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 国王が何を告げたのか、一瞬――どころか、たっぷり十秒ニナには理解できなかった。  王子と結婚。その言葉が延々と頭の中を回り続ける。 「あの……今、なんと仰ったのでしょう……? 王子様と……結婚……と聞こえたような気が……」 「ちゃんと聞こえておるようじゃの」 (……ほんとに? ほんとの……ほんとに?)  まだニナには実感できない。  王子というのはこの国で誰もが憧れる男性だ。そしてニナには天上の人間にも等しい。 「先日の舞踏会は王子の結婚相手を探すためのものじゃった。あやつ、いつまで経っても結婚しようとせんからのう。代わりにわしの方でふさわしい娘を見繕った、というわけじゃな」 「お、お待ちくださいませ。ふさわしいとは一体、どのような基準で……」  相手が国王であり、おいそれと口を利いていい相手ではないということもニナはすっかり忘れてしまっていた。  ただただ困惑し、思ったことをそのまま口にしてしまう。  幸い、気さくに見えるこの国王は気にした様子がなかった。 「うん? 一番わしの目を惹いた者だ。身分があろうとなかろうと、王子はどちらにせよ拒む。だったら感覚で選んだ相手でも問題ないじゃろう」 (大ありだと思います……!)  よりによって、あの舞踏会で最も身分が低いであろうニナが選ばれてしまった。  恐らく国王が目を惹いたと言うのは……。 「そなたの髪の色は珍しい。瞳の色もそのようにはっきりと森の色が表れた緑は滅多に見ない。なんとも美しい色じゃとあの夜はずっとそなたばかり見ておったよ」 「あ……ありがとうございます。お褒めの言葉をいただきまして光栄でございます……」  ニナにはそう言うのが精一杯だった。  例え恋人に囁くように褒められたとしても、これが原因でまさか王子の妻に選ばれてしまうとなれば素直に喜んではいられない。  そんな大役、ニナに務まるはずがなかった。 「陛下、お言葉ですが私には務まらないかと思われます。恥ずかしながら身分も低く、宮廷に上がるような教養も作法も身につけておりません」 「知っておるよ。だからわしはこう提案させてもらう」  そう言われ、ニナは顔を上げた。 「そなたが王子の妻となったあかつきには、実家への援助を許そう」 「え……」 「聞けばあまり裕福な家庭ではないと言う。どうじゃ、家族によい暮らしをさせてやりたいとは思わないか」 (それは願ってもないこと……だけど)  国王と呼ばれるだけあって、人の心を掴むのがうまいのかもしれないと思ってしまう。  ニナは自分のことだったら決して首を縦に振らなかっただろう。  だが、提案されたのは家族への援助。国王にとってははした金でも、ニナたちにとっては明日のパンが固く酸っぱい黒パンから、柔らかい白パンに変えられるくらいのものかもしれない。  それどころか、古着ばかりの母や姉たちに新しい流行りのドレスを贈れるかもしれない。毎日野菜の切れ端だらけのスープではなく、肉がたっぷり入った栄養のあるものを食べられるかも。  いくら援助できるか、はともかく、ニナの頭の中は豊かな生活を送る家族のことでいっぱいになった。  彼女たちはいつもニナに優しくしてくれる。  ニナにお返しができるとしたら、今なのかもしれない。 「どうして……そこまでして私を……」  ただ、そこが気になった。  いくら目に留まったとはいえ、援助など必要のない年頃の娘はいくらでもいるはずだ。 「今、話してみてそうすべきだと思ったからじゃな。そなたは……王子を変えてくれるような気がしてのう」 「王子様を……ですか?」 (王子様に何か事情がおありなのかしら……)  ニナのような身分の者の所に入ってくる王子の情報などたかが知れている。  見た目は誰もが口を揃えて素敵だと言う。ただし、性格となるとまた話は変わった。  ある人は王子にふさわしい資質を持った優しい男性だと言い、ある人はこの国など到底任せられない野蛮で乱暴な男だと言った。  もちろん、後者は声を潜めて噂されるものになる。そのせいで余計に面白おかしく広まったというのはあったが。 「どうじゃな、話を飲んではくれまいか」  王子のことを国王は話してくれない。  ニナに与えられたのは質問の時ではなかった。ただ、是か否か、そのどちらかを答えるしかないのだ。 (頷けばお義母様にもお姉様にも裕福な暮らしをさせてあげられる。……素敵なドレスを贈ってあげられる。いろんな舞踏会にだって呼んであげられる。……ううん、それだけじゃない。とびっきりの結婚相手と出会わせてあげられるかもしれない……)  貧しい身の上では結婚すらままならない。持参金のない娘に価値はなく、いくら若くて美しかろうと迎えに来てくれる物好きな男はいないのだ。  姉たちがとっくに適齢期を迎えていても独り身でいることを、ニナは密かに気にしていた。  家族のために働き、その時間の分だけ出会いをなくしていく。それなのに姉たちは言うのだ。「ニナは素敵な人と結婚してね」と。  ふぅ、とニナは息を吐く。  最初から考える必要などなかった。答えは決まっていたのだから。 「……私でよろしければそのお話、お受けいたします。……いえ、どうぞこの国のプリンセスとして迎えさせてください」  深く深く頭を下げたニナを見て、国王は満足げに頷いた。  一人のかわいそうな身の上の少女に結婚を強いたとは思わないのが権力者というものである。ただ国王はよいことをしたと、ひたすら嬉しそうに頬を緩めていた。
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