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第四章 天女、翻弄 * 2 *

 授業は講義と実習が半々くらい。曜日によっては刺繍だけの日や授業が休みになる日もある。華族令嬢が花嫁修業のために通うのが前提の学校なので、礼儀作法や家庭科などが必修とされている。  桜桃は初めての授業で手渡された手巾に慣れた手つきで刺繍を施していく。隣の席にいる小環は何度も指に針を刺して顔を顰めながらも桜桃に負けるものかと必死の形相で針を動かしている。 「算術なら負けないのに……」 「商人に嫁がれる方は算術も選択できるみたいだけど、あたしは受けないよ」  数字なんてわけがわからないもの、と言いながら幾何学模様を生み出していく桜桃を見て小環も頷く。 「必修科目だけでいい。目立つ行為はするな」 「わかってますって」  ほんとうにわかっているんだろうかと疑問に思いながらも小環は彼女から目を離すことなく周囲を見渡す。自分たちに注がれていた視線を見返すと、清楚な風貌の少女が微笑み返してきた。たしか彼女の名は清華五公家に入っていた…… 「小環? 手が止まってるよ」 「うるさい。いま考えごとしてたの」 「考えごとしてる方が作業はかどると思うんだけどなあ」  桜桃が自分の作業に戻ったのを見て、改めて彼女を探す。まだ見ている。そうだ、藤諏訪の人間だ。彼女もまた、桜桃を監視する立場に違いない。隣室の黒多桂也乃と違い、接触する気はなさそうだが…… 「放っておいていいか」 「何が?」  気づけば桜桃の手巾には華やかな星型の花の刺繍ができあがっている。 「……躑躅花(つつじはな)か」 「うん。こっちでは躑躅はおろか桜もまだ咲いてもいないんだね」 「そうだな」  帝都では桜が満開になり、躑躅も咲きはじめているというのに、この地では未だ、蕾が膨らむ気配もなく、どんよりとした空の下で冬と変わらぬ寒さが続いている。  桜桃との共同生活はそれほど大変ではない。部屋が同じとはいえ、寝台は別々で衝立が常備されていたし、身体を拭くことのできるよう水場も整えられており、寮の外にある共同風呂を使うにも人目を使う桜桃と小環にとって有難い配慮が隅々に行き渡っていたからだ。  とはいえ、桜桃は襲撃のショックから立ち直れないのか、夜になると悪夢を見てしまうらしい。  彼女の悲鳴でしばしば目を覚ますものの、彼女が何も言ってこないので小環も深くは干渉できずにいる。  まだ潜入して二日目だ。落ち着くにはもう少し時間がかかるだろう。  そう思いながら小環は楽しそうに刺繡に興じる桜桃を見つめる。  ――どこにでもいるようなお嬢さんだと思うんだけどな。  天女は王となりえる男を受け入れるため神々に愛された身体を捧げるのだという。  羽衣となりうる男を求めて欲情するだろうから、快楽の檻に閉じ込めて可愛がってやればいいと言われた。  そんな父皇の話から、もっと蠱惑的な女性を想像していたが、義兄が連れてきたのは性交すら知らなそうな無垢な少女だ。未だ事情も知らぬ彼女を襲って孕ませるなど、できるわけがない。 「どうかした?」 「……いや」  思わず彼女の乱れた姿を想像し、小環は顔を顰める。  冬将軍を退け、春を喚ぶためとはいえ……  彼女のなかの淫らな天女を覚醒させるのは、気が引ける。 「へんな小環」  桜桃は小環が自分を裸に剥いていかがわしいことを妄想しているとはつゆ知らず、はぁと溜息をつく。  授業初日は穏やかに、けれどどこか気だるげに過ぎていく――……
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