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第六章 天女、監禁 * 12 *

「貴女が、伊妻霜一の娘……」 「生まれたときに乳母によって水嶌家に引き取られた娘よ」  自嘲するように呟くスイに追いついた桜桃は、露台から景色を見下ろす彼女をじっと見つめる。  灰色がかった双眸は自分の境遇を憂いているようにも見えるが、彼女の表情に変化は見られない。  むしろ桜桃が真実を知るのを面白がっているかのように、口元を歪ませている。 「伊妻がこの大陸をかの国から独立させようと叛乱を起こしたのは有名な話よね。だけど彼がなぜ起こしたのかは実は公にされていないの。どうしてだかわかる?」  父親のことを平然と伊妻、と呼び捨てにするスイは驚く桜桃を無視して言葉をつづける。  露台へ吹き込む冷たい風が、ふたりの間をひゅうと通り抜けていく。 「彼が皇一族と訣別したのは、始祖神の母神である至高神に愛された娘……天神の娘を奪ったから」 「え」 「あなたの母親のことよ」  天神の娘である桜桃の母もまた、天神の娘として神々から求められていた。当時の皇一族には王種を持つ羽衣候補がいなかったため、遠戚にあたる空我樹太朗が彼女の羽衣となるよう密命を受けて北海大陸へ渡る予定だった。  けれど伊妻は神々に愛された桜桃の母、セツを強引に奪ったのだ。 「この建物はかつての伊妻邸の離塔。いまは梧家が所有していることになっているけれど、ふだんは人気のない寂れた場所よ。あなたの母親もこの塔に囚われて、伊妻に穢されたの」 「――うそ」  じゃらり、と足首に嵌められた銀の枷から耳障りな音が響く。  自分の母も、この場所に囚われ、身体を無理矢理開かされた――? 「彼は自分こそ“春の王”だとカイムの民を扇動し、軍を組織した。その一方で天女に子を孕ませるため、日夜彼女を犯した」  まるで見てきたかのように訥々と語るスイを前に、桜桃は身体を硬直させる。  寝台に設置されていた足枷、淫靡な気持ちを催させる蝋燭、そして男を悦ばせるための装飾品でしかない夜着……もしかしたら他にも仕掛けが施されているのかもしれない。  すべては天女を閉じ込めて、快楽に溺れさせるため。 「だけど彼は古都律華から迎えた女と政略結婚していたの。わたしはそっちの娘よ」 「そっち?」 「そう。わたしが生まれて間もなく伊妻は殺された。一族郎党、皇一族によって処刑された……わたし以外。そして天女は空我樹太朗の手によって救出され、彼を真の羽衣に選んで帝都へ嫁いだ……けど」  くすくす笑いながらスイは告げる。 「そのとき既に天女のお腹には、あなたが宿っていたのだとしたら、どうする?」  目の前が真っ暗になるような現実を突きつけられて、桜桃は愕然とする。 「そんな」 「可能性がないとは言い切れないのよ。あれから天神の娘は帝都で娘を産み落とした。だけど空我邸の離れで暮らしていたんですって? 柚葉さまは正妻との確執が云々なんておっしゃっていたけれど、ほんとうのところはどうだったのかしら?」 「ゆずにい……」  彼は異母兄ではない、まったくの赤の他人だったというのか。  だから彼は桜桃を自分のモノにしようと、かつての伊妻をなぞるような行動を……?  衝撃から立ち直れずにいる桜桃を前に、スイは追い詰めるように言葉を紡ぐ。 「空我樹太朗が国の要請で海外へ飛ばされ、行方不明になったって聞いたけど……真実が露見して消されたのかもね」  だとしたら、桜桃を必死になって消そうとした人間の真意はそこにあるのだろうか。  春の王を選び此の世に栄華を喚ぶという天女が、羽衣となる男の種を受け取る前に穢されてしまったから。  桜桃は穢されて、生まれてしまった反逆者の娘。  ――なりそこないの天神の娘。  そのことを知らないまま、自分は春を喚ぶんだと、天女になるのだと思っていた。  けれどそれは叶わぬ夢だとスイは嗤う。 「王種を持たない男に犯された天女の娘が、春を喚ぶことなど不可能よ」
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