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第五章 天女、探求 * 2 *

 白で統一された寮内はどこも無機質だが、生徒たちが二人一組で生活をする部屋だけはそれぞれの個性が光っている。桂也乃と四季の部屋は、桂也乃の趣味なのか、緞帳(カーテン)の色が淡い撫子色で、床の敷物も薄紅色で、どちらにも愛らしい小花模様が編み込まれており、部屋全体を明るく華やいだ雰囲気にしていた。  この学校に入ってそろそろ半月が経つというのに、桜桃は他の生徒たちが生活する部屋に足を運んだことがなかった。小環はこの部屋に行ったことがあるようで、「相変わらずの少女趣味だな」などと苦笑いをしている。  だが、その部屋の主のひとりである桂也乃はここにはない。  桜桃を庇って銃弾を受けた桂也乃の意識はその後すぐに戻ったものの、失血量が多かったため、立ち上がり動くことができなくなってしまったのだ。無理に動くと治りも悪くなると校医に判断され、いまも包帯を巻かれたまま救護室での生活を余儀なくされている。  とはいえ、撃たれて半日してから桜桃たちが彼女の見舞いに行ったときにはすでに桂也乃は救護室の寝台を独り占めして優雅に本を読んでいた。彼女のそんな様子を見て、桜桃はようやく命に関わる怪我ではないことに気づけたようだ。  その傍らには筆記用具と封緘のされた撫子色の封筒も転がっていた。小環が問いかけると、暇だから帝都のお姉さまに愚痴っちゃったの、と悪戯を思いついた子どものように今日の最終の郵便船に間に合うよう無理を押しつけて彼に託したのだ。小環は自分だけに見せられた宛先を確認し、桜桃と四季を残して桂也乃の依頼を遂行したのだ……空我本宅の住所で暮らす、うら若き未亡人で柚葉の実姉である前子爵夫人、へ届けるために。  あの手紙はもう桂也乃の義姉で桜桃の異母姉、梅子のもとに渡っただろうか。  小環は混乱を避けるために桜桃に桂也乃が異母姉兄たちに手紙を送ったことを伝えていない。桂也乃もまた、桜桃にこれ以上心配させないよう小環に宛先を隠して手紙を託したに違いない。手紙の中身は気になるが、事件のことを報せただけにすぎないだろう。  それよりも、あの日を境に、小環は桜桃との距離感をうまくつかめないままでいる。  胸を愛撫しただけで達してしまった愛しい少女の身体に欲情しなかったと言えば嘘になる。  そのときの小環は確かに下半身が堅くなっていたのだ。抱こうと思えば抱けたはず。  ーーけれど一思いに彼女の処女を散らすことが、どうしてもできなかった。  彼女のなかの天女を覚醒させるためには羽衣候補の男が肉体的にも精神的にも彼女を征服し、王種を注いで孕ませなければいけない。数多の性交なくして受胎させるなど不可能だ。  とはいえそのために割り切って女を抱けるほど、小環も大人ではない。  春を喚ぶ方法として天女は王種を持つ羽衣との交合をもって真実のちからを得るとされている。  父王いわく、天女がもたらす愛蜜が北の大地を潤し、春を喚ぶのだと。  だが、王種を持つ羽衣候補の男は小環ひとりだけではない。  皇族のなかでは自分ひとりだが、皇一族と遠戚関係にあたる傍流の華族や土地神の加護を持つカイムの民のなかにも気まぐれに紛れ込んでいると考えていいだろう。桜桃の父、空我樹太朗も王種の加護があったから天神の娘であったセツを帝都へ攫うことができたのだから。  そして桜桃が恋い慕う異母兄、柚葉もまた、王種の持ち主で、彼女を大切にしているという。  小環が無理矢理処女を奪って、桜桃のなかの天女を覚醒させたと知ったら、殺されそうな気がする。  春を喚ぶだけならば、彼女だけを快楽の檻に閉じ込め、羽衣に触れさせないまま愛蜜に塗れさせればいいのではないだろうか。  手淫だけで春を喚ぶ、なんてことはできないのだろうか。  そう思ったから、あのとき達した彼女にそれ以上のことを求められなくなったのだ。  ――ただ、相思相愛の天女と羽衣が結ばれなければ栄華は齎されないんだよな。  父王は小憎らしげに忠告した。  天女が羽衣候補の男たちを選別し、権力ある者へ栄華という名の寵愛を与えることで、かの国は繁栄する。  天神の娘の想い人となれば、春を喚ぶ以上のちからをその手におさめることができる、と。  その穢れなき身も心も、自分のモノにしてしまえ。  だから小環は柚葉を想う桜桃を奪わなくはならない。  奪った上で、愛を得なくてはいけない。 「……小環?」 「悪い。ぼうっとしていた」  撫子色の緞帳が風に揺れている。  その様子を眺めながら、小環はひっそりと息をつく。
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