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第7話

 身体中の組織がどろどろに融解するほどデート相手は白雪を愛撫し、口付けた。腹の奥に落ち着かない灯火が点き、訳の分からないまま硬い背中に縋り付く。口に含まれ転がされた胸の頂が弱く疼いた。 「白雪さん…」  投げ出した手を取られ、デート相手の火照った頬に添わされる。重くなった睫毛を何度かゆっくり瞬かせる。 「挿れます。痛かったら言ってください」  ぺりぺりと音がした。調味料の小袋を切る時の音に似ていた。数秒して、腰に手が当たった。ぬるついた感触を持って、硬い芯が秘孔を慎重に割り開く。腹奥の燻りが何か決定的なものを求めている。小さくそこが蠢き、熱塊を甘噛みする。卑猥な音が鳴ったが止めようにも止まらなかった。 「白雪さん…」  切羽詰まった声で呼ばれる。反応する前に、細い指が出入りした蜜孔に大きな熱が迫った。染みるような痛みはほんの一瞬で過ぎ去る。 「ぅんん…っ!」 「好きです、」  唇を塞がれ、悲鳴が呑まれていく。壺奥にまで芯が届くと、白雪の腰は引き攣った。強く相手の器官を絞ってしまう。 「ぅ…ッ、白雪さ…っ」 「あぁっ、あっ!」  焦らされた隘路は艶を帯びた声と皮膚を行き来する体温、そして希求を持って前後する熱軸によって早々と悦楽の極みを迎えてしまう。会長の指によって導かれた感覚に似ていたが、それよりも大きく上回った浮遊感に、目の前の男へしがみついた。 「貴女とひとつになれて、嬉しいです…」  苦しげに言って彼は腰を止める。行き場のない手を結ばれる。また官能の小波が彼女に押し寄せた。冷たかったはずの指先は汗ばみ、すでに大した温度差がなかった。 「群青く、…ん…」 「幸せです」  中を拓いては引いていく動きが再開する。 「あ…ん、っお腹っ…変…んっ」 「気持ち悪いですか?」  徐に首を振る。 「気持ち良い?」 「っ、分かんな……ぁっあっ、」  律動が速くなる。内壁は奥へ奥へと彼を求めた。 「…っ、これは…気持ちいいって……っ、反応です。よかった…」  息を詰めながら喋る姿には隙があり、加虐的な欲望を覚える。鼻先が重なり、白雪から口付ける。 「っう…ん……ッ、」  相手の掠れた呻き声が聞こえ、挿入が深くなる。合わさった肌は戦慄していた。膣奥が脈動している。どちらの器官の反射なのか分からなかった。多幸感に苛まれながら四肢を投げ出す。暑苦しくもなく冷めてもいない馴染んでしまった体温が重なった。 「白雪さん…好きです……」  嗄れた告白が白雪を現実に引き戻す。眠気な目元に唇が触れた。自身の一部になったとさえ思った他者の一部が抜けていく。ぱつん、と音がして中身を持ったゴムが捨てられた。 「もう少し一緒にいたいです。疲れちゃいましたか?帰るなら、送ります」  白雪はぼうっと真横に倒れ込んだ同期の顔を眺めていた。彼はくすぐったそうに微笑む。薄い手が頬を撫で、輪郭を確かめていく。 「寝ましょう。俺は貴女と居られるだけで嬉しいんですから」  同期の青年は白雪の乱れた髪を直しながら満足げに彼女の腰に腕を回す。だが白雪は腕の中で寝返りをうち、交接した相手に背を向けた。 「帰ります…弟が待っていますから」  しかし下肢はまだ自由が利かなかった。もぞもぞとシーツを蹴り、ダウンケットを抱いた。背後から伸ばされた腕にダウンケットごと包まれた。 「お腹、痛くないですか。切れたところは?」 「…大丈夫」  首筋を啄まれ、その仕草は関係の境界を踏み越えている感じがあった。 「幸せです……夢みたいだ」  彼は浮かれた様子で肉感を愉しみ、白雪の肌へ執拗に接吻した。  少し眠ってその間中、冷たい指に髪を梳かれたり、首や肩を齧られたり舐められたりした。跳ね除けきれない情が重苦しい。彼は喋れなくなるまで睡眠妨害とそう変わりなく好きだ好きだを繰り返した。支払い時になると同期は素早く財布を出した。黒ずんだ安物らしきプラスチックのキャッシュトレイに紙幣と小銭が置かれていく。白雪はその手慣れた感じと特殊な雰囲気の手付きに金を出すのも忘れて財布のファスナーを摘んだまま固まった。氷水を頭からかぶったような寒気がする。 「ここは俺が出します。恋人なんですから」  胸元から下しか見えない店員の不気味な精算の声も聞いていなかった。唖然とする彼女の手を引いて彼は外へ出た。 「あの、ホテル代…」 「気にしないでください。俺ばっかり気持ち良くて…無理をさせてしまいましたから。白雪さんと傍に居るだけで価値のある時間なんです」  ホテルに入る前までと決定的に何かが違った。