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第六章 天女、監禁 * 18 *

 天女に向けて猟銃を発砲した罪で校内にある地下牢に入れられていた少女は、表向き謹慎を解かれたという形で釈放されたのだという。ふたつ名によってかけられていた暗示はすっかり解かれたのだろう。すこし痩せてはいるが、顔色はすこぶる良い。  そんな彼女と同室の少女が、挑むような目つきで小環たちを見つめる。 「厄介なことになっているようね」 「梧、慈雨」  そういえば彼女もまた、カイムの民でありながら帝都の政争に巻き込まれ、女学校でおとなしくしているのだった。  鬼造姉妹や寒河江雁の存在が彼女の存在を薄めていたのは事実だろうが、もともと『雨』の部族の長である梧家の一人娘だ。小環の知らない情報を握っている可能性は高い。  険しい表情の小環を見て、慈雨は困った表情を浮かべる。 「怖い顔しないでよ。あたくしは古都律華の人間みたいに天女を消そうなんて考えてないし、お父様のように天女を利用して栄華を手に入れようなんて考えてないわ」  耳元で囁かれ、小環は身体をびくりと震わせる。 「お父様?」 「あたくしは父に捨てられた娘よ」  その言葉に四季が反応し、小声でぽつりと零す。 「梧繁光……君の父親は、帝都にいるのか」 「そうなんじゃないの? 手紙のひとつもくれないけれど」  どこかはすっぱな口調になった慈雨を見て、小環はおや、と思う。  大人びた少女だと思っていたが、実際のところは小環よりも年下なのかもしれない。  四季はふーん、と軽く頷き、さりげなく話題を変える。 「梧邸の離れを知っているか」 「離れ? 離塔のことかしら。かなり古い塔だけど……それが?」 「どうやらそこに天女が囚われているみたいでね」  淡々とした四季の声はいつもよりも低く、まるで男性のように響く。  小環はぎょっとして四季の顔色をうかがうが、表情に変化は見られない。  逆に、ふたりのやりとりを凝視していた雁の顔色が真っ青になっていた。 「……慈雨さん、知ってらしたの」 「いいえ。だけど彼女が関わっているのならばそうかもしれないとは思ったわ」  慈雨は嘆息する。  父の繁光はたいした能力も持たない自分のことを帝都にいる有力な華族へ嫁がせる駒としか認識していない。  だから十三歳で女学校に押し込んでそれきりだ。  その間に彼は自分の地位を確かなものにしようと、天女伝説を利用して古都律華の人間と接触を深めたのだろう。いつの間にか、鬼造姉妹から媚びへつらわれる存在になっていた。けれどそれは慈雨が偉いからでもなんでもない。むしろ、慈雨に似た…… 「彼女」  小環が確認するように慈雨へ瞳を合わせると、慈雨もまたしっかり小環の瞳に自分のそれを映してこくりと首を縦に振る。 「梧雨水……いえ、伊妻碓氷(うすい)って名前が正式なものになるのかしら。あたくしの異父妹で、雁さんに天女を撃つよう暗示をかけた張本人よ」  きっぱりと言い切って、慈雨は淋しそうに微笑んだ。 「異父妹、だったのか」 「ここ数年あたくしは殆ど顔を合わせていないわ。だけど母親が同じだからか、顔も姿かたちもあたくしに似ているわよ」  雁がその言葉に頷いている。慈雨にそっくりな少女が自分に天女を傷つけるよう強い暗示をかけ、その暗示を慈雨が破ってくれたのだ、と。 「彼女の存在を知っている人間は殆どいないはずだ。なぜ女学校に侵入できる?」 「梧雨水って名前の少女なら鬼造姉妹も知っているわ。ただ、彼女が伊妻の忘れ形見であることは知らないでしょうけど」  雨水もまた、鬼造かすみと同じで、強いちからを持つがゆえに隠されていることになっているのだろう。ふだんは梧家の邸に幽閉されているというが、カイムの人間さえも強い影響を与えるちからを持つ彼女からすると、たいしたことではなく、しょっちゅう邸を抜け出しているのだという。  特に鬼造姉妹の姉にあたるみぞれとは懇意にしているらしく、ボレロを借りては女学校に遊びに来るらしい。見た目がそっくりな彼女がボレロを着て歩けば慈雨だと思われるので誰も不思議には思わないそうだ。 「雨水はお父様のお気に入りなのよ。あたくしと違って、強いちからを持っているから……」  それゆえ、天女をめぐる混乱に生じて彼女も動き出したのかもしれない。  存在を隠されているとはいえ、彼女が暗示のちからを使えば誰も止められない。  自分の一族を滅ぼした皇一族に一矢報いるため、復讐のために。 「でも、そんなの間違ってる。復讐なんて」  慈雨は彼女を止めたいのだと小環に訴える。  ついに天女を捕まえてしまった雨水が、これ以上罪を犯さないように。  小環と四季は身体を震わせる彼女をじっと見つめる。  今まで傍観者でいた彼女が動こうと決意したのは、家族のため。 「父はまだ、気づいていないと思うの。彼女が『雨』の部族ではなく『雷』として、選んではいけない道を選んでしまったことに」  四季はかすみが帝都を覗いてきた報告を思い出す。  梧慈雨の父、繁光は帝都にいる。第三皇子を擁立する冴利とともに行動していたことから、古都律華に近しい思想の持主なのだろう。  繁光が帝都に行ってしまった今、雨水を止められる人間はいない。 「『雷』の王を黄泉返らせてはいけないのは、四季さんだってご存知でしょう?」  雨水の傍には柚葉がいる。彼は桜桃を自分だけのモノにするため、帝都清華を離れたのだ。  カイムの神謡を知らない彼を雨水が利用し、神皇帝の皇子に対抗できる存在『雷』の王となるよう唆したのだろう。  知らなければ、王種を持っている彼が『雷』に与することなど決してなかったはずだ。  柚葉が『雷』の王となって、天女を手に入れたら…… 「『雷』の王が天女と契りしとき、春の訪れとともに、カイムの地は崩壊する」
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