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第六章 天女、監禁 * 7 *

「かすみは霞であり、神を住まわすことのできる少女、すなわち神住・・・であるから、土地に仕える逆さ斎は惹かれ、契約を交えたいと跪く。土地に神を快適に住まわせるためには、この関係が不可欠というわけだ」 「綺麗事のようにしか聞こえないけど、要するに斎が神に仕えるって概念から外れてる逆さ斎は神を住まわせる土地がすべてだからあたいや他の人間を指揮・・して環境改善を図ろうとしているだけの話でしょ。そろそろそのお喋りな口を塞いだら? それか、天神の娘と始祖神の末裔にここまでの経緯を話してみたら?」  カイムの民の巫女姫がこの地を去ってちからを持つ『天』がいなくなってから、神職を引き継ぎ、神々の土地に仕えていたのが逆井一族である。つまり、逆井四季もまた、春をこの地に呼び戻すために天神の娘を求めているひとりなのだ、と、かすみは嘆息する。 「言うまでもない。彼らはすでにそこまで到達している。ただ、(いとけな)い天女は何を選ぶべきか、まだ迷っているだけなんだよ」  ……はたして誰に利用されることを良しとするか。もしくは誰を利用するのか。  四季はそう呟いて、かすみに問う。 「羽衣候補になる王種の持ち主は三人。なかでも優勢なのが神皇によってこの地へ送り込まれてきた小環皇子だ。このままふたりを結ばせて春を喚べば『雪』の嘆願は叶えられた形になる。だが、小環は伊妻の生き残りをあぶり出す密命も受けている。敵が神皇側の真意を知っているとなると、そう簡単にことは運ばない。敵の方でも王種を持つ羽衣候補を擁立させ、天女を手に入れようとするはずだ……かすみは帝都で彼を視界に捕えたか?」 「――彼?」  じわり、と厭な汗がかすみの手のひらに滲む。 「空我柚葉」  四季の押し殺した声と同時に、コツコツと扉を叩かれる音が響く。  四季たちが応える間もなく扉は開かれ、蒼白な表情の小環が飛び込んでくる。 「逆井、こっちに彼女はいないか?」 「え」 「いないんだ」  藤諏訪麗とともに手紙を受け取りに部屋を出たのを最後に、桜桃の姿が忽然と消えてしまった――……  その報を受けた四季は、すくっと立ち上がり、かすみの名を呼ぶ。  そして。 「――tantewano ehoyupu wa eoman wa……!」  小環の前で古語を唱え、かすみの意識を外へ放つ。  式神と化したかすみは人間の身体を四季へ預け、光と共に霧散する。 「……なんだ、今の」 「“お前は今これから走って行け”、そう式神に命じただけさ。見つけられるかはわからないがな」 「式神……彼女が?」  くたっとしている少女は鬼造家の姉妹のどちらかだろう。だが、あられでもみぞれでもなく、四季はかすみと呼んでいた。 「ああ。古都律華も内部で揉めてるみたいだぞ。天女を生かすか殺すかで」 「そうだ、桜桃」  焦った表情の小環を新鮮に感じながら四季はふぅと息をつく。 「神々はおとなしくしている。彼女に危害は与えられていない……今のところは」 「――そう、か」  天女が生命の危機に瀕した際、カイムの土地に棲まう神々は暴れだす。  寒河江雁が猟銃を彼女に向け、彼女を悲しませたあのときのように。 「けれど、心までは保証できないんだろ?」 「残念だけどね」  あっさり応える四季に苛立ちを覚えながら、小環はぼそりと呟く。 「藤諏訪麗に暗示をかけたのはお前か?」 「いや。ボクはずっとここにいた。かすみと一緒にね……それより藤諏訪麗に暗示がかけられていたって?」 「ああ。心ここにあらずって感じで……まるで幽霊に遭遇したかのような怯えようだった。解こうとして近づいたら逃げられた」 「何か言っていたか」 「さくらの行方を聞いたが、首を横に振っただけで自分の部屋に入ってしまった」 「……どういうことだ?」 