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第11話

 振り上げた腕を後ろから掴まれる。下に敷いた男は鼻血を照りつかせながらいやらしく笑った。 「オレはもう、君の奴隷だよ。精神は君のために動いてる」  顔中を血だらけにして麗かな男はせせら嗤う。 「放してください」  背後に立つ青年は放さなかった。 「君はオレも彼もどいつもこいつも狂わせる。伝播して、伝播して。ひとつ君にだけ先に伝えておくけどさ、会社、経営傾くから。多分、この先」  役員の手が馬乗りになった霞の腰や腿を撫で摩る。 「どっちでもいいけどね、オレは。繁盛しようが、潰れようが。美味しいご飯、高い服、綺麗な女、煌びやかなレセプション…手に入れたら飽きるのも早い。当然にあったものだからね。無くしてからがオレの人生の始まりかもしれないな、たとえ余命が半月でもさ」  役員は高らかに笑った。 「でも君はそうじゃなかった。手に入れたものにしがみついて、人生の終わりとすら考えたんだろ?淡藤くん?」  霞は腕を引くが、背後の淡藤は放さなかった。 「変わらない日々でよかったんです」 「離婚させてやればよかった!修復不可能さ、相手は別れたがってたんだから」 「ひとつだけ聞いてもいいですか」  淡藤の声は落ち着いていた。 「やめてよ。くだらないことでしょ。オレから手を出したんじゃないし、彼女とも何もなかった。オレじゃなくて部署長。オレとのことは周りが勝手に勘違いして騒いだだけ」 「そうですか。ご返答ありがとうございます。それが聞けてよかったです」  霞の手を放し、淡藤は改めて帰っていく。役員は首を(もた)げて退室者を見送った。 「君の旦那さんはどうするんだろうね。君の不貞を突っつくかな?別れたがるかな?それとも世間体を気にして現状維持?子供居るのと居ないのとでも大きく変わってくるか」  鼻血に染まった役員はドアのほうを見たまま表情を失っていた。 「好きな人と一緒になって幸せ、じゃあないんだよ、結婚なんて。あれは修行だよ。愛は試練だからね。人生に縛りを設けた宗教家だな、君たちは」  ダイヤモンドのような瞳が霞に流れる。 「でも、ちょっと残念だな。唆せば、ころっと他の女も愛しちゃうのは。君もだよ。下手に情なんか寄せて。オレの女王様は?」  役員は自身の人中を指で拭い、霞の唇をなぞった。 「女王様には赤がお似合いだ?」  何か諦めたような呆れたような投げやりな言い方だった。霞の腰を撫でていた手が止まり、死んだように転がった。彼の嘆息は不吉な感じがあった。 「誤算だったよ、大誤算。絶対に彼は君より仕事を取ると思ってた」  霞の下で、ははっ!と威圧的に笑って上体を起こしかけたが、背を打ってまた倒れ、表情を失う。 「くだらないな。人生でやることが恋愛しかないやつらは!詩的な生き方が苦行になった途端、また詩的な生き方に走る!君等みたいなのは詩的にしか生きられない。でもその内容はどうだ?子孫を残したいって欲求だよ。ケダモノに過ぎない奢った奴等が結婚なんてしち面倒臭い制度を設けて人間になりたかったんだな?乗るよ。オレは君の奴隷だ。でも飼主は違う。仕方ないね、会社の人柱なんだから。人柱は人柱と傷を舐め合うよ。膿んで腐って壊死していくのさ。女王様は王様とよろしくやっていてよね」  絶笑が耳鳴りを起こすほど室内に響いた。 「おめでとうございます」 「黙りなよ!オレは結婚がめでたいと思う人の気が知れない!