ」  彼は陽気に太陽へ向かっていく。傷んだ毛先が跳ねている。洗い晒しの白いシャツに淡い色のジーンズのかなり簡素な服装だというのに華があった。 「ひとつ知ってるけど、バター醤油のポップコーンが好きでしょ!いつもあればっかり食べてる」  会長は垂れ目を瞠った。下から黒い目を覗き込むと、さっと逸らされる。 「ああ、正解。驚き」 「よかった。また来てくれた時買ってきます」 「い、いい!意識しちまって食いづらくなりまさ」  照れているらしき会長に白雪は笑った。普段は余裕綽綽として豪放磊落な会長が顔を隠している。 「ここで大丈夫です。ありがとうございました」  棟の前に着き、会長に手を振る。目元を押さえたまま視線が交わることはなかったが、薄い色をした掌が揺れた。処理しきれない怒涛の出来事がすべて詰まることなく喉奥へ流れていった。  1日の講義を終え友人たちと別れた。弟に帰る旨をメッセージで伝え、裏門に向かう。帰りに夕飯の買い出しを済ませるつもりで何を作るか考えていた。弟の好きな物はすぐに浮かぶが彼は美味しい美味しいと言って何でもよく食べた。回鍋肉か、ピーマンの肉詰めか、煮るハンバーグならばそこに目玉焼きを乗せるのもいい。出来るだけ手料理を食べさせたかったが疲れて帰って来る弟を待たせず、すぐに食べさせるために惣菜やインスタントの味噌汁やカレーに頼ることもしばしばあった。何をしても完璧だった叔父は料理ばかりはあまり得意ではなかったらしく、白雪の料理を食べては褒めていた。両親の顔は知らないが、叔父と弟がいれば寂しさなどなかった。周囲の同年代の者たちは恋人関係に人がいるようだったが白雪には要らなかった。弟のことを考えて買い出しに行き、弟のことを考えて調理する毎日は満たされていた。叔父が死んでも、叔父が居ないという一点を除けば白雪自身は満ち足りていた。だが弟は寂しげで。やはり恋人など要らなかった。  端末を握り弟の返信を待ちながら買い出しへ向かう。豚肉が安かったため生姜焼きにするつもりでサラダにする野菜と味噌汁に入れる豆腐となめこを買った。弟はなめこの味噌汁が好きだった。会長の好物を言い当てた時のあの楽しさが蘇ってくる。弟は根が素直なこともあり、特に分かりやすかった。同期を傷付けたことも、ハンドタオルをひとつ失ったことも忘れて自宅へ帰る。鍵は空いていた。弟からの返信はない。施錠せずに出ていったのかも知れない。暗い玄関が不気味だった。弟の靴はある。帰っている。だが何か不穏な空気感が伝わって、白雪は中に入れずにいた。何かが普段と違う。彼女は弟の名を呼んだ。そして彼の駆け寄る足音も姉ちゃん、姉ちゃんと呼ぶ声がないことに気付く。寝ているのかも知れない。起こすつもりもなく、リビングへ買った物を運んで夕食を作る。まだ米も研いでいなかった。やがて完成が見え、火を止めてから弟を起こしに行った。部屋は暗く、ベッドの上からは寝息が聞こえる。電気を点けて中へ入った。背後から伸びるものが口元を押さえ、そして脚を払われる。弟が寝ている姿が急降下し、白雪は床に尻や膝を強かにぶつけた。布の繊維が唇や頬に当たっている。空き巣だ。弟を起こさねばならなかった。口の中にガーゼのような質感の布を詰められ、緊張した腕を縛られる。声も出なかった。殺される。白雪は唸った。弟に危険を知らさねばならない。弟が殺されてしまう。起きて、起きてと願いながら口腔の布に阻害された悲鳴を上げ続けた。両手を縛り終えた手が服を裾から捲り上げ、白雪はブラジャーを外気に晒した。飾り気もなく無地の淡いブルーの下着が乱暴にずり下げられ、弟の部屋で胸部を出されてしまう。身を捩って暴れ、呻き声で抗議する。両手が大きくもないがかといって小さくもなく、しかし白雪の体格と比較するといくらか大きさのある両胸が後ろから回る手に掴まれ、円を描くように揉んだ。手の感じからいうと男だった。掌に凝っていく胸の頂が当たってしまう。力任せではない加減された指が暴行とは違う意図を持って柔らかな脂肪を解す。掌が腋の下のほうに退き、長い指が粘膜の粒を内部に押すように捏ねた。ぞわぞわとした悪寒とも違う波が二点から広がり、一筋になって腹のほうへ沈んでいく。 「ぅんん…」  指は淡い色の粘膜から押し戻される実を摘んだ。 「ン……ん、ぁ…」  腰が揺れた。指の動きは緩急をつけて白雪の固く張り詰めた小蕾を責め嬲る。弱すぎる痛みが熱に変わり、痺れとなって留まってしまう。曖昧な感覚が 統一されてくると背後の手は胸全体を揉みしだいて残酷な休息を与えた。胸部を突き出し逃げようとする反面、下半身は手の持主に何かをねだるように揺らめいてしまう。指で肉粒を弾かれ、慰めるようにくるくると捏ねられる。触られているのは上半身だというのに重くなっていく下半身に戸惑った。抵抗もできなくなると口から布が出ていく。口腔は布が去ってもさらさらと潤っていた。また胸全体を揉まれ、指が粘膜へ突起を陥没させる。極めて小さな芯が中で主張する。 「や、ぁあ…」  腰が動く。背後にいる者の膝が白雪の腿に当たった。首筋に生温かい湿り気が這い、彼女は仰け反る。 「まるで陰核が3つあるみたいですね」  凝り固まった胸の熱を指の腹で擦りながら引っ張られ、鼓動に合わせて弱く締められる。何かに授乳しているような未体験の心地に陥り、白雪は混乱した。下腹部の奥が収斂する。会長の指に掻き回された箇所で、同期に深く抉られた箇所が燻っている。
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