会計時に彼が何気なく放った一言を訂正しなかったことに色濃い後悔が襲う。しかしここでその話を切り出すことは触れてはいけない事柄を明確にしてしまいそうで口に出せなかった。腕を絡め、手を繋ぎ直される。 「貴女の隣に居られるのが俺だなんて嬉しくて、他の人々に自慢せずにはいられません」  焦茶色の瞳が眇められ、彼は蒼白な顔面を綻ばせる。白雪は息を呑んだ。まるでベッドへ押し倒した時に繊細げなこの青年を壊してしまったような疑いさえ浮かぶ。 「白雪さん?顔色が優れないようです。どこかで休みますか」  白雪は首を振った。顔色が悪いのは相手も同じだった。入り組んだホテル街から歓楽街をすいすいと彼は案内していく。白雪が引っ張ってきたよりも近道で、繁華街だというの空いていた。 「帰宅したら電話をください。無事に帰れたのか知りたいので」  時折同期のメッセージの使い方から弟への接し方を考え直すことがある。面倒な類の性格だとは薄々思っていたが、肉体的な一線はさらにこの純情らしき青年を勘違いさせ面倒臭さに拍車を掛けたようだ。 「近いから、心配しないで…」 「駄目です…まだ貴女が足らないんです。無理強いはしません」 「…分かりました」  礼は果たした。メッセージでも入れておけばいい。人混みに紛れ、溜息を吐く。端末を確認すると、弟からオカルト研究会の長とばったり出会(でくわ)して家で映画を観るらしかった。帰り道の途中で適当な菓子を買って自宅を目指す。  玄関で弟と会長が待っていた。会長と目が合うと豪放に笑っていた笑みが消え、わずかな驚きを示した。 「おかえり、姉ちゃん」 「ただいま。お菓子買ってきたからね」  弟へ菓子やジュースの入った袋を渡すと彼ははしゃいでリビングへ駆けていった。会長は引き攣った笑みを浮かべたままだった。 「会長さん…?」 「顔洗ってきたほうがいいぞ~」 「え?」  白雪は自身の顔に触れる。いつでも余裕ばかりな会長は困惑しながらもへらへらと笑っている。 「目がやらしいことになってんでさ」  自分の垂れた目元を指で突ついた。白雪はびっくりして洗面所に飛び込んだ。会長は洗面所を覗きながら「うーん」と意味ありげに揶揄うような唸り声を上げた。 「姉ちゃ~ん?どしたぁ?」  リビングから弟がやって来る。 「なんでもない。今行くから」 「俺と遊ぼうや」  洗面所を塞いでいた会長が弟を連れていく。白雪は鏡に映る自身と相対する。だが会長が指摘するような「やらしい」ことにはなっている感じはしなかった。弟に買ってもらったオレンジ寄りの淡いピンクの口紅が消えかけている程度だった。激しい口付けを思い出してしまい、冷たい水で顔を洗った。耳に残る声で何度も名を呼び、淑やかに喋る薄い唇は柔らかかった。顔だけでなく身体すべてを洗いたかった。飽きるまで顔を洗い、弟たちのいるリビングに向かう。爛漫に笑って、姉へ飲み物を差し出した。礼を言って受け取る。脇で会長が妙にそわそわして白雪を見ていたが、目を合わせるとただににやけるだけだった。会長はレンタルビデオ屋で借りたらしいホラー映画を弟と観はじめて、白雪も家事の片手間に見ていた。テーブルの上の端末の震えを弟に指摘され、洗濯物を入れた籠を下ろす。着信は先程別れたばかりの同期からだった。リビングを出て、離れたリビングで止まったが、その脇の脱衣所に入った。洗面台の鏡が怖くなって背を向けた。洗濯機を見下ろしながら電話に出る。 「何!」  意図せず叱るような口調になっていた。 『ああ、よかった』  安堵の溜息が端末のスピーカーをくぐもらせる。 『メッセージにも返事がないから、何かあったのかと思って…お忙しかったなら謝ります。無事、自宅には帰られたんですか』 「子供じゃないんだし…」  同期は堂々としていた。遠慮する様子もない。 『何かあってからでは遅いでしょう?俺は貴女の傍にずっと居られるわけではありませんから…後悔したくないんです。勿論、貴女が、俺がずっと傍に居ることを許してくださるのなら、』 「忙しいから切ります。今日は本当にごめんなさい…ごめんなさい。いきなり……その、勘違いさせるようなことをして…」  口にすることを躊躇い、抽象的なことを言ったのがまずかった。 『いいえ。白雪さんが謝る必要なんてありません。勘違いだなんてとんでもないことです。俺、幸せです。あ、お忙しいんでしたね。では、この辺りで失礼します。また今度』  白雪は聞き終わった途端通話を切った。重い、というのが彼女の中で真っ先に現れた所感だった。彼の好意に甘え、強姦紛いの行動を起こしてしまった結果だ。受け入れるしかない。