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第二章 天女、潜入 * 6 *

 開け放たれた黒光りのする門の先に拡がる円形庭園では深緑色の軍服を着た兵士たちが二列に並んで湾と桜桃を待っていた。湾は彼らを無視してずんずん前へ進み、蔓のような模様が刻まれた複雑な飾り門の前で声高らかに名乗りをあげる。 「川津です。ただいま到着いたしました」  すると、ぎぎぎぎぎと大仰な音を立てて、門扉が開いていく。 「これはこれは川津さま、お待ちしておりました。そちらの方が、入学を希望されるお嬢様でございますね」  中へ入ると吹き抜けの天井が桜桃たちを迎える。受付玄関と記された木の板が立て掛けられている出窓から老齢の紳士の顔がのぞく。桜桃は無言でぺこりと礼をし、湾の顔色をうかがう。 「こちら、この学校の校長、鬼造先生。先生、こちらの娘は桜」 「三上桜です」  慣れない名を名乗り、桜桃は校長と呼ばれた鬼造に再び礼をする。ゆったりとした足取りで鬼造はふたりの前へ姿を現す。足が悪いのか黒檀のステッキを右手に持っている。  その横で、湾は淡々と話をつづけていく。 「……詳細は書類の方でお伝えしたとおりです。ところで、部屋の方の準備は?」 「ええ、ただいま荷物を運び終えたところでございます。もうひとりのお嬢さまが先に部屋でお待ちですよ」 「え?」  桜桃が小声で驚きの声をあげる。いつの間にそんな手配をしたのだろう。湾の方を見ると、彼も虚をつかれた表情をしている。  ふたりの反応に気づくことなく鬼造は上機嫌で話をつづけている。 「ご案内します。そちらの方も篁さまのご紹介とのことでしたから部屋替えをさせていただきました。歳も近いようですからきっとすぐに仲良くなれると思いますよ」  そう言って鬼造は歩き出す。最初のうちは引きずるように右足を進めていたが、気づくと健常な左足と同じようにすんなりと歩を進め、桜桃と湾から離れていた。  ……篁さまのご紹介?  その言葉を聞いて無表情になってしまった湾を見て、桜桃にも緊張が走る。  篁という名を下賜されているのは湾と湾の母、ユヱだけだったはずだ。それにいまの湾は妻、米子の姓である川津を基本的に名乗っている。桜桃と同年代の少女で篁の名に該当する者はいない。となると、天神の娘を狙う何者かがすでに桜桃の行方を予測し行動している可能性が強い。が。 「そうですね、彼女が傍にいるならこちらとしても心強い」  湾は鬼造の言葉に強く頷き、あとへ続く。そんな湾を見て顔を強張らせている桜桃に、安心させるように耳元へ囁きが落ちた。 「……たぶん俺の親類だ。おおかた大松あたりが気を利かせて侍女でも寄越したんだろう。俺も部屋までついて行くから心配するな」 「うん」  とりあえず追手ではないと知り、安堵の息が零れる。  その間も鬼造は前へ進んでいく。どうやらわけあり親娘の会話を耳に入れないよう配慮しているようだ。  やがて、鬼造の足が止まる。白い石でできた階段を前に、鬼造が申し訳なさそうに告げる。 「この足ですからご案内できるのはこちらまでになります。階段をのぼりましたら左手奥へお進みください。荷物で溢れておりますのですぐにわかるかと存じます」 「足が悪いのに案内させて申し訳ない。あとはふたりで行きますので大丈夫です」  湾が頷き、桜桃の手を引く。硬い白い石の階段は靴の上からもひんやりとした感触を想像させる無機質さがある。カツカツ、音を響かせながらのぼっていく。  ふたりが上階へ姿を消すのを見送ってから、鬼造は踵を返し、受付に据え付けられた電話を手に取る。 「――さきほど到着されました。どちらも偽名と思われますが、ええ、お嬢様がふたり。です。ひとりしか心当たりがありませんか? そうですか。でも篁さまの方には神皇帝の印もついております。どちらかといえば最初に到着されたお嬢様の方が天神の娘とお呼びして相応しい方と思われますが……え、処分されるのですか勿体ない。うちに男子(おのこ)がいればぜひ譲っていただきたいものを……失礼。それでどちらを? まどろっこしいから両方とも? 幾らで? その程度でそこまでするのは……」  暗い鬼造の声を聞くものは、受話器の向こうで耳を傾ける主以外、誰もいない。
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