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第12話

[おはようございます] [体調は大丈夫ですか] [お邪魔していいですか] [夜にお邪魔します]  霞は開いたメッセージを辿っていく。 [お加減はいかがですか。無理をしないようお願いします。本日の業務連絡は特にありません]  部長のメッセージに返信をする。それから仲の良い後輩や先輩も別部署だというのにどこかか聞き付けたらしく労りのメッセージが来ていたため返信した。  寝室の襖が開いて夫がやって来る。カップの中で匙を掻き回している。 「どう…具合は…?」 「もうほとんど治ってるから大丈夫だよ」 「ダメだヨ…葛湯…飲んでネ…?またぶり返したら…どうするの…?」  夫はとろみのある液体を木製の匙で掬ってふぅふぅと息を吐きかけた。 「ありがとう。いただくね」  耳に髪を掛け、運ばれてくる葛湯を飲んだ。甘みと熱が口に広がる。 「昨日の夜……変な人来たの…気を付けてネ…?」  夫の腕の中で霞はびくりと震えた。 「変な…人…?」 「怖いから…追い返したヨ」  木製の丸い匙が運ばれる。また髪を耳に掛け、頷いてから匙を口に入れた。 「ボクの…かわいい…お嫁さん…ボクだけの…お嫁さん…」  歌うように夫は言った。シーツに尻尾を叩きつけ、どこか落ち着かないかんじがあった。ぱた、ぱた、とリズムが刻まれている。静寂によく目立った。持主だというのに夫は耳や尻尾に感情が出てしまうことに気付かないらしかった。 「どうしたの」 「何も…ないヨ…?」 「言って?」  優しく訊ねると夫は困った顔をして唇を尖らせる。 「…まだ…足らなくて…ちょっとだけ…隣の部屋…借りたい…」 「足らないって…何が?」  夫の頬が赤く染まる。 「風邪うつっちゃった?」  霞は頬や額に手の甲で触れた。夫は睫毛を伏せ、ゆるゆると首を振り。う~ん、と小さく唸る。 「…おちんちん……まだ…おっきくて…小さく…したいから……見ないで…ほしいの…」  葛湯でも病熱でもない火が灯った。寝間着の中が暑くなる。 「っ、あなた、そ、そうなの…?え…っと…」 「見らっ…れるの…恥ずかしい…から……お嫁さんのコト…呼んじゃっても…こ、来ないで…ネ…!」  カップを渡され、焦てふためきながらリビングに行ことする夫を呼び止める。前屈みになって部屋着を押し上げている。 「あなた…わたしがする…」 「えっ…」 「いやじゃ、なかったら…わたしがする…あなた、いつも、その…する時、わたしのことばっかりで…」  狼狽えながら夫は目を白黒させる。 「お、お嫁さん…でも…また体調…崩しちゃう…かもじゃん」 「大丈夫…ちゃんと治すから。わたしのこと、使って」  尻尾が短くリズムを刻む。耳がぴくぴくと動いた。生唾を飲む音が聞こえた。 「つらかったら…言ってネ…?」 「うん」  夫の手が霞の寝間着に掛かる。胸元だけ2つほどボタンを開けた。ブラジャーをしていない下着が覗けた。 「おっぱいで…してほしい…いいかな…?」 「…うん」  下着を捲り、胸を出す。両側から寄せた。夫も猛った雄芯を露出する。霞は顔を真っ赤にして目を逸らした。 「好きにして、いいよ…」 「ご、めん…っすごく…興奮…する…」  熱が寄せた膨らみの間に入っていく。 「柔らか…い…お嫁さ…っ、柔らかい…っ」  夫は息を弾ませる。感じる表情を見上げた。もっと気持ち良くしたい、もっと感じてほしい。霞は自ら胸を動かした。 「お嫁さッ、ぁ…お嫁さんっ!…お嫁さんっ!」  切羽詰まった声で呼ばれる。霞は唇を甘く噛んで夫の昂りを慰める。 