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De belles fleurs rien que pour moi
「あぁ……はあ……ぅ」
「襲われても構わないって言ったのは、誰だっけなぁ?」
カボチャの蔓で身動きを封じられ、魔法使いに執拗に胸をいじられているカミラの耳底に響く、声。
それはまるで、前世の自分を追体験しているかのようだった。
カボチャの馬車のなかで時空が捻じ曲がってしまったかのような、そんな錯覚に陥りながら、カミラは甘い吐息を零し、喘ぐ。
「……魔法、使い? ……も、もう」
真っ白な裸体はほんのり赤みを増し、深緑の蔓に囚われた乙女はオパールのような瞳を潤ませている。小ぶりな乳房を何度も摘まれて、乳輪のまわりが淡い桜色に、左右の乳首も艶やかな真紅へと染め上げられている。まるで胸元に花が咲いたかのよう。
「やめるか?」
「だ、だっておっぱいばっかり……きゃんっ」
「おっぱいおおきくしたいんだろ?」
「ぁ、だからって、そんな風に舐めちゃ……」
繊細な指先でひとしきり乳房と乳首を楽しんだ魔法使いは、もっと感じさせようと顔を近づけ、彼女の真っ赤な乳首にちゅるりと吸い付く。れろれろと舐めまわしながら喋る彼を前に、カミラの頬が紅潮していく。
「まずは胸だけでイってごらん。君には淫乱の素質があるからね」
「淫乱なんかじゃ……ひゃ、ぁんっ……!」
魔法使いの唾液がまぶされた乳首はてらてらと光っていて、いちだんといやらしさを増している。
自分の胸が、ちいさくて惨めな胸がこんなにも淫らに感じて、色っぽく染まるなんて――……
「ちいさいおっぱいは、ちいさいなりに良いところがあるんだ。感度が良いとか」
「あぁあんっ!」
「快感でぷっくり乳首がおおきくなるところとか」
「ん……そんなに舐めない……でっ」
「ほら、コリコリに勃ちあがってる。まるでポップアップアートみたいだろ……?」
「ポップアップ……飛び出す、絵本?」
その言葉に、カミラがびくりと反応する。
前世の自分が熱を上げていた仕掛け絵本のことを、彼女は忘れていなかった。
カボチャの馬車に閉じ込められて、王子様に見初められるため魔法使いの口車に乗って、胸をおおきくするためだと覚悟して、その身を彼に委ねていたのに。
カミラは目の前にいる魔法使いこそ、前世の自分――海老原美花が恋い焦がれていた美大の教授、門田蔵人であると気づいてしまった。
「教授――うそ、教授なの!?」
「気づくの遅ぇんだよ。De belles fleurs rien que pour moi……」
フランス語で『俺だけの美しい花』と囁いた魔法使い――クロード・ダモンは、ほくそ笑みながらカミラの乳房に両手を添え、恭しい態度で心臓にキスを贈る。
その瞬間――ぶわぁっと前世の記憶が洪水のように雪崩込む。
カミラは。美花は。ちいさな胸の乙女は。
羞恥と後悔に塗れながら、宝石のような瞳からぼろぼろと、大粒の涙を零す――……
「……う、ぅわぁ――ぁああああんっ!!」
* * *
前世の存在など煩わしいものだとばかり思っていた。
ましてや忌まわしい記憶を忘却することもできないまま転生し、魔法使いといういままでにない職種に就いたクロードにとって、シンデレラの世界は鬼門ですらあった。
それでも、かつて自分が愛した仕掛け絵本の世界同様、この異世界でも魔法使いとして不幸なヒロインたちを幸せにすることが自分の仕事なのだと悟った彼は、前世の記憶に蓋をして生きていた――自分の教え子が、よりによってシンデレラに転生していたと知るまでは。
美大の教授とその教え子の、恋と呼ぶには拙すぎるほんのひとときの慰めあい。
ちいさな胸がコンプレックスだった彼女を悦ばせようと、彼は徹底的に胸を愛撫した。
仕掛け絵本の並ぶ研究室の片隅で興じる男女の戯れは、身体を重ねるものではなかった。襲われても構わないと言い切った彼女だったが、研究室で処女を捧げられても困るからと、彼は彼女が卒業するまでお預けを決めた。それまでは、俺がたくさん君を気持ちよくしてあげるから、と年上の余裕を見せて、言いくるめて。
美しい花、と呼べば恥ずかしそうに顔を朱色に染め、素直に身体を差し出す彼女に、彼は夢中になった。
彼女も彼の手によって、その名のとおり美しく淫らに花ひらいていく。
言葉足らずな教授の愛撫に、教え子は慣らされて、胸だけで達せるように開発させられた。
卒業するまで自分の傍にいられるのならば、その処女を奪ってやると、強引な約束を結ばせて。
けれどもふたりは、思いもよらない形ではなればなれになってしまった。
――海老原美花の死によって。
* * *
絶叫にも似た号泣をはじめたカミラの身体を抱きしめて、クロードは小声で呪文を唱える。
さきほどまでカミラを拘束していたカボチャの蔓がしゅるりと解け、彼女の両腕が自分の肩にまわされる。
「蔵人教授っ、あぁ、わたしは、彼方に、ひどい、ひどいことをした……!」
「……俺のこと、思い出したんだな」
「うん、思い、出した……約束、していた、のに……勝手に、逝って、ゴメン、ナサ……っく」
「忘れていた方が、幸せだったかもしれないぞ」
「そんな、こと、ない……教授がいたから、わたし……」
カボチャの蔓よりもきつく、まるで絞め殺さんばかりに互いに腕をまわして抱きしめあって。
うわぁあんと泣き叫ぶかつての教え子の涙を己の唇で吸い取りながら、クロードはやさしく告げる。
「俺の方こそ、ズルいことをしていた……無垢な君を自分色にしながら最後までさせなくて……最低な男だろ」
「教授は、悪くないっ……ただ、わたしがさみしかった……弱かっ」
彼女の謝罪など聞きたくないと、クロードはキスでその口を塞ぐ。
唇に蓋をされて、カミラは観念したように瞳をとじる――……
* * *
好きとか、愛してるなんて言葉は一度も使われていなかった。
身体を弄ばれているだけだとも思った。
それでも自分は彼の傍にいたいと思ってしまった。知らない官能的な快感を彼に教えられて女になっていく感覚が誇らしかった。最後まではけしてしてくれなかったけど、卒業まで一緒にいられたらって約束に縋ることにした。
周りから見たらきっと歪な関係だっただろうけれど美花は幸せだった。
……幸せだと、思いたかった。
大学から部屋に戻ってひとりになると、孤独に襲われた。
彼は自分なんかいなくても変わらないのに……自分ばかりが彼に依存していく錯覚に陥った。
お酒を飲んでいるあいだは幸せな気分がつづくから、ひとりで部屋にいる夜はお酒に逃げていた。
製作に夢中になっているあいだは彼のことを考えなくて済むからと、眠らなくなった。
身体は悲鳴をあげているのに、心はそんなことないと無視していた。
具合が悪いんじゃないかと門田に心配されて、そういえばよく眠れていないなと思い出し、心療内科で眠剤を処方してもらった。眠らない、という現象を眠れない、にすり替えてしまったのは、きっと彼に呆れられたくなかったから。
ダンボール製作で等身大のカボチャの馬車を必死になって作成して、完成した夜。
いちばんに見てもらいたいひとが傍にいないことに絶望して、苦しくなって。
早く眠って明日になればいいと、酔っ払ったあたまで処方された眠剤をぜんぶ飲、んで……?
――朝が、永遠に訪れなかった。
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