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 その後、ニナのもとには入れ代わり立ち代わり多くの人間が訪れた。  まずは今後の勉強を受け持つ家庭教師が七人。それぞれこの国のプリンセスとなるにあたり必要なものを叩き込んでくれるらしい。礼儀作法はもちろん、歴史や他国の言葉まで学ばされると聞き、さすがにニナは目を白黒させた。  とはいえ、もともと本を読むことが好きで、知識を得ることに抵抗がない。それを思えばまだ頑張れるかもしれなかった。他国の言語を学べば読める本も増えると聞けばなおさらで。  その次に訪れたのは世話をする何人ものメイドたち。主に担当してくれるメイドの名前はユーノと言った。栗色の巻き毛がかわいらしい、愛想のいい少女だったことにニナは内心ほっとする。  他にも着替えを担当だの、湯浴みを担当だの、目まぐるしく顔合わせが行われた。覚えられた名前はほんの数人で、それ以外は右から左へと抜けていってしまう。そのことに申し訳なさを感じながらも、そろそろニナは限界を迎えていた。  忙しい時間が落ち着いた後はユーノによって城を案内してもらうことになる。 「こちらが食堂になります。基本的にお食事は一人で取っていただくことになりますが、食べられない物はございますか?」 「食べたことのない物は多そうだけど、大丈夫だと思います」 「……ニナ様、私や世話をする者に対して敬語を使わずともいいのですよ」 「でも、ユーノさんは私よりこのお城に詳しいんでしょう? お義母様は自分より優れている方に敬意を払うのが大切だと言っていたの。だったら敬語を使うべきなんじゃないかしら……」 「お気持ちは嬉しく思います。ですが、ニナ様はそもそも私たちとはお立場が違います。例え城にいる時間が長くとも、私たちが優れていることにはなりませんよ」 「……昨日まで私もこんなに立派な立場じゃなかったんです。むしろ、お城で働いているユーノさんたちの方がよっぽど……」 「どうかお願いいたします、ニナ様。……レンド様に知られたら私どもが怒られてしまいますから」 (……この人、話せそうだわ)  少しだけ茶目っ気を見せて言ったユーノを前に、ニナはそう確信する。 「分かりまし……いえ、分かったわ。これからはユーノと呼んでもいい?」 「はい、ぜひ」  よかった、と心から安心してニナは微笑む。 「一人で不安だったの。これからよろしくね」 「……なにかありましたらすぐにお申し付けくださいね。特に……レンド様のことでお困りのことがあったらすぐに」  その言葉にニナは首を傾げる。  先ほどもユーノはレンドのことを気にしているようだった。この城の主であるはずの国王より。  それはニナの夫となるからというよりも、別の理由があるように思えた。ただ、それを突っ込んで聞いていいのかどうか、まだニナには分からない。 「困ったときはユーノを呼べばいいのね。覚えておくわ」  それだけ答えて頷く。  ユーノはなにか言いたげにニナを見て、結局なにも言わずに視線を逸らした。  ぐるりと城を回って部屋に戻ってくると、すっかり夜も遅くなっていた。  くたくたに疲れ果てたニナがベッドに寝転がろうとすると、ユーノがすぐにそれを止める。 「ニナ様、湯浴みをいたしませんと」 「でもちょっと疲れちゃったの。こんなにお城が広いと思わなくて……」 「ですが、すぐにレンド様がいらっしゃいますよ。いくら式を挙げないとはいえ、今夜は新婚初夜になるんです。ぴかぴかに磨き上げないと」  ユーノのその言い方にニナはくすっと笑う。  最初はずいぶんと硬い様子だったユーノも、気が付けばだいぶ砕けていた。たまに茶目っ気を見せる辺り、本人の気質による所は大きそうだったが、ニナ自身があまり気負わずあれこれと話しかけたせいもあるだろう。 「磨き上げても、私は私だと思うの」 「ニナ様はこれからもっとお美しくなりますよ。お手入れし甲斐がありそうだとみんなが喜んでおりましたもの」 「……そうなの?」 「……口が滑りましたね」  ふふっとユーノが笑ったのを見て、ニナはまた嬉しくなる。  レンドは今夜また来ると言っていたが、その不安もユーノが打ち解けた様子を見せる度に解けていった。 「担当の者を呼んで参ります。くれぐれもベッドで眠ってはいけませんよ」 「うん、気を付けるわ」  ユーノはそう言って急ぎ足で部屋を出て行った。  ひとり残されたニナは、真っ暗になった窓の外を見上げる。 (なにも言わずに決めてしまったから、きっとお義母様もお姉様も心配しているわね。せめてお手紙を送ることができればよかったんだけど)  それはできない、と案内の途中でユーノに言われていた。  城の外と中を行き来する物には厳しい検閲が入るらしく、ニナの些細な手紙にその労力を使っている余裕はないということだった。  そう告げたユーノが本当に申し訳なさそうにしているのを見て、ニナは家族と連絡を取るのを諦める。この国の女性が望む高い地位についたからといって、わがままを言うつもりはなかった。 (……でも、ちょっとだけ寂しい)  家族にまた会える日が来るのかどうかすら、今のニナには分からない。そういったことは夫であるレンドの許しが必要だと聞いて落胆したのは事実だ。 (今夜いらっしゃるのなら、お許しをもらってみようかしら……)  そうは思うものの、レンドが簡単に許してくれるようには思えない。  彼は明らかにニナに対していい印象を持っていない。それはニナも同じだったが。 「……怖いわ」  呟いたニナの声が一人ぼっちの部屋にこだまする。  今までなら家族の誰かが大丈夫だと抱き締めてくれた。だが、今は誰もいない。 「怖いわ……」  自分を抱き締めながらニナはもう一度呟く。  不安げなその顔は、戻ってきたユーノと湯浴みの担当として顔を見せに来ていた数人のメイドにさらされることなく、すぐに作られた笑顔に変わった。  こうなると決めたのならもう文句は言わず受け入れる。  それが、ニナの決意だった。
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