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第六章 天女、監禁 * 13 *

 薄暗くて冷たい牢内で、雁はじっと蹲っていた。  このまま凍死してもおかしくない状況のなか、鬼造姉妹が準備した朝食におそるおそる手をつける。  温かかったであろう味噌汁はすでに冷めているが、喉元に流れ込む塩味が自分の生存の証のように感じられる。  地下牢に違いはないが、土の上に茣蓙が敷かれているため座敷牢だと鬼造姉妹は口にしていた。  姉のみぞれは雁を嗜虐的な視線で攻撃し、妹のあられは被虐的な態度で顔を歪ませながら。  けれど、暗示にかけられたままの雁からすれば、どちらの態度も気にならない。  黙って味噌汁を啜っていると、ふいに柵の向こうが明るくなった。  何事かと顔をあげると、見知った顔のふたりの少女が煌々とした橙色の松明を片手に石段を降りてきたところだった。 「……ずいぶん弱っちゃったわね」  この声は誰だったか。馴染みのある声色に雁の表情が軟化する。 「まだ暗示が解けていないの? いい加減にしないと今度こそ殺されるわよ、かーりさん」 「これは重症ね。やっぱり彼女が女学校に入り込んで悪事を働いていたってことかしら」  にこやかに続けるのは鬼造姉妹の片割れ。身長が高いので、妹のあられだと認識する。  もうひとりの少女は困惑した表情で雁を見つめ、小声で神謡を囁く。 「――戻ってきなさい、雷に利用された雪の子よ」  その瞬間、雁の瞳に光が宿る。 「慈雨さん!? なんでここに」 「雁さんこそ、今まで模範囚みたいにおとなしくしていたじゃない。濡れ衣着せられているんでしょう?」 「……濡れ、衣」  そういえば、なぜ自分がここにいるのか考えることすらしなかった。  カイムの民が持つ暗示の力に耐性を持つ自分が長い時間操られたままになっていたことに気づき、雁は唖然とする。 「慈雨さんが暗示をかけたわけじゃないわよね?」 「ひどいわね。暗示を解いてあげたのに」 「だって、暗示をかけた人間じゃないとふつうは解けないものでしょう? 天女さまでもないかぎり」 「ふふ。残念だけど天女じゃないわ。正解は、暗示をかけた人間と血のつながりがあるからよ」  慈雨は雁がいつもの調子を取り戻したのを見て、嬉しそうに微笑む。 「慈雨って梧家の一人娘でしょ? 血のつながりって」 「――みぞれさんが面白がっているみたいね。ときどき彼女にボレロを着せて女学校に潜入させているみたいなの。雁さんはそのときに目をつけられちゃったんでしょうね」  雁の問いに直接応えることはせず、慈雨はあられの方へ顔を向ける。 「……みぞれさんは彼女に洗脳されてしまったのかしら」 「それは、わからない」  鬼造家でも天女をめぐる意見が割れているのだという。  さいきんは“雨”の一族の意見に従いつづけるみぞれと“雪”の意見に傾いたあられの間の溝が拡がってきているようで、“雨”の一族でありながら傍観者の立場でしかいられない慈雨を苛立たせている。 「ただ、天女を傀儡に仕立て上げて国を乗っ取ろう、なんて考えは持っていなかったはずよ」 「……そんなことを、“雨”が?」  初耳だと驚く雁に、慈雨が首を振る。 「すべての“雨”が、じゃないわよ。“雨”のなかの“雷”が、天女を手に入れようと動き始めたの」 「かみなり……いなづま……」  忌々しそうに納得する雁に、慈雨は柵の間から鍵を握らせる。 「“雨”だから“雪”だから、って諍いをしつづけていたら“雷”にすべてを奪われてしまうわ。カイムの地に春を喚んで、国を安定させるために、彼女を止めましょう」  皇一族や逆斎が天女と春を喚ぶのをじっと待っているのはもう我慢できないと、慈雨は決意する。  ――雨水(ウスイ)、貴女の好きにはさせなくてよ。
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