人が墓の穴に落ちていく様が、そんな楽しくて愉快で仕方ないんだな?」  役員は首元の指輪をボールチェーンからぎ取り、霞へと放った。  秘書の手配によって自宅アパートまで送られる。彼はじっと霞を見たまま姿が見えなくなるまで案山子然として立ち尽くしていた。気味悪く思いながら霞はそれを見て、やはり遠目からでも視線が合致してしまった感じがあった。鍵の掛かっていない玄関扉を開ける。夫はいるようだったが姿がなかった。 「ごめんなさい、あなた。昨日は帰れなくて」  バッテリーの切れた端末を充電アダプターに繋いで寝室の襖を開いた。 「あなた?」  襖に掛けた左手に掌が重なった。指輪に指輪がぶつけられる。額にも掌が当てられた。 「まだ…熱っぽいネ…?」 「あなた…昨日はごめんなさい。帰れなくなってしまって」  どこに泊まったのか。訊かれたら何と答えよう。一瞬で冷えた。 「気にして…ないヨ…ちゃんと…治そうネ…」  首に夫の鼻先が埋められる。力が抜けた。真後ろのリビングにあるテーブルが何度も振動する。しかしその短い断続的な震えは電話ではなかった。バッテリーを失っている間に届いたメッセージらしい。 「すごいネ…みんな…心配して…くれてたんだネ…」  夫は霞をそのまま寝室に押し込み服を脱がせていく。 「あなた…自分でできるから、」 「いいの…ボクが…したいの…昨日…触るなかった分…ボクも…充電…して…?」  両膝をついて見上げる夫はこてんと首を倒した。大きな耳が伏せって浮遊する。胸が肋骨を飛び抜けるように甘く痛んだ。胸元に小さなフリルの付いたブラウスが開けられていく。抱き付かれるようにして背に腕が回り、スカートのファスナーが下ろされた。 「こんな下着…持ってたっけ…?お友達から…借りたの…?いいシュミ…してるんだネ…?」  黒のストッキングの下には、殆どが薔薇を彷彿させる深紅のレースで素肌を透かし、腿に掛かるサイドも細い黒のリボンで編み上げられている繊細なパンティがあった。これしかないのだと秘書に渡されたランジェリーは最低限しか下着としての機能を持っていなかった。 「あなた…そんな、見ないで…」 「見ちゃうヨ…」  薄いストッキングが脱がされていく。夫は露わになる素肌を撫でた。 「本物みたいな…お花の匂いがする…ホントに…シュミのいい…お友達が…いるんだネ…?」  腿を嗅ぎながら頬や髪を擦り付ける。毛並みの良い耳が愛撫されていると錯覚するほど柔らかく、霞は丸めた指を唇に当て、悪寒に似た興奮をやり過ごす。人工的なくせ高価なだけあり鮮烈なほどに現実的な薔薇が薫った。 「ぁ…っ、あな、た…」 「ここからも…お花の匂い…するネ?薔薇…?」  芸術品にも思えるレースのパンティが捲られる。夫の鼻先が近付いた。霞は前のめりになって膝を震わせた。しっかりした手に支えられてベッドに座らされる。まだ脱げていないブラウスに潜り夫は霞の股座に顔を伏せた。 「あ、なた…」  秘裂を舌が辿る。鋭い快感が走り抜けるが、何も言わずに事に及ぼうとする夫が怖い。 「ぁっ…」  尖らせた舌先が密やかに佇む深実に届いた。先端と先端が軽く触れ合い擽られ、掬い舐められた。 「あ、なた…待って、あなた…、あっ、」  制する手が髪を撫でようとしたが、駄々っ子な耳に叩かれる。柔らかいばかりで痛みはない。安いグリーンフローラルが漂う。有名メーカーの肌に優しいだけが売り文句な全国で売られているありがちな2人だけの匂い。 「ボク…薔薇って嫌いだな…」  夫は顔を上げ、唇を舐めた。 