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王子様は爆乳がお好き?
「この馬車は、舞踏会には行かない――だって、この国の王子様にふさわしいお姫様は君じゃないから」
オレンジ色の外壁と真黄色の内壁、ソファーは濃い緑色のカボチャカラー。目がチカチカするような馬車のなかはひとがふたり入っていても空間が余っていて、ほんとうにカボチャのなかなのだろうかと疑問に思うほど。
けれどもカボチャの馬車に拉致られ困惑していたシンデレラは、魔法でおおきくなったカボチャの馬車の内部をしげしげと観察するよりも魔法使いの言葉に打ちのめされている。
「王子様にふさわしくない?」
告げられた辛辣な言葉は、シンデレラの存在そのものを否定しかねない。
――だって、シンデレラは魔法使いに助けられて王子様とハッピーエンドなんじゃないの?
口の中がカラカラになる。乾いた唇を噛みしめながら、シンデレラは魔法使いに確認する。
「わたしじゃ、シンデレラになれない?」
「逆に訊くぞ。そもそも君の名前は“灰かぶり”ではなかったはずだ。継母と義姉たちの執拗な嫌がらせによって呼ばれるようになったその名に固執しているのはなぜだ? まるではじめからシンデレラであったかのように振る舞って、予測していたかのように俺を迎えて王子の元へ連れて行くための魔法をかけてもらえると愚かにも信じていたようだが」
「……だ、だってそれがわたしの知っていたシンデレラの世界だから」
「ふぅん。前世の記憶ね……完全には消えてなかったってことか」
「何か?」
「いや、なんでもない……ただ、君はシンデレラなんかじゃない。ただのハヴィエ伯爵家の娘、カミラだ」
カミラ・ハヴィエ。
久方ぶりに呼ばれたほんとうの名前に、シンデレラ――カミラは息を呑む。
「カミラお嬢様。箱入り娘のままいままで生きてきた君がいまの状態で王国の舞踏会へ出ても、相手にされることはないだろう」
「で、でも魔法使いの協力があれば」
「俺にできるのは、君に素敵なドレスを選び、カボチャの馬車で王城へ連れて行くだけ。残念だがその貧相な身体で王子の心を射止めることは不可能だ」
「な」
「この国では、胸の豊かな女性が重宝されているからな。カミラお嬢様の貧乳じゃあ門前払いされちまう」
ひんにゅう。
たしか、貧しい乳という意味があったはずだ。
カミラの胸はたしかに寂しいし、それがコンプレックスでもあったのだが、魔法使いに面と向かって「貧乳」と言い切られて、愕然とする。
「そ、そんな……うそでしょ?」
「嘘なんかつかねーって。王子様は爆乳がお好きなの。ハヴィエ伯爵が後妻に迎えた君の継母やその娘たちみたいに水牛のようなたわんたわんな乳の方が、この世界ではモテるの。魔法で物理的に胸を大きくすることは無理だから、君の夢はここでジ・エンド。ご苦労さまでした」
「ご苦労さまでした、って勝手に終わらせないでよそれならどうしてカボチャの馬車にわたしを連れ込んだんですかまったくもって説明不足だと思うんですけど」
「――だって君、王子様に見初められたいんだろう?」
カボチャの馬車は王城とは反対の方向へカッポカッポと走りつづけている。
どこに向かっているのか魔法使いに問いかけても顔を隠した彼はそっぽを向いている。
それでいて、カミラには胸がちいさいから王子様と結ばれることは叶わないなんて言いながら、矛盾したようなことをきいてくる。
「……そりゃあ、そうだけど」
爆乳がすきな王子様に貧乳のわたしが見初められる可能性はゼロなんでしょう?
