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第五章 天女、探求 * 3 *

   あれから。  寒河江雁が猟銃で黒多桂也乃を撃ったという事件から三日が経っていた。  桜桃はその日のことを思い出すたびに胸が苦しくなる。  ――なぜ小環は最後までしなかったのだろう。  天女を覚醒させるためには王種を持つ羽衣候補に抱かれる必要があるのだと、彼は胸だけで達した桜桃に優しく告げた。  意識を飛ばして戻ってきた直後の発言だっただけに、衝撃も大きかった。  だというのに彼は裸の桜桃を抱きしめたまま、天女伝説について語りながら、眠ってしまったのだ。  あのとき桜桃の処女を奪うことだってできたはずなのに、彼は彼女を快楽の入り口へ導いただけでそれ以上のことをしなかった。  自分に女性としての魅力が足りないのだろうか。  けれど彼は執拗に桜桃の胸に触れていたし、口づけだって交わした。  淫らな夢のなかではけして触れられることのなかった唇。噛みつくような接吻のあとに、舌先で口腔のなかまで舐められて、身体が蕩けてしまいそうになった。  あの感覚を思い出すたびに、身体が疼く。  けれど今はそんなこと考えちゃだめ。  ここは桂也乃さんと四季さんの部屋なんだし……  撫子色の緞帳ばっかり見つめている小環が気になって仕方がない。  そんな彼はさっきまでぼうっとしていたと言いながら、桜桃の背後にいた四季へ声をかけている。 「天神の娘や天女に関する噂は?」  桂也乃が桜桃を庇ったのを目撃した生徒は両手に満たない数だが、もともと娯楽のない女学校だ、すでに尾鰭がついた噂が好き勝手に泳ぎ出している。 「……いまのところあたしが天神の娘だから桂也乃さんが庇ってくれた、なんて噂は出てないけど」 「それよりもなぜ『雪』の寒河江雁が帝都清華の令嬢に銃を向けたのか、その方が話題になっている」  桜桃の応えを遮るように四季が小環に告げる。小環も頷き、当時の状況を思い出す。  この日は午前中に蝶子の神嫁御渡があったことからもともと授業もなかった。桂也乃が桜桃を庇って撃たれたのは蝶子が学校を去ってからだ。その後、天候が急激に崩れたこともあり、多くの生徒は自室に戻っておとなしく午後を過ごしていた。そのときに、猟銃を持った寒河江雁がびしょ濡れのまま寮内に入ってきて、大騒ぎになったのだ。 「あのとき、寒河江さんは抵抗する間もなく学校の私兵に連行されていったけど……」  学校内には華族令嬢など身分の高い生徒もいるため、鬼造に雇われた巡回私兵があちこちにいる。桂也乃を撃ったであろう猟銃を片手に寮内に入った雁を彼らが容疑者だと認識し、捕らえたのは当然のことだ。  四季は小声でふたりに囁く。 「どうやら鬼造姉妹が捕まった寒河江雁の世話をしているみたいだ」 「校長の孫娘たちか」  古都律華の御三家で、北海大陸の潤蕊市一帯を多額の金で買い取り我が物にしているという鬼造一族。この女学校の校長の息子が『雨』の部族の女性との間に産んだのが十六歳のみぞれと十五歳のあられという姉妹である。  小環はふむ、と納得して四季の意見をきく。 「鬼造の方も不祥事を表沙汰にするのを避けたいから憲兵へ通報はしていないはずだ。だとしたら、まだ校内で彼女は拘束されていると考えていいと思う」 「俺も同意見だ」  至極あっさりと俺、と口にする小環を見て桜桃が焦った表情を見せているが、四季はまったく気にすることなく話をつづけている。 「だとすると、彼女はたぶん地下の座敷牢にいると思う」 「座敷牢っ?」  そんなものがあるの? と桜桃が目を丸くして四季を見つめる。  小環もまた、この学校にそんなものがあるのかと怪訝そうな表情をあからさまにしている。 「この建物はもともと学校じゃなくて、カイムの民の公的な施設だったからね。その名残だよ」  てっきり公民館や図書館程度の施設だと考えていた桜桃は、罪人を裁くための独自の施設も併設されていたことを知り、そうなんだと感嘆の声をあげる。 「それで、座敷牢はどこにあるの?」 「え、もしかして行くのか?」  桜桃の問いかけに小環が驚いた声をあげる。それを見て四季はくすりと笑う。 「直談判しに行きたいんだね、さくらは」  その言葉に素直に頷く桜桃と、危ないからやめろと言いたそうな小環。  その様子をどこか楽しそうに見比べて、四季は小声で座敷牢の場所を教える。 「ただ、今日はもう遅いからやめておいた方がいいよ。それから……」 「え?」  そして思い出したように桜桃の手に小さな箱を渡す。 「夜眠れないんだって? これを使うといいよ」  淡い紫色の陶器でできた箱のなかには月白色の蠟燭が入っている。  炎を灯すと甘い香りがして、気持ちよく眠れるものだという。 「……ありがとう」 「小環も気張ってないで、すこしはゆっくり休みなよ」 「ああ」  四季は悪戯っぽく微笑んで、ふたりが部屋から出ていくのを見送る。    * * *  彼女に与えた蝋燭が、ふたりの距離を縮めてくれればいい。  春を喚ぶ天女を覚醒させるためなら、こっちだって力を貸す。  なんせあれは。 「――カイムの民直伝の、催淫作用を持つ蝋燭なんだから」
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