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第四章 天女、翻弄 * 4 *

「眠れていないんじゃないか?」  そう声をかけてきた小環に桜桃は苦笑する。 「……そんなこと、ないよ」 「だけど寮に入ってから毎晩のように魘されてるじゃないか。未だに襲撃の夢を見るのか」 「え」  帝都より北に位置している北海大陸は日没の時間も早い。  いまは曇りや雪の日が多いためなかなか太陽を拝むことはできないが、空の濃淡で時間を判別する程度にはこの場所での生活に慣れてきたつもりだ。  いつものように衝立のむこうで桜桃は夜着に着替え、寝台のなかへ潜り込んだところだ。  そういえば北海大陸に来てからは不可解な夢を見ている気がする。はじめて見たとき、神さまらしき男のひとが天女の覚醒のために自分の身体に触れていて、自分まで淫らになってしまったような気がしたけれど。  それ以降は曖昧で、夢は朝になると雪がとけてしまったかのように面影を残さない。  ただ、身体は妙に怠く感じたり、夜着に擦れた乳首が火照っていたり疼いていたりする。だからきっとはじめて見たときのような淫らな夢を見て、身体が朝まで覚えているのだろう、と思う。  ――けれどそれを小環に伝えるのは恥ずかしい。 「それは……」  だから小環に問われても応えようがなくて、つい言葉を濁らせてしまう。  そんな桜桃の反応に苛立ったのか、彼は衝立をどけて彼女が横になる寝台まで顔を見せに来る。 「ちがうのか?」 「覚えていないの」 「そうか」  申し訳なさそうに口にする桜桃に、小環は軽く首肯して、寝台の傍へ腰かける。 「覚えているのか辛いくらいに、こわい夢なのかもしれないな」  彼女が暴漢に襲われ殺されそうになった経緯は湾から聞いているが、そのなかには貞操の危機も含まれていたのだろう、男たちに群がられて抵抗できずにいた彼女は結果的に異母兄の柚葉によって救われたというが、それでも怖い思いをしたはずだ。  初日に彼女に思い出させようとして苦しめてしまった自分を呪いながら、小環はぽん、と桜桃のあたまを撫でる。 「……?」  きょとん、とした桜桃の表情が愛らしくて、小環は思わず彼女に触れた手を少しずつ下へおろしていく。  髪の毛の房を取り、そっと口づけると、困惑したように桜桃は声を震わせる。 「な、なにして……」 「ひとりですべてを抱え込むな。俺がいる」  ここに彼女が求める柚葉はいない。彼女は必死になってひとりで天女となって春を喚ぶつもりでいるみたいだが、彼女がひとりで頑張ったところで春は来ない。  けれどその真実を彼女に告げるには未だ幼く、残酷な気がする。 「焦らなくても、ときが来れば天女が春を喚ぼうと覚醒する」 「……あ」  覚醒。  その言葉で桜桃は思い出す。  天女が覚醒するには、羽衣が必要。  淫らな天女は羽衣を求めて発情する。  王たる種を持つ男に、春を孕ませてもらうため。 「小環は知っているの? 天女を覚醒させる方法」  桜桃の髪に触れていた小環はその言葉に手を止め、真剣な表情で彼女を見つめる。 「ああ」  とはいえ、この場でいますぐ強引に彼女を抱いたところで天女が降臨するとは思えない。  だから小環は桜桃がこれ以上問いかけることのないよう、彼女に告げる。 「けれどそれは、もう少しあとにならないと無理だ」  この土地に棲まう神々に愛されし天女を王たる種を持つ羽衣が抱き、春を孕ませる。  桜桃のなかの天女を覚醒させるには、その無垢な身体を男たちが与える快楽で溺れさせなくてはならない。  そのことを、口にするのは憚られる。  いまはまだ、穢れなき乙女のままでいてほしい。  神々に愛される宿命の彼女をいまは自分だけのものにしたい。  彼女がほんとうに求めているのが自分ではないとしても。 「そっか」 「今夜は眠るまで傍にいてやるから。難しいことなんか考えないでとっとと寝ろ」  ぽん、とふたたび頭を撫でられて桜桃は頬を薄紅色にする。 「うん」  小環が傍にいてくれる。  その言葉に、桜桃はすこしだけ嬉しくなって瞳をとじる。 「ゆっくりおやすみ」  すぅ、と寝息をたてはじめる桜桃を見て、小環は微笑を浮かべる。  ――でも、すこしだけ。  寝入った彼女の額にそっと、願いを込めて口づける。  異母兄のことばかり見ないで、俺のことも見てほしい、と。
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