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 使者に連れられ、ニナは大きな馬車の前に立った。  国王からの呼び出しということもあって、本当にニナが乗ってもいいのか不安になるほど立派で豪奢なものである。馬は当然のように白馬で、どちらも素晴らしい毛並みと身体をしていた。  動物を好むニナはもう少し馬を観察していたいと思ったが、急かされるようにして馬車に乗せられてしまう。  道中、ほとんど会話はなかった。  一応同乗している使者も特に口を開かず、かといってニナを見つめるわけでもなく気まずい空気を生み出している。  いつものニナだったらここで馬車のことや城のこと、これから出会うであろう国王についていろいろと質問しただろう。それができなかったのは、自分が悪いことをして呼び出されたからだと固く信じているからだった。 (……夕飯の時間には帰るって言ったけれど、もし約束を守れなかったらどうしよう)  牢屋に入れられるのかもしれないし、家族とは二度と会えない罰を与えられるのかもしれない。  ニナにとってあの失礼な男にしでかしたことは、そこまでの罰を受けるようなものだと思えなかった。それでも、自分たちとは違う高貴な身分の人たちにとっては違う可能性の方が高い。そうでなければこうして呼び出されることもないのだろうから。 (あ……。プラム酒を漬けたままだってこと、伝えてないわ。そろそろ飲み頃だったのに) 「……あのう、使者さん」 「……なんでしょう?」 「もし、お許しが出たら母と姉に伝えてください。『プラム酒が飲み頃です』と」 「プラム酒……ですか」 「はい。それだけ伝えればわかってもらえると思います」 「……わかりました。そのぐらいの連絡でしたら、陛下のお許しを頂かなくても大丈夫ですよ」 「ありがとうございます……!」  心から頭を下げると、使者はふっと笑う。 「プラム酒とは懐かしいですね。実は私の実家も毎年この時期に漬けておくんです。うちのは店のものより酸味が強くてね」 「そうなんですか? 私が毎年漬けるものは、とびっきり甘くするんです。お砂糖は高いんですけど、そうするとシャロアお姉様が喜ぶから……」  だんだん、ニナの声が小さくなる。  ニナはシャロアが喜ぶ顔を見たくて毎年プラムを摘んでは甘い酒にしていた。だが、今年はその喜ぶ顔を見られないかもしれないのだ。 「……私、うちに帰りたいです」 「…………」  使者はなにも言わなかった。言えなかったという方が正しいだろう。  だから、ニナがすすり泣き始めても口をつぐみ続けた。  慰めるようにその背中をそっと撫でながら……。  ニナが泣き止んだ頃に馬車は止まった。  気遣う様子を見せてくる使者に大丈夫だと告げ、手を借りずに馬車を降りる。  ここまで来てしまったらもうどうすることもできない。できれば家に帰してもらえるよう願うだけだった。  長い階段を上がり、巨大な門をくぐり、そして。  あのとき、舞踏会で来た道とは違う道を通り、先へ、そして奥へと案内される。 「私がご案内できるのはここまでです。後はお一人でお進みください」 (そんな……)  どうやら、使者はこの奥にまで進めないらしかった。  となると、ニナは一人ぼっちになってしまう。  心細さでいっぱいになっているのを使者も感じ取ったのだろう。  先ほどのこともあってか、安心させるようにニナへ微笑みかけた。 「プラム酒は飲み頃を逃すとおいしさが半減してしまいますからね。ちゃんとご家族には伝えておきますよ」 「……はい」 「……あまり無責任なことは言えませんが、きっと大丈夫です」 (使者さん……) 「それでは、失礼致します」  ニナにそう告げて使者は背を向ける。登ってきた階段を降りていく背中がだんだん遠ざかって、ニナは本当に一人ぼっちになってしまった。 (……この先に進むのは怖い。だけど立ち止まってるわけにもいかないから……)  すぅ、と息を吸って一気に吐く。そうして何度か深呼吸してから、ニナは物々しい扉に手をかけた。  そこにはニナが初めて見る玉座があった。  白髪の目立つ金髪の男性がそこに腰を下ろしている。頭上を飾るのは王冠。もうそれ以上見なくてもこの男性がなんなのか、ニナにはすぐにわかった。  床に膝をついてその人に頭を垂れる。 「……ご命令に従い参りました、ニナ・アルテッドと申します」 「おお、そうそう。この色じゃ、この色」 (……うん?)  思ったよりも軽いノリで声が降る。 「顔を上げても構わんよ、ニナ殿。急に呼び立てて悪かったね」 (ほ、本当に顔を上げてもいいの?)  いけないのではないだろうか、と思いつつ恐る恐る顔を上げる。 「……なかなか器量よしの娘さんじゃないか。よいよい、下手に地位のある令嬢よりよっぽど好感の持てる顔じゃな」 「あ……ありがとう、ございます……?」 (私、怒られるんじゃなかったのかしら……?)  とてもそうは思えなくて混乱していると、国王はニナに向かってにっこりと笑った。 「実はそなたに折り入って頼みがある」 「は、はい。なんでしょう……?」  こくり、とニナはつばを飲み込んだ。  とても優しそうなのに、なぜか嫌な予感がしたせいで。  びくびくしながら心の準備をするニナに、とうとう国王はとんでもない一言を告げた。 「――この国の王子と結婚してもらいたい」
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