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第2話

 アパートに着き、早くトイレか風呂場で体内に含まされたりものを取り除きたかったが、弟や研究会の会長が出迎えた。 「おかえり、姉ちゃん!傘忘れちゃったんすか?今タオル持ってくるっすよ」  弟の銀灰(ぎんかい)は慌ただしく風呂場へ掛けて行った。 「姉チャン、大胆だな」  揶揄するような声音に雨水に濡れた身体が一気に冷えた。オカルト研究会の会長は背が高く肩幅もあり、落ちる陰だけで威圧感のある人懐こげな垂れ目と硬く暑苦しい豊かな髪が特徴的な男だった。白雪は三和土(たたき)の模様をただ見下ろしていた。彼は普段から何か見透かしたような物言いをする。 「取ってやろうか?」 「姉ちゃん!」  オカルト研究会の会長の言葉が弟と重なった。無邪気な腕が白雪の身体にタオルを掛ける。血の繋がらない弟の布越しの掌に内部から炙られている彼女の身体は外側からも反応してしまう。しかしその悪寒に似た興奮はまだ弱く、白雪の理性とぶつかり、激しい嫌悪を催した。 「弟くん、ちょっと話あるから先に戻っててくんね」 「え?分かったっす。ちゃんと拭くんすよ!」  銀灰はそう言ってリビングへ消えた。2人きりになると白雪も会長も互いに黙っていた。下腹部の中で暴れる無機物とモーター音に目の前がちかちかした。身体は冷えるくせ、静寂に微かな機械の唸りが主張していることだけは分かり、妙に暑くなる。馴染まない外と中の温度に不調は増すばかりだった。 「来いよ。弟が来ちまう」  (かまち)から大きく厚い手が差し伸べられた。白雪はどうしていいか分からず立ち尽くす。 「姉チャン」 「で、も…」 「詳しくは聞かねェって」  彼の口調がすでに訳有りであることを理解しているふうだった。こういったところが霊的で、寺生まれだという噂を生み、強めていく。外見は軟派で軽率な遊び人といった雰囲気を持っているくせ、実際関わってみるとやはり軟派な部分もあったが世話好きで情に厚いところがあった。 「会長さん…」 「…1人で帰ってきたんかい?」  白雪の紅潮し、潤んだ目を見て会長は垂れ目を見開いた。白雪は頷いて、厚い掌に応えた。異物を深く迎えてしまい、腰の力が抜ける。 「悪り、触るぞ」  そう断って、崩れ落ちそうになる白雪の腰に腕を回し、逞しい腕に支えられる。自宅の玄関なら風呂場までが遠く感じられた。 「か、いちょ…さん…」 「ああ」  譫言のように会長を呼んでいた。縋り付いて放せない。モーター音が会長との間を遠くしている気がした。風呂場の扉を閉め、脱衣所で向かい合う。 「脱げるかい…?」 「会長さ…」  早く取りたいが狭い空間で、目の前には会長がいる。ジーンズのホックとファスナーを寛げるところまでは抑えていられたが、それ以上先は躊躇われた。 「外出てっから…」 「でも、分か…んない…んっぁ、」  口を開いた途端、我慢していた奇異な声が漏れ出た。白雪は口を押さえた。 「分かんねェって…どういう…」 「パンツの下に入ってて…っぁ、中、奥にっ、や、ぁっ、」  膝がまた力を失う。会長に前から抱き竦めるように支えられる。しっかりした腕や胸の筋肉が反発し、白雪を押し返す。 「…すごいこと、言うな」 「奥…入ってたら、取るの…んっ、ぁ、怖…い、」 「廊下に居っから、とりあえず下着脱げ。そしたら、出てくるかも知れねェって」  出て行こうとする会長を掴む。不可解な感覚が怖かった。身の内から裏返っていくようなじんわりした痺れに呑まれそうだった。 「待って、待、て…」 「いや、でもよ…」 「怖…変にな…っ、ぁう…っ」  腰が勝手に動いてしまう。手が震え、上手くジーンズを下ろせなかった。電流が通ったようにがくがくと揺れる。 「暑い…っ、会長さ…暑い…」  会長は自身の顔を大きな掌で覆った。 「ジーンズだけ、下ろしてやっから…下着は、自分で…な?」  白雪は頷いた。それは内部から発される電流による反射のようにも思えた。会長の手がゆっくりジーンズを下げた。繊維に下肢を撫でられているような感じがあった。至近距離でショーツを見られていることにももう気が回らなかった。 「ぁ…ぁあっ、」  ショーツに手を掛けるが、太く大きな指に止められる。 「まだ、待て」  何か熱に似たものが迫り上がってくる。無機物の固さと大きさを収めた部分が測った。またさらに痺れの伴った熱が迫り上がる。 「かいちょ、さ…助け…かいちょさ…ぁっ…ん、」  モーター音が強まる。定期的にくるこの大きな波は白雪を黙らせた。唇を噛んで震えることしかできない。