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第三章 天女、邂逅 * 7 *

「緑潤す時雨の帳  湖水の如き青い霧  白雪積もりし寒き凍土(いてつち)  夢の世界は赤き風に燃され  残滓の灰は黒き闇に逆らう  我ら界夢(カイム)、天を恋う  此の世の眩き栄華を  彩られし永遠(とこしへ)の春を  舞い降りし天女が咲かせし……」  儚い歌声が女学校の寮に響く。少女は開けっ放しの窓から入ってくる冠理岳からの刺すような冷えきった風を気にすることなく、古の時代に語り継がれた神謡を囀りつづける。 「鮮やかに、時の花、此の華……」 「また歌っていらっしゃるの、四季さん」  四季と呼ばれた少女は、残念そうに口を閉じ、自分を呼んだ少女の方へ顔を向ける。 「神々が騒がしいんだ、桂也乃(かやの)神謡(ユーカラ)を詠っていても、ちっともおさまらない。どうしてだろう」  肩で切りそろえられた赤みがかった黒髪に緑がかった灰色の双眸を持つ四季は、困惑した表情で桂也乃に問いかける。  生まれながらのカイムの民である彼女が戸惑っている姿を見て、桂也乃は言葉を濁らせる。帝都から花嫁修業を行う形でこの女学校に入った桂也乃に、土地神の声は聞こえない。だから気休めになる言葉も口にできない。  四季は黙り込んでしまった桂也乃を見て、諦めに似た微笑を浮かべる。 「だいじょうぶ。気にしないで」 「……四季さん」  四季の神謡は桂也乃にもわかるよう、古語を訳し詩を吟じるように諳んじられている。それでもすべての意味を理解することは難しい。  だが、桂也乃はかなしそうな四季の表情を見て思わず口にしていた。 「天女」 「え?」 「きっと、この土地に天女が……カシケキクの末裔である天神の娘がやって来たから、神々が騒がしいのよ。だからあなたはここにいた。そうでしょう?」  桂也乃は内緒話をするように四季に耳打ちする。四季はふっ、と微笑を浮かべ、頷く。 「――知っていたのか」  黒多桂也乃。帝都清華五公家に属する黒多家のお嬢様は誇らしげに微笑み、同室のカイムの民、逆井(さかさい)四季と互いに持っていた秘密を共有したのである。
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