「あなた…」 「お嫁さん…おっぱい…あっ、気持ち、イイ…っお嫁さ…っ、」  下を向いて陰ったハニーブラウンを見上げる。摩擦によってさらなる熱さが生まれた。 「気持ちいい?」 「気持ち、い…ぁッ…お嫁さッぁ」 「わたしも気持ちいい」  胸から蜜を流す根が離れた。夫は自身で扱き始める。霞は彼の手を剥がし、太い幹を手筒に通す。 「して…くれるの…?」 「うん」  手首を捻りながら扱いていく。見つめ合うと大きくなった。 「お嫁さ…お嫁さんの手…ッすぐイっちゃ…ぁ、」 「うん…出して」  夫の眉が八の字になって、彼は固く目を閉じた。引き結んでいた唇が開く。 「ぁっ、イく…イ、く…」  白濁が飛び散った。霞の顔と手にかかる。出したままの胸にも滴る。止めた手の中で脈動の鎮まった茎が緩慢に前後する。 「お嫁さん…気持ち…良かった…今…蒸しタオル…持ってくるから…ちょっと…待っててネ…」  ぼんやりと夫を見上げ、口付けをねだっていた。 [お加減はいかがですか。社内でも病欠者が増えています。お大事にしてください。本日の業務連絡は特にありません] [おはようございます] [体調はどうですか] [早く元気な霞さんに会いたいです]  1日分のメッセージを確認し、部長のメッセージに適当な返信をして端末を枕に置いた。咳が出たが昨日ほどではなかった。台所で夫が立てる生活音を聞きながらまた眠りに入っていた。だがメッセージの音に妨害される。 [電話をお掛けしてもいいですか]  同僚から来ている。他にも朝昼晩と3時間4時間置きにメッセージが来ていた。開封したことは良くも悪くもツールの機能として伝わってしまうため、今届いたものは待受画面に表示されたバナーだけ読んだ。返信すれば怒涛のメッセージを受け取りそうで、返信するか否かを考えあぐねる。 [電話します]  またメッセージを受け取り、通知のテキストを読み終わって数秒も経たずに端末は振動を始めた。電話だ。足音が近付いてきている。同僚の名前が画面一面に表示されている。枕の下に端末を隠す。 「お嫁さん…ご飯だヨぉぅ」  襖が開いて夫がその間から上体を割り入れた。 「うん、ありがとう。今行くよ」 「待ってるネ…!」  枕の下はまだ振動している。夫は爛漫に笑って襖の隙間を開けたまま台所に消えていく。霞は着信を拒否して端末の電源を落とした。夫が台所で待っている。毎日ほとんど自炊で外食など滅多に出来ないが、想い人と食べられるのなら何より豪華で美味しかった。台所では行儀良く夫が座って待っている。テーブルには汁気の飛んだ肉じゃがと、揚げ直したらしき惣菜の鶏空揚げ、煮豆サラダに剥かれたグレープフルーツがあった。霞の席には米の代わりに梅おろしのうどんがあった。 「ごはんも…あるからネ」  席に着くと夫は笑った。いただきます!と夫は両手を合わせて言った。 「いただきます」  あとどれくらい夫はここに居られるのだろう。彼の放浪癖を止めるつもりはなかった。自由に流離(さすら)う姿が好きで、話を聞くのも好きだった。喜びと共に仄暗い感情に囚われてしまう。思えば淡藤にもそれを見透かされていた。 ◇ [お忙しかったですか] [電話してしまってすみません] [おやすみなさい。お大事に] [実家に帰ることにしました]  電源を入れた途端に届いたメッセージは昨晩の日時が刻まれていた。 [お世話になりました]  たった2つのメッセージを霞は何度も読み返した。空風が吹き抜けていくような感慨が残る。 [こちらこそお世話になりました]  短い返信は素っ気なくもあったが他に適切な言葉が見つからなかった。他に何か伝えたい言葉もなかった。だが喉に詰まったテキストにできない、してしまうことを恐れているメッセージは風邪の初期症状の如く咽喉に纏わりついている。