早く取り出したかった。 「脱がすぞ、いいのかい?」  ろくに意味も理解せず何度も頷いた。会長は嫌がることなどしない。それだけは不思議な感覚の中でも埋まらずにいた。淡いブルーの下着が落ちる。白雪は晒された秘所を男性物の大きなホワイトシャツの裾を引っ張って隠した。 「奥に…入っ、やぁあ、あ、っ、」  下腹部の奥に手を伸ばしたが会長に阻まれた。代わりに会長の手が伸びていく。体内の異物が微かに軋んで、ほんの少し向きが変わった。 「抜くぞ」  痙攣したように頷いた。拓かれた肉路から異物が抜かれた。 「やぁあっあ、」  半端な痺れは取り除かれず、まだ腹の中に留まっている。 「大丈夫かい?」 「なん、か…まだ……変なの、お腹の奥…じくじく、する…」  会長の大きな手が摘んでいる濡れた無機物を目にして白雪は顔真っ赤にした。 「それは…え~っとだな。カレシとか、いねェんかい?好きなヤツとか」 「な…んで?」 「俺が手ェ出すワケにはいかねェんでさ」  白雪はとろんとした目で会長を見上げた。 「そんなの…いない…」  会長は困惑気味に白雪に触れた。 「じゃ、これは…まぁ、肩凝りのマッサージみたいなもんだと思うことでさ」 「う、ん…?」  下腹部の燻りに下半身を揺らしながら会長の言うことも訳が分からないまま頷く。 「好きな芸能人のことでも考えてろぃや」  洗面台に異物を放って会長は白雪に身体を押し付けながら内腿の狭間に腕を潜めた。彼の表情は見えなくなる。 「ぁっ!」  閉じられたばかりの秘裂の奥に指が入ってきた。燻りに届く。 「ぁ…会長さ、会長さぁ…ん、」  眼前にぼやける逞しい腕にしがみついた。ぬぷぬぷと音がした。体温のある会長のしっかりした指を食い締める。無機物よりも質量はないくせ、質感と凹凸、動きを内部が吸い付いて捉えた。 「あっあっ…やッん、ん…」  むず痒い箇所を擽られる。 「なんか、変、かいちょさ…あっあっ、」 「そろそろか」  低い声が普段の磊落な会長と同じもののくせ、少し違って聞こえた。今掴んでいるのは知り合いだというのに突き放されているような孤独感と、それに比例した訳の分からない高揚感に挟まれる。 「んやっあ、あん…っ」  腿まで落ちたジーンズが振動した。異物は取り除かれたはずだ。数秒で治まったその震えは端末のものだった。大雑把そうな外見に反して気の回る会長の大きな手が、ポケットから落ちる前に端末を抜き取った。 「イきな」  何か彼の口から聞いてはいけない言葉のような気がして、白雪の意識は顔の見えない会長一色に染まった。 「群青くんからだ」 ――付き合ってください 「群青く、っんやっあんッ!あ、あぁ…!」  白雪は身を痙攣らせた。内面に別の生き物を飼い、それが暴走したみたいに下腹部がうねり、不調とは異なった痺れに呑まれる。息が荒くなって、媚肉は会長の指を咀嚼する。叔父も弟も、時たまやってくる役所勤めも、一瞬脳裏を過ぎって激しい感覚を(もたら)した同期も、男性の指は細くしなやかで骨張り固いものだと思っていたが内部で感じる会長の指はどれも違っていた。 「…っぁ、かい、ちょ…」 「すっきりしたかい」 「う…ん。会長さん、ありがとう…」  汗ばんでまだ熱は冷めなかったがぼんやりしながら会長に礼を言う。腹の裏にあった形の無さそうな(しこ)りに似たものが消えている。 「悪ィけど、トイレ借りるわ」 「うん…リビングで、待ってる」  冷静になった頭が会長に下半身を見せ、触らせたことを恥じ入らせた。リビングに行けば弟が無邪気な顔して待っていた。ピザの箱が3つ積まれている。 「あの人は?」 「トイレに行ったよ」  弟は屈託のない笑みを強張らせ、空咳のような笑い声を攣らせた。 「女の人も来てたけど、夜デートだからって帰ったんすよ」 「そう。すぐに帰れなくてごめんね」 「ううん。姉ちゃんの大学生活、楽しそうでよかったっす」  印象的な八重歯を見せて彼は笑った。それを見るだけで今日あった陰鬱な出来事が薄れていく。少し待っていると会長がリビングに姿を現した。弟は見たことのない固い笑みを彼に向ける。 「そういや洗面所、スマホ忘れてたぜ。触っちゃ悪ィと思って持ってきてねェけどよ」  白雪は弟の前でその話をされたことにびっくりしていそいそと洗面所に向かった。洗面台に放られた異物がそのままで白雪は小型不燃物の袋に投げ入れ、端末を拾った。同期から休日の予定を訊ねるメッセージが届いていた。予定が空いていたら映画鑑賞がしたいという内容だった。断っても深く追及してくることもないため適当な用事を告げてやんわりと断った。