「女の人の…陰部(ココ)のコト…薔薇の花に…喩(たと)えるんだって…」  吐息が弱い箇所に当たる。内股を想い人の髪が焦らす。 「んっ…、んぁ、」  潤みを掬われ、奥まった蜜孔へ侵入する。質感と体温と肌に染み付いたグリーンフローラルが霞の身体の幹を解す。後ろ手に支えても力が入らずベッドに背を預けた。無防備な彼女の手を腿を押さえていただけの手が包んだ。 「ぁ、」  わずかに差のある体温が重なっただけで、蜜肉が夫の濡れた筋肉を締める。夫の性格には釣り合わない長い指が霞の指に絡む。指の股同士が隙間もなくぴたりと合わさる。 「お嫁さんの…ココは…ボクだけが…知ってるの…!薔薇の花みて…お嫁さんのコト…勝手に想像したら…違う!って…言いたく…なっちゃう…お嫁さんのココ…ボクだけの…!」  夫は我儘を言う子供になる。秘裂を慰めるみたいに何度も繰り返し舐められる。 「ごめんなさい…あなた。ごめんなさい。あなた…ごめんなさい…!」 「分かってるヨ…お嫁さん…知ってるヨ」  霞の身体が芯を持ち、硬直する。びくりと引き攣った腕に繋がった夫の手も揺れた。 「お嫁さんは…ボクのコト…大好きなの…信じてるとかじゃ…ないの…知ってるの…信じてるとか…疑ってるとか…そんなんじゃ…ないの…知ってるの…完全に…ワカってるの…」  夫は霞の脚の間から顔を離した。蜂蜜を垂らして日の光に透かした瞳が彼女の双眸を覗く。目元に口付けようとして、彼は躊躇う。何も触れないままでいる夫の顔に霞はおそるおそる空いた手を添えた。そして彼の頬と手に挟まれる。 「こんなわたしに…キスするの、もういや…?」  塩分を含んだ水滴が眦に沁みた。 「お嫁さんの…舐めたばっか…」  オレンジ寄りの茶色の眉が困惑する。霞が首を伸ばして口付けた。 「好き」  一度では治まらず夫の唇を啄む。蕩ける。  ベッドに両手をついて、背後から貫かれる。キャミソールの上から胸を触られた。 「霞…」  夫の低い声がする。円やかな尻に密着する腰も、胸の形や大きさを確かめる手付きも、中に収まった楔も、背に当たる肉感も夫のはずだが調子だけが夫ではない。 「あなた…」 「脱がないの?」  キャミソールの裾を捲るような仕草をされ、霞は押さえた。 「恥ずかし、い…」 「そんなすごいの付けてるの?」 「…っ、んや、ぁっ」  挿入したまま居座っていた夫の猛根が動いた。じんわりとした快感が生まれた。 「教えて。何色?どんな形?」 「…っん、赤で、ぁ…あっ、赤で、レースなのっ、ぁっん…!」  焦れらされながら割り開かれ、埋まり、また拓かれる。 「見たいナ」  無邪気に胸を揉む手がいやらしいものへと変わった。 「で…も、」 「見たい」  低く囁かれ、耳朶に吐息がかかる。 「あなた…怖、い…」 「怖い?」  奥深くまでゆっくりと収められていく。下半身が密着し、上半身もさらに重なる。胸を掌が覆ったまま抱き締められる。 「い、や…ぁっ、ぁんっ」 「いや?霞の嫌がるコト、したくないヨ?」  胸の柔らかさを持ち上げるように確かめられる。 「怖い?嫌かな?」 「嫌……じゃな、い…好き…あなた、好き、」  中のものが膨らむ。それを感じて蜜肉が収斂するためさらに大きさを増した。 「霞…っ、だめ…ッすぐ終わっちゃうだろ……?」  互いに呼吸を整える。霞はキャミソールに手を掛けた。ブラジャーが見える首元まで捲った。パンティと同じ色味の赤で、素肌が透けている。大きな飾刺繍が小さな双つの実を隠す。