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第六章 天女、監禁 * 17 *

「罠だろうな」  桜桃が女子寮から姿を消して二日目。  小環は四季から受けた報告に無表情で応じる。 「それでも彼女は君が救いにくることを望んでいる」 「知ってる」  だから姿を消した桜桃について小環は「体調を崩した」とだけ言って周囲を納得させ、彼女の分も授業を受けているふりをしているのだ。午前の授業を終えた小環は、廊下で落ち合った四季と女子寮の食堂で昼食を食べているところだ。  周囲にはちらほら女学生の姿もあるが、小環と四季の話を気にするような人間はいない。  小環は乳酪をたっぷり塗ったコッペパンにかじりつきながら、四季の話に耳を傾ける。  今のところ、桜桃がいなくなったことに気づいているのは小環と四季、あられに扮していたかすみと、彼女を梧邸の離れへ連れて行ったであろう鬼造みぞれの四人だけだ。  どうやらみぞれは藤諏訪麗に桜桃が害されそうなところを発見し、独断で彼女を連れ去ったようだ。 「藤諏訪麗にかけられていた暗示の主がみぞれなのは理解できたが、なぜ彼女はあえて痕跡を消さなかったんだ?」 「消さなかったんじゃない、消せなかったんだ」  カイムの民と帝都の人間の間に生まれたみぞれのような人間はたいてい特別な能力を持たない。  軽い暗示をかけることはできても効果は個人差があり、数日もすれば薄れて消えてしまう程度のものだ。  そのため柚葉を奪われたと桜桃に強い殺意を抱いていた麗をいったん暗示で止めることはできたが、放っておけばふたたび彼女が天女である桜桃を傷つけかねない。  その、藤諏訪麗も桜桃が姿を消した翌日から授業に顔を見せていない。  帝都の家族から呼び出しがあり、“神嫁御渡”もせずにカイムの地を出ていったらしい。  そんなことができるのかと小環は訝しんだが、四季をはじめ他の女学生たちは疑問に思わないらしい。 「――藤諏訪麗は既に良き心を邪神に捧げてしまったのだよ」  だから神嫁となることも、生贄に捧げられることも叶わず、カイムの地を追放されたのだと。  きっとみぞれの暗示が保たれているうちに、麗が完全に狂う前に、カイムの地から追い出した、というのが正解なのだろう。  婚約者に捨てられて狂ってしまった少女は、神々にも棄てられてしまう運命にあるようだ。  思わず沈黙してしまう小環だったが、四季は優雅に紅茶へ牛乳を注ぎながら滔々と語りだす。 「古都律華と帝都清華は天女の処遇について揉めたままだ。古都律華に属するみぞれは天女を弑する側だが、麗に殺されそうになった桜桃を助けもしている。とはいえ俺たちに何も言わずに連れていったことを考えると、別の思惑が隠されているんだろうな」  今は誰もひとが住んでいない梧邸の離れに監禁されている桜桃のことを想い、小環はため息をつく。  四季が彼女の夢に侵入して情報を入手してきてくれたのはありがたいが、鬼造の私兵に化けた柚葉が傍にいるらしい、という言葉にはさすがに目が点になった。 「それとも柚葉が鬼造と組んだか?」 「そうではないと思う。かすみに調べさせたけど、学校を管理している古都律華の鬼造と柚葉の接触はなかったんだ。柚葉がみぞれをたらしこんで天女を奪わせたってのが近いんじゃない?」  柚葉は元婚約者に愛する異母妹を殺されそうになったのを目撃したのかもしれない。  彼が彼女を守るため、綿密に計算して動き出した、というわけではなさそうだ。 「だけど彼女の面倒を見ているスイって少女が柚葉を遠ざけているんだろ?」  新たに登場した少女について問えば、四季は困ったように頷く。 「あいにく、どんな娘かわからないんだ。天女を利用して何か企んでいるとは思うんだけど」  夢のなかで桜桃は四季に、スイは柚葉と自分が結ばれるのを認めないが、小環なら認めると口にしていたという。父を殺した男の息子よりはマシ、程度の感情かもしれないが。 「柚葉はスイに言われて素直に退いたのか?」 「いまのところ。たぶん、彼女はカイムの神謡(ユーカラ)を利用したんだろう」 「神謡を?」  それは伝承として記されている神話のようなもの。けれどかつてカイムの神々が人間たちへ加護という名で与えていたちからのひとつともいわれている。  神謡を唱えることで、加護を持つ人間は神のちからを使うことができる。とはいえ今の時代、神謡を使った詠唱を空で行える術者は殆どいない。 「神謡のなかに“(イメッラ)”の王となりしもの、という物語がある」  それは天女と睦み合うことで栄華をもたらす春の王とは異なる、いまは忘れ去られた王の存在。  冬将軍を従え、春雷を起こし、季節を巡らせ、神々を手玉に取って己の願望を叶える、ときに残酷さを持つ気まぐれな人間(ヒト)の子の物語。 「そのなかに“王”にとって“血”は穢れ、触れてはならぬもの、という一文がある」  四季は思い出しながら小環へ告げる。 「おそらくスイはその言葉で彼を縛ったのだろう。王となるのならば、穢れから離れろと」 「穢れ」  神々と近しい皇一族にとっても穢れという言葉は日常的なものだ。  けれど、王となる存在ゆえに穢れから離れる、という解釈は初耳だ。 「そのなかには天女の破瓜……処女を奪うことも含まれているはずだ」 「!?」  生々しい四季の説明に、小環は絶句する。思わず手にしていたコッペパンを握りつぶすところだった。  桜桃の処女を奪うと、柚葉は王になることができない?  だから、スイは小環にとっとと桜桃を抱かせようとしている? 「……とんでもないな」 「どっちにしろ、一週間のうちにきみが天女を掠奪して自分のモノにしない限り、彼女は柚葉と伊妻の残党たちに飼い殺される運命になるわけだ」  神謡によって縛られた柚葉が一週間、桜桃の傍から離れているという。  スイの目的はわからないが、小環を呼び寄せるためにあえて柚葉を遠ざけたと考えるのが賢明だろう。  どう考えても罠のようにしか思えない小環は、伊妻の残党と柚葉が一緒にいる厄介な状態を憂いながら、愚痴をこぼす。 「古都律華とも帝都清華とも違う、いまはなき“雷”を名乗る一派。天女を自分たちのものにするため羽衣候補である柚葉を自分たちのもとに引き込んだのか、柚葉が彼女を手に入れるために自ら伊妻の忘れ形見を探し出して取引でもしたか……さっぱりだ」  そんな、食べ終えた小環たちを見計らったかのように、ふたりの少女が入ってくる。  目を瞠る小環と四季の前へ当然のように腰かけた、灰色の瞳の少女がしずかに微笑む。 「――寒河江、雁」 「ご無沙汰してます。ご迷惑をかけてしまったようで、ごめんなさい」
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