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第六章 天女、監禁 * 9 *

 大松が主催した晩餐会を彼も知らされていたはずだ。  同じく、招待客のひとりであった川津蒔子の姿もなかったが、こちらは大松の異母兄である湾が事前に報せていたため、誰も不審に思うことはなかった。  大松が招待した清華五公家と川津の各々の代表は皇一族とともに和やかに食事を共にした。  空我家の代表が座る椅子を空にしたまま。  大松はそのときに梅子を呼び出したようだ。皇一族が暮らす宮殿が集められた千桜田ちおだから井伊谷橋いいやばしにある黒多子爵の邸は目と鼻の先。  梅子は直接赤薔薇宮へ来たのだろう。直に見てきた川津当主と弟の様子を伝えるために。 「ええ。川津本家にて当主の蒔子さまとお話をした後、ふらりと姿を消してしまって……でも、行くべきところなど苔桃のいる場所しか思いつきません。きっと、蒔子さまに警告されたのでしょう、天神の娘である彼女の追及を諦めろと」  柚葉はカッとなると暴走して止まらなくなるのだ、と梅子は愚痴りながら状況を説明する。  梅子の説明を受けて、ようやく幹仁と朝仁も理解する。 「蒔子さまは自分が義理の娘である母、実子に苔桃の暗殺を命じたことを認めました。ですが、それ以上の証言は得られませんでした」  あらためて梅子は大松に報告する。古都律華の御三家である川津家の当主は天神の娘を抹殺することに賛同し、娘に暗殺を唆した。実際に手を下したわけではないため憲兵のもとへ拘束し刑罰を問うことはできないが、梅子は神皇帝から許可を得て、蟄居というかたちで処分したという。  大松はうん、と頷きつづきを促す。 「ただ、蒔子さまもまた、命じられ、断れなかったのだとおっしゃっております」 「それでしくじったから、実子さまが殺されたってことか……」  幹仁が漏らした呟きを梅子が聞き咎め、非難の眼差しを向ける。 「川津当主よりも地位の尊い方が、背後にいらっしゃるってことですね」  朝仁は梅子の射るような視線に気づくことなく兄の言葉に反応する。  それを見て、大松が瞳を見開き、呻き声をあげる。 「殿下?」 「……なんということだ」  大松の絶望的な表情に、梅子も確信する。自分の母を殺した黒幕は、皇一族のなかにいる。 「殿下。心当たりがないなどおっしゃりませんよね?」  梅子は自分の母を道具のように使い捨てた人間の罪を暴くために自ら大松のもとへやって来たのだ。  彼女のなかで結論は出ている。そして大松も。 「誰か! 入陽宮いりひのみやへ言伝を」  自分の義母である冴利が、天神の娘を弑そうと古都律華を使って動いていたのだと確信する。  父皇は放っておけと言っていたが、彼女が伊妻の残党と手を組んでいるとは露ほどにも考えていなかったのだろう。  大松の声に控えていた従者が駆けつけ、入陽宮のある南に向けて早足で去っていく。  食事を終えて一刻も経っていないいまなら眠っていることはないだろう。 「……どういうことだ」  幹仁と朝仁は再び緊張を取り戻した応接室で、じっと耳を傾ける。  自分たちが想像していたよりも、事態は複雑で、それゆえ混沌としている。 「冴利さまのご実家は古都律華の水嶌家。世間では伊妻が滅んでから神皇帝のもとへ嫁入りされたこともあり新たな御三家とも言われているけど、彼らはその地位をありがたがることをせず、迷惑そうにしていたわ」  梅子は憎らしげに口を開き、自分が導いた推理を披露していく。 「伊妻の反乱が北海大陸で起きたのは十八年前。当時、北海大陸は伊妻、水嶌両家が開拓の先陣を切っていたわ。帝都清華は出遅れた形になって、結局、土地の大半は古都律華によって支配されてしまった。けれど、前神皇帝が病に倒れ、名治神皇が皇位を継いだことで、帝都清華の勢力が強まった。それを危惧した伊妻は後先考えず皇一族に反旗を翻し北海大陸の陸軍駐屯地へ宣戦布告。一時的に北海大陸一帯を占領されたものの、帝都より派遣された討伐軍によって騒ぎは鎮圧された」  言葉を切り、梅子は幹仁たちの反応を確かめる。  梅子の隣に座っていた大松は従者が呼んだ冴利を迎えに扉の前へ足を運んでいる。 「このとき、水嶌家は無関係とされている。この家は古都律華に属しているとはいえもともとは北海大陸の先住民であるカイムの民によって興された『雨』の傍流。『雨』を婚姻で強引に自分たちのもとへ引き込んだ伊妻とは異なり、立場的には『雪』に近いとされていたから」  だから神皇帝は伊妻一族だけを滅ぼすことにした。  そして大陸へ渡ったのが梅子の父、樹太朗と故向清棲前伯爵である。 「でも、それが仇になった。当時、伊妻霜一には生まれたばかりの娘がいた。彼女は水嶌家の乳母に預けられていたのよ!」  だから伊妻の娘は命をつなぎとめた。  そして、自分が成長した暁にはこの国を乗っ取ろうと、復讐を誓ったに違いないのだ、と。
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