不貞腐れた表情のカミラを見て、真っ黒な魔法使いはフン、と鼻を鳴らす。
「……既に承知の通りだろうが、俺が君を乗せたこのカボチャの馬車には魔法がかけられている。君がどうしても王子様との幸せな結婚を夢見るのなら、カミラ嬢のお望みどおり、王子様を魅了させる魔法を授けてやってもかまわない」
「そんなチートがあるの!?」
「ちーと? なんだそれは……異世界から転生してきた人間からすれば魔法の存在自体信じがたいものらしいが……ってそれはいい。この方法はかなり特殊なものだ。諦めて屋敷に戻ってもとの生活を送る方がマシかもしれない」
継母と義理の姉たちに小間使い扱いされイジメられつづける生活の方がマシ?
だけどその方法で王子様との良縁を手にすることができれば、最終的には問題ないのではなかろうか。
あたまのなかで咄嗟に判断して、カミラは魔法使いに言い返す。
「構わないわ! あんな暮らしに戻るくらいなら、その特殊な魔法で王子様を捕まえる……!」
「捕まえる、か――威勢のいいお嬢様だ。後悔するなよ?」
ポン!
と何かが弾ける音とともに、カボチャの馬車の内部が膨張をはじめる。走りつづけているはずのカボチャの馬車は、魔法使いの魔法で変化を遂げる。
座っていたモスグリーンのソファは勢いよく背もたれの部分を倒し、カミラの体勢を仰向けにさせる。ふかふかのシートの感触はそのまま、ベッドと化したソファに転がる形になった彼女の身体はなぜか魔法使いによって動きを封じられている。魔法ではなく、彼の身体に押し倒される形という、不可解かつ物理的な質量によって。
「ちょっと待って! なんで」
「王子様を魅了させる魔法をつかいたいのなら、まずは君の性的魅力を引き出す必要があるだろう?」
――特に、このちいさな胸を。
そう囁いて、お仕着せの布ごとカミラの乳房を捕らえた魔法使いは、おおきさを確かめるようにゆるやかに弧を描き出す。布越しに感じる彼の手の動きにゾクゾクしながらも、驚き戦くカミラは彼の思いがけない行為を止めようと両足をバタバタさせながら抵抗の声をあげる。
「そ、そんなのだめっ」
「恥ずかしがらないで。そんなにジタバタしていると魔法で君の動きを拘束しちゃうよ?」
「こ、拘束?」
「そ。こんな風に、両手と両足を……」
「きゃっ!」
楽しそうに魔法をかけた男によって、馬車の床からにょきっと芽が生え、緑色の蔦のようなものが伸びてくる。ベッドまで這ってきた蔦はカミラのバタ足を封じるように巻き付いて、足枷になった。足に気を取られていた彼女を嘲笑うように両手も魔法使いの手によってあたまのうえでひとつに束ねられ、あとから生えてきた緑色の蔦――いや、これはカボチャの蔓だ――に縛られてしまう。
「ちょ、外しなさいよっ」
「外さない。俺がどんな思いで君を探したか、わかっていないだろう?」
「……え?」
黒いフードが外れて、魔法使いの素顔が露になる。
しろい、雪のように白い髪と、漆黒の瞳――……?
馬車の床にしっかり根を張っているカボチャの蔓に手足の動きを封じられ、魔法使いに胸をさわられている異常な状況。それなのに、魔法使いの漆黒の瞳と目があった途端、抵抗する気力を奪われてしまった。泣きたいのはこっちの方なのに、どうして魔法使いが瞳を潤ませていまにも泣きそうな顔をしているのだろう。
「言っただろう? 後悔するなよ、って……これから誰よりも魅力的な姫君に調教するんだから。今度こそこの俺の手で……はなひらけ、美しい花」
――思い出せ、と優しく囁かれた瞬間。
魔法によって一糸纏わぬ姿にされる。
羞恥と憤怒と困惑と……いままで堪えていた感情が一気に放出してしまったカミラは、声にならない悲鳴をあげながら、現実逃避をするかのように、意識を遠くへ飛ばしていた――……
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