「迎えが来るって、ぶつぶつ呟いていた。異母妹じゃなくて自分を迎えに来たんだって、言い聞かせるようにぶつぶつ、ぶつぶつ、ぶつぶつ……」  くたりと意識を飛ばしていたかすみがむくりと起き上がり、何事もなかったかのように四季に告げる。 「――寮内を一通りまわったけど、天女の姿は確認できなかったわよ」 「それより迎えって?」 「生徒たちの部屋をひとつひとつまわってるときに妙に耳障りな声が響いていたの。あれ藤諏訪麗でしょ、空我柚葉に婚約破棄されて壊れた」 「壊れたって」 「帝都清華から古都律華へ乗り換えて天女を殺そうと目論む時点で壊れてるわよ。弱い暗示がかけられていたけどあれ、鬼造の人間があえてかけた犯罪抑制のための暗示みたい」 「……な」 「同じ『雨』の匂いがした。放っておいたら天女を殺されそうだからそうならないように暗示をかけた感じ? だとすると寒河江雁に暗示をかけた人間とは違うのかしら」 「どういうことだ」  小環に遮られ、かすみはきょとんとした表情で四季の顔色を窺う。  四季は苦笑いを浮かべつつ、かすみに説明を求める。  かすみはぺろりと舌を出してから、改めて小環の前へ膝を折る。 「逆さ斎の式神として四季に仕えております、古都律華鬼造家三女で『雨』の能力者、鬼造かすみと申します。ご挨拶が遅くなり申し訳ありません」  するすると流れるように言葉を口にするかすみを見て、小環は圧倒される。 「ほんとうに彼女が逆井の式神なんだな……」 「うん。あられの身代わりでしょっちゅうこの学校に潜入してる妹なんだ」  小環の言葉に四季は素直に頷く。そして四季からかすみがまだ十三歳でこの学校の生徒ではないこと、彼女だけが鬼造一族のなかでちからを持つ『雨』の能力者であること、それゆえ古都律華の令嬢として扱われていない身分にあることなどを一気に説明され、小環はうんざりしたように頷く。 「そっちの事情はわかったよ。けど、ここまで複雑だとは思わなかった」 「鬼造一族は日和見なの」  古都律華の御三家に金のちからで入り、『雨』の部族との婚姻を繰り返してカイムの地を手に入れてきた一族の娘はそう言ってかなしそうに嗤う。  自嘲するかすみを前に、四季は黙ったままだ。  ふだんなら真っ先に話し出しそうな彼女を前に、小環は首を傾げる。 「あたいは逆さ斎に仕える式神だから、シキの願いに従うだけ。ほんとうは、天女なんかどうでもいい」 「な」 「だけど、シキは天女が春を喚んでくれないと困る『雪』に近い考えを持っている。『雪』の部族は爛れた『雨』の生贄儀式を嫌悪している。伊妻の乱によって多くの血で穢されたカイムの地を、これ以上汚したくないって」  ましてや神々に愛された天女を殺して春を乞うなど莫迦げている。  そのうえ、秘密裏に伊妻の生き残りが天女を利用して国家転覆を図ろうとしている。  冬将軍がカイムの地にのさばったまま、きな臭い状況に終わりが見えないから、カイムの民は不安がっている。そこに『雨』も『雪』も関係ないのに。  滔々と訴えるかすみを見て、小環は頷く。  四季は彼女の訴えを小環に聞かせたかったのだろう。だから何も言わずに好きにさせている。  小環はおとなしくかすみの言葉を受け止め、威厳ある声で告げる。 「案ずるな。カイムの民よ」  皇族としての気品を漂わせながら、彼はつづける。 「俺が伊妻の残党を捕まえ、天女とともに春を喚ぶ。だから協力してくれ」  自然とひとを傅かせるような心地よい声音が、四季とみぞれへ伝達していく。 「もちろん」 「畏まりました」  四季とかすみの応えを受け、小環も決意する。  突然消えてしまった桜桃を探し出し、何があってもこの腕のなかに取り戻すのだ、と……
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