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第四章 天女、翻弄 * 9 *

「!」  猟銃の発砲音に、小環が無言で四季の部屋から飛び出していく。四季もまた、ちからの奔流を感じて立ち上がる。  ――天神の娘が嘆いている。  負のちからが潤蕊に雨雲を寄せ付ける。  このままちからが暴走したら、雪よりも冷たい、天が流す涙のような氷雨が降りだすだろう。 「……ミカミ・サクラ」  偽名とはいえよく考えたものだ、と四季は嗤う。  神と同等の存在として崇められ、恐れられた生粋のカシケキクはもはやいない。『天』の血を継ぐ人間はこの大陸中に溢れ、それぞれが三上や見上、御神などという姓を名乗ってはいるが、神と等しいちからを持つ者は残っていないとされていた。土地に縛られる形で神職を務める逆さ斎の一族をのぞいて。  だが、帝都からやって来た男に恋してこの地を棄てた巫女姫、セツは、身に神を宿せる生粋の『天』だった。  小環の傍にいた少女は、その巫女姫の娘。なんのちからも持たない小娘が、純血の天神のだからという理由で追い詰められ、その結果、母の故郷である北の大地に足を踏み入れることになるとは、なんたる皮肉。環境の変化に翻弄されながらもようやく彼女はここでの生活に慣れてきたように見えたというのに、さきほどの銃声で、呆気なく壊されてしまった。 「ちからを持たぬ天神の娘など、我らカシケキクの傍流と同じ。お前たちも放っておけばよいものを!」  四季は毒づきながら、粟立つ肌を両腕でかき抱く。  四季の周りにいる神々はざわめいている。天神の娘の嘆きを聞き入れるように雨雲が集ってくる。稲妻を彷彿させる騒がしい耳鳴りが四季を苛む。雷雨になるだろう。けれど、常人にはわかりようのない変化だ。ただ、天気が崩れた。それだけのこと。  もはや神々と共存する時代は終わったのか? だからこの大陸に春はやって来ないのか? 「くだらない」  天女を信じて神の血縁である神皇に嘆願した『雪』も、天女を見限って神嫁にすがる『雨』も、神に媚び諂っているだけだ。  四季の祖先は『天』に繋がりを持ちながらも土地神のいない椎斎にいた。その後、神力を肌で感じるという特殊な体質ゆえに隣の集落の神々と対話する斎として活躍したという。そこから神を持たない天に仕えない逆さまの斎、、という呼び名が生まれ、逆井に転じたというのが真実で、小環が口にしていたのは俗説でしかない。井戸を意味する姓ゆえにいまでは『雨』と同等の扱いをされることも多いが、まったくの別物であることを四季はさきほどまで小環に改めて説明していたところだった。  そしてその見返りに小環は話してくれたのが、自分たちがこの潤蕊の地にいる理由だった。 「彼女が、皇一族が欲し、古都律華が滅そうとしている天女だから」  帝都で見聞きしたことは式神が逐一伝えてくれるが、関係者の言質があるのとないのとではやはり重みが異なる。  小環との会話で、桂也乃の言っていたことは殆ど事実だと知った。そして間の悪いことに小環が彼女から離れたのを見計らって、銃弾が撃ち込まれた。天神の娘の嘆きを肌で察した四季は、その銃弾の行方に戦慄する。 「桂也乃……!」  天女を狙った凶弾を、四季の同室の友人は退けたのだ。自分の身を楯にして。
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