慎ましやかなレース状のカップがやはりパンティと同じように黒の細いリボンによって編み上げられ、繋がっていた。 「すごく綺麗だ」  夫の手が両胸を抱いた。キャミソール越しよりも近付いた体温。粘膜でもなくせ彼に触られるだけで霞は熱い息を漏らす。 「あなた……こういうのッ、好…き、?」 「好きだヨ。でも、霞が選んだのが一番だネ」  抽送が緩やかに始まった。少しずつ速くなっていく。 「あっあっあ、んぁあ、」 「どんな気持ちで選んでくれたのかなって、考えると愛しくて堪らないよ」  表情が見えない、あまり触れないという理由で霞はあまり背面からの挿入を好まなかった。おそらく夫も同じ理由からか、それとも流れからか2人の後ろからの交接は久々だった。 「あなた…っぁ、あんっあっあ、」 「霞。かわいいヨ。でも霞の好きなものでいいんだヨ。ボクは霞が、見たいんだから」  夫は背中を隠すキャミソールを前と同じく肩まで捲り、現れたブラジャーのホックを不器用な手が器用に外す。彼は背に口付けた。肩からぶら下がったままのブラジャーの下から手が入り、媚粒を摘まれる。 「あんんっ…」 「…ッ、霞、」  肌と肌がぶつかる。ベッドが軋んだ。胸が揺れる。 「あなた…」  振り返ると唇を塞がれた。左手と左手が重なり、指輪がぶつかった。かち、と音がする。その音を聞いた途端、酷烈な感情の濁流に呑まれた。視界が滲む。涙がシーツを濡らした。激しい力が籠り眉間に皺が寄る。 「霞?」  霞は起き上がった。媚肉を抉る箇所が変わり、小さく喘ぐ。夫は彼女の好きなようにさせた。脚を大きく開くことも厭わず、夫の腰部に跨がった。 「あっああっんンっ!」 「霞…ッぁっ」  自重によって霞は蜜肉の奥まで夫の欲情を迎える。熱い手は彼女の腿の肌理細かさで息を落ち着ける。 「好き、あなた…大好き……!」 「ボクも好きだヨ、霞」  止め処なく溢れる涙を拭いながら霞は腰を振った。夫は唇を噛んで、シーツを握る。腰が突き上げかけ、躊躇って落ちていく。 「好きだヨ…お嫁さん…大好きだから…大丈夫だヨ…?」  泣きじゃくる霞の手を解き、両手を繋いだ。 「あっあっあっ!んんっ!」 「お嫁さん…好きだヨ…大好きだから…!何も…心配しなくて…いいんだヨ…?」  スプリングが軋み、湿った音が短い間隔で響く。霞の膝が震えた。肩に引っ掛かったままのブラジャーが揺れる。 「あっあっあっあっん、ん、あなた、あなた…あッ!」 「お嫁さん…」  蜂蜜のような光と見つめ合う。 「あんんッあなた、もう…っ」 「イっていいヨ…?イきな…?ボクので…イって…」  薄いガラスを割るような絶頂に達し霞は背を逸らした。夫は眉根を寄せた。 「す…ご…お嫁さ…ッ、ボクも…も、イって…いい…?」 「あっあっぅん、あなた、あなたッ」 「ぁ…あっ、お嫁さん…っ、お嫁さッ!」  熟れた蜜肉が夫を絞る。夫は突き上げる腰を緩め、霞の最奥で止まった。ポリウレタンの膜の中で熱が爆ぜる。霞は広がらない迸りを惜しく思いながらもその気遣いに肉体的な悦楽に近い火照りを胸の深くで感じた。 「好き…大好き。あなた、大好き。幸せ過ぎて怖いの」  夫の筋肉質な胸板に横たわる。髪の中に指が入っていく。 「何が…怖いの…?もしかしたら…ボクのほうが…お嫁さんにとって…一番怖い存在かも…知れないヨ…?」  夫の左手を取って、薬指の鈍い輝きに口付けた。
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