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第五章 天女、探求 * 1 *

 天女のちからを覚醒させるため。  そんな大義名分でいやらしいことを正当化しないで。  純粋に、あたしに触れたいって言ってよ!    * * *  小環からの文を読んだ湾は思わず芝桜の咲き誇る庭を臨める窓の向こうへ投げ捨てたくなる衝動にかられた。だが、そのまま投げ捨てるわけにもいかず、渋々細かく破り捨てて準備しておいた特殊な水に溶かしこむ。  その様子を見ていた柚葉は彼の態度を一瞥して、つまらなそうに呟く。 「黒多子爵令嬢が撃たれたそうですね」 「……知っていたのか」 「姉上への手紙にそう書かれていました」  柚葉は懐に入れておいた黒椿の印が押された撫子色の封筒をこれ見よがしに差し出す。奪い取り、便箋に記された文字を辿った湾は黙って千切り、水の中へ散らしていく。  黒多桂也乃と柚葉の姉、梅子は桜桃が北海大陸へ渡る以前から文通をしていたらしい。桂也乃は梅子を姉のように慕い、梅子もまた神皇の異母妹の娘である素直で朗らかな桂也乃を認めていたという。愛妾の娘である異母妹の桜桃よりもずっと姉妹のように見えたことを思い出し、柚葉は苦笑する。 「どういうめぐりあわせか、因縁深い相手ばかりがゆすらの周りにいるようです」  柚葉は梅子と湾からそれぞれ情報を受け取っている。梅子は桂也乃からの手紙をそのまま柚葉に渡すが、湾は皇一族の機密に関わるからと口頭で伝えてくる。まるで渡すべき情報を選んでいるかのようで気に食わないが、現時点で柚葉は皇一族を敵に回そうとは考えていないため、渋々、桂也乃の手紙と照らし合わせながら湾の言葉を確認していく。 「犯人はすでに捕まっている」 「ええ。『雪』の部族だとは思いもしませんでしたが」  桂也乃の手紙にも、小環からのそっけない文書にも、寒河江雁という見知らぬ少女の名が記されていた。彼女が桜桃を狙って猟銃を発砲したという。だが、なぜ彼女が桜桃を狙ったのかは捕まってからも黙秘しているようで、真意はわからないままだ。  桜桃を庇って肩を撃たれた桂也乃は、一時的に意識を失ったもののすぐに回復し、救護室から筆を走らせその日の郵便船で間に合うように手紙を書き上げたのだ。五日に一度の海軍定期船とは異なり、民間の郵便船は三日に一度の頻度で運航されているので急ぎの場合は便利である。とはいえ天候に左右されやすい郵便船は遅延や紛失事故、内容の漏洩などの安全性に問題があるため機密文書を送るのには不向きだ。  だが、桂也乃は梅子への個人的な手紙を装ってあえて狙撃を受けた当日の最終便に間に合うよう送っている。それだけ急ぎの報告だったということだろう。 「古都律華が『雨』だけでなく『雪』とも手を組み出したということか?」 「それはこれだけの情報ではわからない。本来『雪』は皇一族と友好的な立場にいるはずだ。だとしたら、部族とは関係のないところで動いたのかもしれない」 「とりあえず犯人は捕まったようだが、これで天神の娘が学校内にいる、ということが全生徒に露見したと考えていいだろう」  湾はやれやれ、と溜め息をつく。 「そのことを見越して、次の手を打っていたんだな?」 「……あまり乗り気ではないですが、彼女を使うしかないでしょう」  桜桃を見張り、梅子を介して報告する立場にいた桂也乃が負傷したことで、彼女の周囲は手薄になっている。湾がいうには異母弟の大松が手配した侍女が同室にいるそうだが、それだけで桜桃の安全を図るのは難しい。 「だからって、元婚約者を使うかね……」  湾は冷徹な柚葉の前でぼやく。  この男は先日婚約を白紙にしたばかりの藤諏訪家の令嬢を、桜桃の傍に従えるつもりでいる。いくら親同士が決めた許嫁だったとはいえ、藤諏訪の人間からすればいい気はしないだろう。  清華五公家のなかでの身分はいちばん低いが、資産額がとんでもない、それが藤諏訪家である。柚葉との婚姻を推し進め、長女の麗を正妻の座へと約束させた当主に、この話をいったんなかったことにさせた男は、再び婚約を結びなおす条件として選択肢を与えることなく、柚葉に縁のある三上桜という娘を見張るよう命じたのである。麗が花嫁修業という名で冠理女学校に在籍していることを知っていてのことだ。  麗は柚葉との結婚を受け入れ、ひとり北の大地で花嫁修業に励んでいる。だが、婚約をなかったことにされ、それを再び結ぶために柚葉が愛する異母妹を護らなければならないとは本末転倒ではないのか。  ……坊が藤諏訪家の令嬢と再び婚約するなんて、絶対あり得ない。  湾は桜桃のために必死に頭を働かせている柚葉に諦め混じりの微笑を向け、ひとりごちる。 「よけいややこしくなりそうな気がするぜ」
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