45 / 57

第六章 天女、監禁 * 6 *

「それを見計らって、冴利を唆し、計画を実行に移した、ってわけ?」 「繁光って男が伊妻に一番近い人間のようだが、たぶん彼は『雨』のなかで地位が高いものだ。その彼がきっと、天神の娘をこの地へ呼び寄せるために、古都律華の川津家を利用したんだ」  天神の娘を古都律華に殺すよう仕向けた伊妻の残党は、死なない程度に彼女を痛めつけ、自分たちのものにしようとしている。  もしかしたら心だけ殺して器だけ奪おうとでもしているのか。 「でもそれって不自然じゃなくて? 天神の娘って噂されてる三上桜……空我桜桃だっけ、彼女がこの大陸に逃がされた経緯には、川津湾が関わってるわけでしょう? 川津が殺そうとしているのにどうして」 「彼がホンモノの篁だよ、かすみ」  かすみと名を呼ばれ、少女はハッとする。 「シキ、ここでのあたいはあられよ」 「安心しな。誰も聞いてない。ここで姉のフリをする必要もない」 「だけど」 「さっきの、川津が殺そうとしているのにどうして川津が逃がしたのかって話を思い出せ。かすみが僕にしていることと同じなんだよ」 「……一族内で意見が割れている?」 「まあそういうことだな。たぶん、天神の娘を殺したら愛する息子に皇位を与えられると信じ込んでいる冴利が空我桜桃を殺すよう話を仕向けたのは当主の川津蒔子の方だ。娘婿の湾はそれ以前に帝の息子だ。おそらく皇一族の血統を川津の家に取り入れようとして失敗したんだろう」 「彼の妻であった米子が死んだからね」 「そう、婿入り先の妻に先立たれた彼は皇一族のもとに戻ることも許されず、だからといって川津の色に染まることもできずにいた。母君と途方に暮れていたところを助けたのが空我樹太朗だよ」 「義妹の姉婿にあたる方ね。でも彼が愛妾にしたのが天神の娘だったから、混乱がつづいているんでしょう?」 「樹太朗と湾が懇意になれた理由のひとつは川津との繋がりだが、もうひとつが北海大陸という土地の繋がりだ。樹太朗の愛妾であるセツも、湾の母君もカイムの民だ。ふたりが知りあえば話に花も咲く。たぶん、そこで湾はセツから頼まれたんじゃないかな、娘を頼む、なんて……」 「まるで見てきたことのように言うわね」 「君がいたら見ていただろうね」  くすくす笑って四季はかすみに向き直る。かすみは唇を尖らせて反論する。 「悪趣味。逆斎ってこれだから苦手よ。面白ければ何しても構わないって地上に這い蹲る人間たちを見ているだけで何もしない。シキが動けばもっと簡単にこの騒ぎも収まると思うのに」 「それじゃあ駄目なんだよ、かすみ」 「だからあたいはここではあられだって」 「わかったわかった。でもすぐにその言葉を撤回せざるおえなくなると思うよ」 「それは預言?」 「まさか。神でもないのにそんな大仰な言霊を口ずさめるわけないだろうに」 「……あなたの場合、カイムの民でも例外ですものね」  カイムの民のなかには「ふたつ名」を持っている人間が多く存在している。  ひとつの名前にふたつの意味を込めて名付けられたもので、その名を使い分けることで潜在能力を突出させることができるという古くからのまじないに近いものだ。いまでは殆ど廃れてしまったが、『雪』の部族の一部ではその名残が見受けられる。  寒河江雁が狩という名を持ち狩猟に秀でた能力を開花させていたのは校内でも有名な話だ。  逆井一族の多くもふたつ名を使い分けている。 「別におかしいことはないと思うが」 「ふたつならまだいいのよ。あんたの場合、ふたつ名じゃなくてよっつ名でしょうが!」  呆れたようにかすみは四季の名を唱える。  ひとつは、四つの季節という意味でのシキ。  もうひとつが、逆さ斎としての賢者であれという意味での(シキ)。  それから数多の神々と渡り合う上で必要とされる能力、(シキ)。  そして。 「三つでやめておけ。四つ目を知る人間はその運命を狂わせる」 「もうあなたに関わったせいで充分狂ってるわよ。このちからで帝都を覗くなんて考えたこともなかったのに」  ぷいっと顔を背けてかすみは毒づく。四季は嬉しそうに頷く。 「だけど、そうしない限り君はあの家に縛られたままだったぞ? 古都律華御三家の古参、鬼造家の娘で唯一の『雨』の能力者。鬼造かすみさん?」  鬼造かすみ。  女学校で生活しているみぞれとあられ、ふたりの姉と異なり、まだ十三歳の彼女はその存在を公に知られていない。一族は彼女を養ってはいるがとある事情からふたりの姉と異なり別の場所で生活している。  かすみは次女のあられの身代わりになることがあった。  彼女には『雪』の恋人がいて、ときどきこっそり逢いに行くためにかすみと入れ替わっていたのだ。  しかし、四季がそれを見抜いたことから、あられとかすみは長女のみぞれに黙って鬼造を裏切らざるおえない状況になってしまったのである。  古都律華の御三家とはいえ没落の途を辿っている鬼造家は『雨』の流れも受け入れたが、彼らを支配するまでには至っていない。  天女伝説に関しても真面目に受け止めず『雨』の部族の言う通り神嫁となる生贄の少女を見繕うだけだったようだ。『雪』と恋人同士になったあられがそんな鬼造や『雨』の考え方に疑問を感じるのは自然なことである。  ゆえに四季はあられをこちら側へ引き込もうとしていた。そこでおまけのようについて来たのが妹のかすみという存在である。  だが、意外にも末妹のかすみだけが鬼造一族のなかで『雨』の血を色濃く継いでいたようで、暗示以外の特殊なちからを持っていた。それゆえ一族からは嫌悪され、離されていたのであろう。  彼女の名前が意味するのは霞。  自分の意識を霞ませて、はるか遠くへ飛ばし、見ようと思った出来事を覗き込むことのできる稀有な能力である。  その能力を持つかすみを、四季は己の名のもとに式……式神として、帝都の様子を探らせていたのだ。
いいね
ドキドキ
胸キュン
エロい
切ない
かわいい

ともだちとシェアしよう!