告白されたのはつい先月のことで、それからまた関係も態度も変わることなく週末に彼はメッセージを送ってくる。予定など何もないがかといって気儘に遊びへ出掛ける金はないため、誘われれば誘われるだけ断るのだった。親戚の仕送りと家事を担う代わりに弟が部活にも所属せず遅くまでアルバイトをして家計は成り立っている。それでも同期はメッセージを送り続け、白雪は彼の気持ちが冷めるのを待っていた。 「大丈夫だったっすか?」  弟が訊ねた。白雪は端末を適当に置いた。あとは同期からそれなりの無難な返事が来て終わるのだ。様式化したやり取りだった。 「姉ちゃん離れの時期かね?」  会長は弟の隣に腰を下ろし、その背中をばしばしと叩いた。 「へ?何?えっ?」  弟は大きな目をさらに大きくして前のめりになった。 「ちょっと、会長さん」 「なんてな~」  厚い唇が笑みを浮かべ、ピザの箱を開けていく。 「冷めちまってるけどそれなりに美味いだろ、多分」 ◇  足音を立てないように静かにリビングに繋がった台所で水を飲んだ。一度眠りに就いたはいいが、縛り上げた叔父に跨る夢で汗だくになりながら目覚めた。同期の起きてるか否かを問うメッセージの振動で不気味な起き方をした。雑談を求めているような感じがあったが、もうすぐ寝るのだと遠回しに彼を拒絶した。 「姉ちゃん」  不意に背後から声を掛けられ、白雪はグラスを落とした。シンクに強化ガラスが転がり、アルミが大きく照った。 「大丈夫っすか。怪我は?」  寝間着の弟がすぐ近くにやってきた。 「ごめんなさい。びっくりしちゃって…大丈夫よ」  人懐こい目が白雪を見つめる。 「姉ちゃん…カレシいんの…?」 「どうしたの、急に。居ないよ」 「いや…別に、なんでもないっす。じゃ、じゃあ、今日来てた人は?」  使ったグラスを簡単に洗う。弟は何か必死な感じがあった。 「あれ、聞いてない?オカルト研究会の会長さん。あと1人でも欠けると廃部なんだって。だから幽霊部員として入ってるだけだから、別に活動なんてないし…」 「そっか!じゃあいいんす。仲良さそうだからてっきり…なぁんて!」  夜だというのに弟は陽気に笑う。 「まさか。ないない。女の子にすっごく人気なんだから」  グラスの水を切って、水切りかごに乗せる。振り向きざまにシンクに伸びた弟の腕に閉じ込められた。可愛がられることしか知らない子犬然とした目とぶつかる。 「姉ちゃん…」 「もう眠いんじゃない?」  近付く弟の鼻先が止まった。その目付きは猫に似ているが纏う空気は陽だまりで遊ぶ子犬そのものだった。少し色素が薄く、毛髪検査に何度も引っ掛かってしまういくらか薄い色の髪を撫でた。 「う、うん。そろそろ寝るっすね!おやすみ、姉ちゃん」  弟は身を引いて部屋に戻っていく。白雪もベッドへ戻る。端末が点滅している。[おやすみなさい]とメッセージが届いていた。何かふと気が向いて、[おやすみなさい]と返す気になった。 ――付き合ってください  呼び止められて、振り返る間もなく息を切らした彼は言った。講義では前列で熱心にノートを取り、伸びた背筋も素朴な服装も勤勉で真面目な印象を与えた。静かな雰囲気で服装も焦茶の髪色も地味だったが、慎み深い感じのある美しい顔立ちが人目を惹いた。接点はいくつか出ている講義が同じという程度で、そして白雪が好んで座る位置は彼の斜め後ろで自分を知っているどころか好いているということに強い衝撃を受けた。静かに響く声が耳に張り付いて、じわりと胸に熱く広がると鼓動を速める。 ――好きです。ずっと見てました。  白雪も場数を踏んではいないが、彼は色恋に慣れていない感じがした。焦茶の瞳を思い出し、甘苦い心地になって胸元の寝間着を柔く握りながらダウンケットに潜る。 ――俺と付き合ってください  照れを振り払って交際を申し込む声をまだはっきり覚えている。録音していたみたいに繰り返される。会長に下腹部の中を解された時に肉体を包んだ燃えるような感覚の上澄のような微熱が冷えた爪先までも巻き込んだ。 ――初めてみたときから、気になっていたんです。だから、話せて嬉しいです…  毒に聞こえる。まだ聴覚にこびりつき、耳を通さず蝕んでいく。貧血のように蒼褪めた顔に少し荒れた形跡のある肌や傷んで色が抜けた毛先が光りながら跳ねていた。何と言って彼を突っ撥ねたのか、そう遠い日のことでもないがもう覚えていない。声は思い出せても姿も顔も詳しくは思い描けず、名を聞いた途端に襲った苛烈な酩酊感に恐ろしくなりながら白雪は再び眠りに落ちていった。
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