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第六章 天女、監禁 * 11 *

 北海大陸の朝は早い。  いまは冬将軍が居座っていることもあり、真っ青な空を拝むことはかなわないが、今朝は珍しく雲間から薄日が顔を出している。溢れんばかりの愛蜜を迸らせた桜桃の身体の変化に、頑なになっていた神々も絆され間もなく訪れるであろう天女の覚醒を心待ちにしているかのような、そんな天候だ。  昨晩、柚葉によって絶頂を極めた桜桃の身体は目の前の少女の手によって清められ、新しい夜着へと着替えさせられていた。  桜桃は漆黒のレースが編み込まれた夜着を素肌の上から着せられている。肩紐で支える形にはなっているものの、飾りにもなっている胸元のおおきなリボンを引っ張るだけで胸元が露になる破廉恥なつくりをしている。  夢を見ることもなく深い眠りから目覚めた桜桃は自分の姿に戸惑いを覚えつつ、目の前で自分を見つめる少女の姿に気づく。  年は桜桃と同じかそれよりひとつふたつ下なのだろう。  エプロンと呼ばれる女中服を難なく着こなしている少女の姿は、空我邸にいたときに仕えていたてきぱき動く女中を彷彿させる。  けれど襲撃の際に殺されてしまった女中より幼い感じも残っている。 「……だれ?」 「柚葉さまからお世話をするように命じられました、スイです」  スイと名乗った少女は何食わぬ表情で寝台に繋いでいた枷の鍵を外し、彼女を隣のお手洗いへ連れていく。  左足首の枷と鎖は未だに桜桃についたままだが、寝台に繋がれている状態ではないので歩く分には問題がない。ただ、足を動かすたびにじゃらじゃらという音も響く。  これじゃあ逃げ出すことはできないな、と呆れながら桜桃は西欧のバスルームのような手洗い場で用を足す。  じゃらじゃらと鎖を引きずりながら桜桃が戻ってくるのを見て、スイは無表情で告げる。 「これより一週間の猶予を与えます。柚葉さまには月のものが訪れたと申しておきます」 「……へ」 「あのまま手籠めにされて兄の手によって破瓜を迎えたかったのですか?」  状況を理解できていない桜桃の前で、はじめてスイは怒ったような表情を見せる。  その厳しい問いかけが、ぼんやりとしていた桜桃を覚醒させる呼び水になる。 「――それは、だめ」  スイの声にしっかり応えた桜桃は、弱々しく頭を左右に振る。  昨晩、柚葉によって一方的に愛撫を受けた身体は快楽の余韻を残したままだが、桜桃の心のなかでは彼がした行為を小環にされたときのように素直に受け入れられずにいる。  桜桃が春を喚び王を選ぶ天女だと知ったから、異母兄は態度を豹変させ、このような暴挙に出たのだろう。  ――そうじゃなきゃ、淫乱な天女、なんてあたしを罵るわけがない。  ずっと空我邸の鳥籠で甘く囀っているだけの無害な存在でいられれば、彼は優しい異母兄のままだったのだろうか。  暗い表情になった桜桃を、スイは気の毒そうに見つめている。けれどどこか安心しているようにも見える。 「……良かった」 「なぜ、貴女が安心するの?」  桜桃の問いかけに、スイは苦笑を浮かべる。  そしてエプロンのポケットの中に入っていた鍵束を取り出してじゃらりと鳴らしながら、うたうように応える。 「だって彼はわたしの父を殺めた男の息子なんですもの。柚葉さまが皇一族と敵対するのは歓迎するけど、彼を父が名乗りをあげたような“春の王”にするのは許せない。それに」  そう言いながら、彼女はすたすたと露台へ進んでいく。  桜桃は彼女の言葉を耳底へ叩き込みながら、銀の鎖を引きずりながら彼女を追う。  足元で響くじゃらりじゃらじゃら、という耳障りな音がスイの言葉を途切れ途切れにするため、すべてを聞き取ることはできなかったが、それでも――…… 「伊妻の……ある……は皇一族の男を……て……を遂げてほしいの」  桜桃は目の前にいる少女こそ、小環が探してやまなかった伊妻の乱で生き残った娘なのだと確信する。
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