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第三章 天女、邂逅 * 4 *

 湾の説明を受けた小環はこくりと頷き、ゆっくりと口を開く。 「空我邸襲撃に古都律華が関わっているのは俺も感づいていたが、そうか、空我侯爵の奥方が川津の人間だったのか……」 「黒幕は別にいるだろうが、義妹が暗殺者を手引きし、使用人もろとも嬢ちゃんを殺そうとしたのは確かだ」 「決めつけるのはよくないと思うぞ。証拠でもあるのか」 「……ゆずにいが」  湾に厳しく追及する小環に、桜桃がぽつりと言い返す。  その甘ったれた声に、小環は苛立ちを隠せない。 「柚葉だっけ、お前の異母兄。彼も共犯って可能性は?」 「それはない。彼が嬢ちゃんを俺に託した」  きつい口調の小環を諌めるように湾がきっぱりと応える。桜桃は困惑した表情で小環と湾の顔色をうかがい、右往左往している。 「ふうん。だとすると怪しいのは実子だっていう湾の意見が正しく見えてくるな。だが、もうひとり可能性のある人間を見落としてはいないか?」 「義姉上は、そういうひとじゃないわ」  樹太朗の長女、梅子のことを指摘され、桜桃が噛みつく。たしかに彼女は桜桃を蔑んではいたけれど、疎んではいなかった。彼女は正直な人間だ。桜桃が天神の娘であることを知っているのなら、後味悪く殺すよりも利用する側に立つはずだ。  そのことを暗に匂わせると、小環は話の矛先をあっさりと翻す。 「暗殺者は銃弾を受けて死んでいたそうだ。お前の異母姉兄は銃の扱いに長けていたそうだな。返り討ちにしたのは柚葉か」 「……」 「責めているわけではない。暗殺者を殺さなければお前が死んでいただろうからな。正当防衛で罪に問われることはない」  そのときの状況が桜桃の脳裡で閃き、目の前が真っ暗になる。小環が淡々と事実を述べていくに従って、桜桃の顔色から赤みが抜けていく。 「小環、もうやめとけ。まだ三日も経ってないんだ。嬢ちゃんにそのときの状況を思い出させても意味はない」 「意味ならある。彼女が天神の娘であるから、此度のようなことが起きたのだ。逃げてばかりいては今後、すぐにやられるだろう。身を持って思い知り、けして逃げずに向き合うことができなければ俺はお前を護れぬ」  湾の制止にも関わらず、小環は桜桃に残酷な記憶を思い出させようとする。掘り起こされる忌々しい朔日の出来事。見知らぬふたりの男に追いかけられ庭で首を絞められたまま乱暴されようとして……恨むなら、天神の娘であることを恨め、と。  桜桃は死んだ魚のような濁った瞳から、雫を垂れ流していく。自分が泣いていることにも気づかず、蒼白い顔色のまま、すべてを遮断することもできずに、硬直している。それが彼女のためだと小環は言う。だが、やりすぎだ。 「小環!」  たまりかねた湾が小環の前で動かなくなった桜桃を抱きよせ、背中をぽんぽんと優しく叩く。するといままで凍りついていたのが嘘のように桜桃の肌に血色が戻り、濁っていた灰色の瞳も、もとの澄み切った榛色へと戻っていく。 「……小環のいじわる」  そして、弱々しく発せられた詰る声に、小環は息をつく。言いすぎた。 「悪い」  桜桃を抱える湾に睨まれて、観念する。彼は彼女を護るためにこの女学校へ潜入させたのだ。自分が彼女の傷を抉ってどうする。 「だが、義兄上が帰ったら俺しか味方はいないと思え。そのために痛みを忘れないで欲しかったんだ」 「痛みならいまだって我慢してるわよ。でも逃げなきゃいけなかったから、頑張っていたのに」  どうして小環は桜桃の琴線をこうも簡単に掻き鳴らすのだろう。柚葉はそんなことけしてしないのに。 「わかったわかった。ふたりとも落ち着け。ったく、俺が帰ったらどうなるか不安だな」  苦笑を浮かべながら湾がふたりに声をかける。ぎくしゃくしていたふたりのあいだの空気がすこしだけ軽くなる。 「それより、今度はそっちの事情を教えてくれねぇかな? 小環皇子よ」  桜桃がこの女学校に潜入した経緯は話し終えた。次は、小環の番だ。
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