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第三章 天女、邂逅 * 1 *

  ――神々が邪神と化し、大陸を黒き闇へと葬りこもうとしている。   舞い降りし天女よ、神々を改心させ春を喚べ。   選びし羽衣をその身に抱かせて。    * * *  赤葡萄酒を硝子の器に注ぎ、照明の白いひかりに反射させる様子を眺めながら、冴利(さえり)は目の前にいる男へ冷たく応える。 「至高神と縁を結んだ天神の一族など、滅ぼしてしまえばよいのじゃ。かの地を統一することに成功したのは古都律華の川津に鬼造、そして伊妻。御三家たる彼らがこの国を支えたからこそいまがあるというのに、成金あがりの帝都清華に勢いを殺がれいまでは家名だけ保つので精一杯な見栄っ張りと金の権化しか残ってないのは嘆かわしい限り。ましてや伊妻は妾が嫁した皇一族に牙を向け自滅しおった。これも帝都清華の五公家連中のせいじゃ! 名治さまが彼らばかり贔屓するからいかんのじゃ。妾というものがありながら……そうは思わぬか、繁光(しげみつ)?」 「后妃さまのおっしゃるとおりでございます」  繁光と呼ばれた男は素直に頭を下げ、いまの神皇帝の皇后妃である冴利の言葉を待つ。 「北の僻地の天女伝説など捨て置けばよいのじゃ。だというのに名治さまは天神の娘を手元に置こうとされておる。空我当主の座が樹太朗の元にあるうちに殺したかったというのに……ああ憎らしい、篁の息子め」  くい、と赤葡萄酒を口に含み、喉を潤してから冴利は呟く。  鬼造の連絡はすでに冴利のもとに届いている。帝位を継承する前の名治が若い頃に子を産ませた北海大陸の先住民、篁八重の息子、湾が冠理女学校へ天神の娘と思しき少女を連れてきたという情報に嘘はないだろう。 「そうは思わぬかえ? あの男が将来、川津はもとよりぬしの財産をも喰らう悪鬼になるのは目に見えておる。皇一族の面汚したるあの男も、伝説に翻弄される前妻の息子もうさんくさい天神の娘ともども抹殺してしまえばよいのじゃ!」  そうすれば、名治さまも気が変わるはずだ。至高神などいなくても皇一族はいままでのようにやっていけるのだと痛感し、惑わされることのなかった自分たちを高く評価するに違いない。そうすれば、天女騒動に巻き込まれて命を落とした皇子のこともすぐに忘れ、冴利が生んだ青竹(きよたけ)たったひとりだけに愛情が注がれる。そして次期神皇帝の玉座を冴利が支配し、この国を更なる繁栄へと導くのだ。 「そのために、疑わしき芽は摘んでいかねばならぬ。鬼造の女学校へ入ったであろう篁の娘、ふたり……ひとりは侍女かもしれぬが、どちらかが天神の娘と見てよいだろう。一応、鬼造にも処分を命じておるが、あいつは弱虫で金にならないことはしないからな……こちらからも手を打ちたいのじゃ。協力してくれるな」 「勿論です。ちょうど良い娘がおります。きっと后妃さまもお気に召されると存じます」  繁光は懐から白黒の写し絵を差し出す。そこには端正な容貌(かんばせ)の少女の姿がある。 「さる事情で預かった娘ですが、生まれに問題がありまして鬼造が女学校を創設した際に厄介払いしたのですよ。彼女を使えば、例の天神の娘……いえ、空我樹太朗の娘を探し出し、存在を消すことも容易くなるかと」 「ほう。それは興味深い。やり方は任せるが、名治どのや他の皇子には秘密裏に頼む。それとな」 「何でございましょう」  杯をあおった勢いで赤葡萄酒の雫が艶めかしい唇を妖しく潤し、ひとすじ、血のようにあぎとへ伝う。冴利は真っ白な絹の手巾(ハンカチ)で真紅の水滴を素早く吸いとると、無造作に卓へ戻しながら、淡々と告げる。 「空我邸の事後処理は終わっている。悪く思うでないぞ」  その意味を繁光が悟るのは、皇一族が住まう帝都内にある伽羅色の煉瓦造りの離宮、入陽宮(いりひのみや)にて冴利との密談を終え、身を寄せていた屋敷へ戻ってからだった。
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