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第二章 天女、潜入 * 5 *

「樹太朗は内乱を治めた後、セツさまを帝都へ連れ帰って妻にした。彼女が天神の娘だということは秘せられたけど、彼は主である神皇帝だけには真実を告げたんだ。彼女はカイムの地で至高神の血を与えられてはいるが、ちからのないひとりの女性である、ゆえに恐れる必要もないと」 「それで納得したの?」 「表面上は。だけど裏では何かしていたかもしれない。樹太朗にはすでに川津家から迎えることになった実子さまがいたからね……彼女に情報を与えて疑心暗鬼にさせることなど簡単なことさ。主人が仕事から戻ってくる際に得体の知れない女を妻にするために連れ帰ってきてるんだ。現にその女は巫女姫で不思議なちからを使う、と知ったら忌々しくもなるだろう?」 「……そういえば、実子さまは顔を合わせるたびに母を女狐とか魔女とか言って呪っていました」  そんな実子を母は仕方がないと諦めていたそぶりがある。夫を奪い合う立場にある愛妾と正妻が仲良くすることなどできっこないのだと。  本宅と別邸と住む場所は隔てられていたけれど、同じ敷地内にあるから完全に顔を合わせないことは不可能だった。それに、桜桃が生まれてからも、実子だけは別邸へ足を運ばなかった。彼女の息子の柚葉はこっそり遊びに来てくれたけど…… 「もしかしたら、実子さまがそれを他のひとに漏らしたってこと?」  自分の主人が囲っている愛人はこの国を揺るがす最強の神の血を持つ危険な女だったと。 「その可能性が一番高い。セツさまが亡くなって樹太朗が海外へ出奔してからも、嬢ちゃんは隔絶されたままの生活だったろう? 嬢ちゃんが別邸で暮されたのは樹太朗が大切にしているからって正当な理由があったけど、妻からすれば愛妾の娘の特別扱いすら憎しみの対象にしかならないわけさ。幽閉だ」  実子の娘と息子はそんな母親を疑問に思いながらも桜桃の存在を受け入れていた。  梅子は異母妹の桜桃を身分の低い愛妾が生んだ苔桃などと呼んで貶しはしていたが、実子のような暗い憎しみや殺意は持っていなかった。柚葉もまた、桜桃が愛妾の娘ゆえに幽閉同然の生活を強いられているとばかり思っていたのだから、ふたりはこの襲撃とは無関係なのだろう。そうだと思いたい、と桜桃は心の中で祈りながら、確認をするように口をひらく。 「じゃあ、実子さまが黒幕で、お父さまが行方知れずになのをいいことに、何者かと共謀したの……?」 「それはまだわからない、けど」  言葉を切って、湾は苦笑する。 「殺されるのも捕まえられるのも利用されるのもイヤだろ?」 「うん」  神皇帝が持つ血よりも尊く、神を宿らせ不思議なちからを持つという天神の娘。桜桃にその巫女姫のちからがなくても、その血を求める愚かな人間がいる限り、彼女はその運命を受け入れ、戦わなければならない。 「セツさまは、それを知っていたから樹太朗に、嬢ちゃんを敷地の外へ出してはいけないと言葉を遺して亡くなられたんだ」  ぜんぶ、いなくなった樹太朗の受け売りだけどね、と笑いながら湾は告げる。  外へいっては駄目よ。そう、優しく諭してくれた母の声が内耳に響く。桜桃は疑うことを知らないまま、セツの言葉を受け入れていたことに気づく。まるで暗示をかけられていたかのように。 「でも、安全な鳥籠は壊されてしまった」 「そして、こうも言った。もし、万が一、天神の娘が外へでてしまったのなら……」  ガコン、と箱馬車が停まる。どうやら、目的地へ着いたらしい。 「北の大地へ、カイムの待つ土地へ連れて行け、ってね」    * * *  篁家に仕える御者に湾が呼ばれて竜胆の印が記された馬車から降りて、桜桃の腕をとる。窓のなかった箱馬車にいたから、草地に足を乗せたときに仰ぎ見た世界の明るさに、桜桃は眼を瞠る。  真っ青な空に黄金色の太陽。雪の残る峻険な峰々。そして桜桃たちの降り立った場所からすこし先に鎮座している場違いな異国風建物。古代の王朝がそこで(まつりごと)を行っていたかのような趣の、白亜の神殿。  桜桃は立ち尽くし、口をぱくぱくさせる。 「古都律華の御三家のひとつである鬼造(きづくり)家が創設した女学校……冠理(かんむり)女学校だ」 「これが……学校?」 「そ。開校して間もないけれど、全寮制の女学校ってことで一部の華族の間では重宝されている」 「なんで?」 「正妻に疎まれたりしているわけありの娘を厄介払いするのに最適なんだと。その上花嫁修業もできて一石二鳥。えらい商売考えたものだよ」 「なるほど……」  たしかに、桜桃が隠れるにはもってこいの場所かもしれない。帝都から離れた遠い北の大地にある開校して間もない全寮制の女学校。 「入学資格は十五歳から十八歳までの女子。身分についての制約はなし。つまり、莫大な学費と生活費を払うことができれば年頃の女の子なら誰でも入れるという仕組みさ。ま、生徒の大半がわけありの華族の娘だろうけどな」  その、わけありの華族の娘のひとりである桜桃もまた、この女学校に身を隠すべく偽名で入るというわけだ。空我の名は出さない方がいいと湾に言われたこともあり、桜桃は母、セツの部族、カシケキクが使っていた「ミカミ」を名乗ることになっている。神を身に宿らせる、がその由来だという。  前日、湾が渡してくれた書類に「三上桜(みかみさくら)」という見慣れない署名を書かされた。安直だが、桜桃、という名から桜の字を残すことにしたのだ。ゆすらとさくらなら違和感もないだろ? と湾が提案し、苔桃よりマシですと桜桃も笑って受け入れたのである。  ……なんてことを思い出している横で、湾は建物についての説明をしている。 「もともとはカイムの民の集会所だったところを買い取って開校したからこうなっているんだ。ちなみに寮は二人部屋だけど、いまのところ嬢ちゃんのところは空き部屋になっている」  身元保証人の欄には湾の署名がされている。川津家の娘婿だった経緯を知る華族たちはもちろん、ひとには言えないワケありの娘が入ってくることも日常茶飯事であるこの学校の関係者も、「三上桜」の身の上について疑問に思うことはないだろう。身元を偽っても問題ないよう湾が準備してくれたことに桜桃は改めて深く感謝する。 「何から何までありがとうございます」 「俺にできるのはここまでさ。あとは自力で生き延びるんだ」 「……え」 「ここは全寮制の女学校だ。男子禁制。俺がここに入るのは手続きする今日だけだ。わかったな」  ぽかんとする桜桃を見て、突っ立ってたら風邪をひくぞと笑いながら、湾はいつものように彼女の手を引っ張っていく。
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