リビングに戻ると弟はクッションを抱いて隠れながらも熱心に映画を観ていたが、会長はポップコーンを口に運びながら戻ってきた白雪を気遣わしげに目で追った。洗濯物を干し終え、空になった洗濯カゴを脱衣所へ戻しに行くと会長もついてくる。広くはない空間がいきなり詰まった感じがあった。 「大丈夫かい?」  弟とはまた違う大らかで豪胆な爛漫さを持っていた会長は真剣な面差しで白雪を見下ろした。見透かすような垂れ目を凝視してしまう。 「うん…」 「合意…だったんだよな?」 「な…にが?何の、話…?」  白雪はきょろきょろと周囲を見回した。会長を見ていられない。 「そういう目で帰ってくるし、かと思ったら、なんか落ち込んでるみてぇだしよ」 「ご、ごめんなさい。何の話をしてるんだか…さっぱり…」  おそるおそる会長の脇を通り抜けようとした。厚い手に腕を掴まれ、視界が暗くなる。しっかりした腹や胸の筋肉に押し返される。 「これでも俺だってあんさんのこと好きなんだぜ?」 「あ……ありがと。わたしも会長さんのこと好き。いつもお世話になってるし」 「あ~」  会長は彼女の背に回した腕を退けた。暑苦しげな髪を掻いて、不服そうに唸る。どたどたと足音が近付き弟もやって来る。 「大事な話?映画観ないんすか?」  会長を押し退け、弟の前に出る。少し寂しげな顔を見てしまうと先程まで喋っていた男のことなど忘れかけてしまう。 「戻ろう」  弟を待たせるなとばかりに白雪は頭を抱えている会長の腕を引いた。 「ひとりで観るの怖いんすよ~」  弟はけらけら笑って再びクッションを抱いた。 「じゃあ一緒に観ようね。今家事も一段落したところだから」  会長は苦笑いしながらポップコーンを作業の如く口に入れ、仲良く並んで画面に集中する姉弟を眺めた。  翌日の昼頃に役所勤めの男がやってきた。弟を呼びかけたが、彼は玄関に座って白雪の様子を看にきただけだと言った。上がる気はないらしく、玄関で前日に買って開けなかった炭酸飲料とスナック菓子を出した。 「上がってしまうと居心地が良くてついつい長居してしまいますからね」  彼はスナック菓子を摘みながら言った。 「どうです、調子は」  声の調子を落として彼は訊ねた。これがこのある意味で保護者のような存在の来訪の理由であるらしかった。白髪混じりの髪と同じく黒い瞳が白雪から逸らされた。 「…解決しました」  簡潔に返答した。玄関扉や靴箱の上の置物を見ていた役所勤めの男のあまり長くない睫毛が上下する。数秒の間が空き、彼は「そうですか」と小さく言った。何を意味するのか分かっているのか、ただ詳細を訊けずにいるだけなのかは分からなかった。 「でもそれならよかったです。いやぁ、びっくりしましたからねえ…よかった、よかった。解決したのならよかったです。今日伺った甲斐があるってものですよ!」  役所勤めの男は情けない笑みを浮かべた。乾いた指がスナック菓子を口に放り、ばりぼりと音がした。自室から弟が駆けつけるようにやってきた。 「菖蒲さん!」 「おやおや銀灰さん。お邪魔していますよ。今日はすぐ帰らないとなので、玄関から失礼しますよ」  役所勤めの男は弟に手を振った。喜びに満ちた目がわずかに淀む。 「そうなんすね…また泊まりに来てよ!」 「ええ、また機会があればお邪魔したいところですよ。今度は焼肉でもしましょうか。特製ダレを調べておかないと」  沈んだ弟の表情にまた明かりが灯る。白雪もほっとした。 「週末ならいつでも空いていますから。平日でも…わたしの帰りが遅くなってしまうかも知れませんけれど」 「白雪さんと銀灰さんのご予定に合わせますよ」  彼は弟に好きな肉を訊ね、弟は牛が食べたいと言った。 「ああ、じゃあ一緒に買いに行きましょうか。そうなると週末になりますが。好きな物買ったらいいですよ」  弟が喜び、役所勤めの男もへらへらと笑っている。バイトの確認をしてくると言って弟は自室にすっ飛んでいった。 「いやぁ、銀灰さんは素直でいいですねえ。うちの息子なんか食べに行ったほうが早いし美味いって言うんですよ。家にいるくらいなら勉強してたいんですって。パパンが誘う前に自分で食べに行っちゃいますからねえ」  隙があれば彼は息子の話をして、白雪もそれが嫌いではなかった。 「とはいえあまり食べないんですよ。肉は好きじゃない、甘い物は苦手なんですって。一体誰に似たんだか。この前駅前に新しくできたとかいうエッグタルトか何かを買ってきてましたけどね。反抗(イヤイヤ)期か…それとも―」  デートの下見ですかねえ。苦笑しながら男は言った。
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