画面を見つめていた。2行のテキストからはそのままの意味しか読み取れなかった。襖の奥から足音がする。 「お嫁さん…お熱…計ろうね…」  夫がやってきて体温計を渡した。腋に挿して少しするとピピッと甲高い音がした。メッセージを受け取ったのかと思い、霞は枕元の端末に一瞥くれた。 「熱…もう…ないネ…行けそう…?」 「うん。ありがとう」 「ご飯…出来てるからネ…」  夫は台所に消えた。霞は端末を確認する。 [健康に気を付けてください]  メッセージを付け足してから霞も台所に向かった。夫の作ったツナの混ざった玉子焼きとインスタントのネギ味噌汁。梅干しの添えられた白米。大好きな人との会話。朝のニュース番組。夫はゴミを出しに部屋から消え、数日前の無言を貫く朝に戻る。メッセージの開封記録も返信もない。夫への裏切りの日々が終わる。あとは償うだけ。償いにもならない。埋まることのない咎という毀れ。消えることはない。互いの中で暗黙的に覆い隠すしかない。内部から腫れ上がって、いつか夫の中で膿んでしまうまで。 [お元気で]  メッセージに気付いたのはエントランス前でだった。カバンの中が振動し、結局は体調を気遣う迷惑なメッセージだったが他にも数十分前にメッセージが入っていた。完結を迎える別れの締め括りはもう本当に返信の必要がなかった。立ち止まってしまう。人の少ない時間帯だが通路の真ん中で突っ立っていたのとに気付いてエレベーターまで歩いた。人の少ないいつもと変わらない朝。仕分けられない安堵と緊張。浮遊感は屋上まで続く。恐ろしい男に会いたくない。清々しい朝と軽くなった身体。ケミカルな白い花壇と青々とした芝生にウッドデッキのような足場。柵の向こうの人影。櫛がよく通った髪が心地良い風に靡く。気怠げなホワイトシャツの後姿は遠く地平線を望んでいる。ヒールの音がウッドデッキに似せたケミカル素材を叩く。 「何してるの!」  霞は叫んでいた。常に梳いているような前髪と形の良い額が振り向く。切長の目が眇められる。風邪治ったのですね。彼は呟いた。 「一仕事終えて、一服です」  冷淡で無愛想な顔立ちに似合わない晴れやかな笑顔がそこにあった。 「一仕事って、何です」 「貴方を騙す仕事です」 「騙されてません」 「なら、私の身勝手な延命治療です」  彼の腕を取る一歩が踏み出せない。 「そんなところに立って怖くないの」 「怖いです」 「じゃあこっち来なさいよ」 「素敵な提案ですが、大丈夫です」  近付く霞を白いシャツから出た掌で制した。 「なんで」 「もう悲しくないので」 「じゃあなんなの」 「幸せです」  似合わない顔で華やかに笑った。彼は身を翻しかけた。 「何が“お元気で”なの。幸せなら貴方も元気に過ごしなさいったら」 「明日は妻と過ごします。貴方と旦那さんみたいに」  視界からホワイトシャツが消えた。虚空に両腕を投げ出して寝転んでいく様が幻影としてまだそこにある。ヒールが喧しくウッドデッキの紛い物を蹴る。だが進めなかった。腕を引かれている。生々しい音がしたがどこかの車のクラクションなのか、近くの喫煙所で何か落とした音なのか分からなかった。  許してください。  微風に乗って幻聴が聞こえる。 「貴方から許されたい」  目の前には晴れた空と地平線が続く。病み上がりに嫌な幻覚を見てしまった。熱は下がったはずだ。咳も出ない。喉は痛い。耳鳴りがする。目が熱い。 「まだ苦しいです。もう呪わないでください」  空に消えた自分の亡骸を拾おうとしたが、煙草の匂いに包まれた。
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