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第三章 天女、邂逅 * 6 *

 皇一族は古代、人間と神々が共に暮らしていた時代に種族の壁を越えて契りを結んだ稀有な一族の末裔である。その神の名をこの国の人間は始祖神と呼び、その血が流れる神皇を民は現代まで崇めつづけている。 「原始の王は人間の男。母なる女神を見初め結ばれたふたりはその土地を治めるようになり男は神皇の帝となる……幾星霜ものあいだ語り継がれてきた皇一族のはじまりの歴史だ」  神話を語るような口調で、小環は桜桃にわからせるつもりで丁寧に言葉を紡ぐ。 「やがて、女神は男の子どもを孕み、神と人間の血をもった息子が産み落とされる。彼は両親が愛した土地を引き継ぎ、その土地に生きる女と婚姻し、またその子へと継承させていく。直系の子孫は皇と呼ばれ、歳月とともに皇は神皇帝に連なる(かばね)へと意味合いを強めていく」  戦乱の世が訪れたときも、神の加護ゆえか、皇一族に火の粉が降りかかることはなかった。 「そして現代。始祖神の血を色濃く継いでいる俺の父、名治は、よりによって三人の女から四人の息子をこの世へ送り出した」  そのうちのふたりが、桜桃の目の前にいる。ひとりは皇位継承権を持たず、川津家に婿として追い出された湾。そして、もうひとりが前の正妃である蛍子が産んだ第二皇子、小環。 「皇位継承権を持たない(わん)義兄上のことはお前も知っているだろうが、あとの人間についてはよくわからないだろ?」 「先の正妃であられた蛍子さまにふたりの皇子が、いまの正妃であられる冴利さまにも皇子がひとりいらっしゃるってことは知っているけど……」  皇后妃の家柄までわかるわけがない。 「俺の死んだ母は旧姓が美能だ。要するに帝都清華の五公家から嫁いできたんだ。嫁入りしたのは伊妻の内乱が勃発する前、二十年ほど前で、空我侯爵が天神の娘……いや、わかりづらいからお前の母君と呼ぶ……を帝都へ連れて来たのがその内乱後になる。だから、俺の母も天女伝説を耳にしていたんだ」  桜桃の父が名治神皇へ真実を告げたときに、蛍子もそのことを知ったのだろう。此の世界の栄華となる春を喚ぶという北海大陸の天女伝説は、蛍子の記憶に強く残っていたに違いない。 「だから俺やひとつ上の大松(たいしょう)兄上は生まれた頃から寝る前のお伽噺として、夢見がちな母からその天女伝説を聞かされていた。それが現実なのか知ろうともしないで……」  蛍子は小環が六歳の時に病気で亡くなったという。だが、天女伝説を真に受けたのを危険視されて暗殺されたのかもしれない、と小環は淋しそうに笑う。 「母上が死んで三年の喪が明けたあとに名治の正妻の座についたのが冴利だ。彼女は古都律華の水嶌(みずしま)家出身。御三家と比べると格下だが歴史は川津家と引けを取らない。名治が求婚したことを考えると政治的な結婚ではないだろう。翌年には息子も生まれている。それが第三皇子の青竹(きよたけ)だ」  冴利は蛍子と比べると何から何まで違う。蛍子との結婚が帝都清華を使役するための政略結婚だったのと違い、冴利とは名治が希ってようやく結婚することができたのだから、当然ともいえよう。 「だが、冴利は我が子可愛さから、息子を次の神皇にしたいと父に懇願するようになってしまった。おまけに空我邸襲撃の報を受けて、彼女は天神の娘にうつつを抜かす父や前妻の息子とは逆の意見を唱えて古都律華の人間を自分の味方にしてしまったんだ」  そこまで詳しいことは知らなかったのか、湾も小環の話をきいてふむふむ、と頷いている。 「……それで後継者問題か」  名治が神皇帝になって新興勢力である帝都清華を重用しだしたことで歴史ある古都律華は誇りを傷つけられ、憎しみを保ったまま今日まできている。その後、帝都清華に属する五つの華族が名治神皇によって公に定められ五公家と称されるようになってからは古都律華の御三家の名は薄れていった。そのことに納得がいかなかった伊妻が北海大陸を拠点に独断で挙兵した。その結果、一族は残らず処刑され、伊妻の家は取り潰され土地と財産は皇一族に帰属してしまった。残された古都律華の肩身は狭まる一方である。  その後、年月を経て起きた空我邸襲撃事件と天神の娘の失踪。表向きは古都律華出身の侯爵夫人が愛妾の娘を憎んで暗殺者を雇ったとされているが、名治神皇は伊妻の残党が絡んでいると踏まえ、彼らが皇一族の脅威となりえる天神の娘を旗印にするために再び動き出したのではないかと考えたのである。 「でも、あたしは殺されそうになったよ?」  旗印として伊妻が使うのなら、殺すのはおかしいのでは? それとも、皇一族を崇めるがゆえに天神の娘を恐れた古都律華の暴走か? どっちにしろ、桜桃にとってみればたまったものではない。 「その辺は俺もよくわからん。だが、父は伊妻の残党狩りを軍部に命じている。伊妻の生き残りがいるのは確かなんだ。天神の娘を狙ってこの伝説の地に潜んでいると考えていいだろう」 「で、なんでお前が女装してこんなところにいるんだ?」  湾の言葉に、小環は顔を真っ赤にして反論する。 「俺は囮だ。篁の名を使えば一族に詳しい人間なら勘付くだろ? 義兄上の母君は北海大陸出身。事件後、皇一族の援助を経て天神の娘が名を変えてこの女学校に潜入したと考える人間は少なくないはずだ。そのときにお前から目を背けさせるなら、俺が篁の名を使ってお前に近寄ってくる人間をこちらに誘導することができる。帝都にいる人間の多くは三上という苗字にそのような意味があることを知らないからな」  湾義兄上が天神の娘を北海大陸へ連れてくることは名治神皇の耳にも入っている。そこから天神の娘を排除しようとする冴利と古都律華も情報を手に入れてしまうのは避けられない。ならばいっそ、敵をこちらで捌けばいい。  そう言って、小環は桜桃に向き直る。 「だが、俺がここにいるのはそれだけではない。伊妻の残党狩りと天神の娘の確保を終えてからもすべきことがある」  それは、神々と共存する北海大陸の古代民族、カイムの中でも純血を残しつづけている北東部に暮らす『雪』の部族、ウバシアッテが、名治神皇に奏上した嘆願だった。  伊妻の乱が終息し、巫女姫の役目を終えた天神の娘が空我侯爵のもとへ嫁ぎ、北海大陸の開拓が本格化するとともに、徐々に異変が現れたのだと彼らは訴え、始祖神の末裔を頼ったのだ。 「土地に棲まう神々が邪神と化し、大陸を黒き闇へ葬りこもうとしている。このままでは大陸は氷に閉ざされた永久凍土となり、春は来ない。始祖神の末裔よ、舞い降りし天女と原因を探り、神々を改心させ春を喚べ。と」  その言葉に、桜桃は目を見開く。 「……舞い降りし天女」  小環は軽く首肯し、桜桃を見つめる。 「決まってるだろ。お前のことだ」  そして始祖神の末裔の代表として、小環がに選ばれたのだと。
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