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 そしてニナは、呼びに来た母と姉と一緒に家に帰った。  行きとは違い、ずっと静かでなにかを堪えるようにするニナを、家族はずっと心配そうに見守っていた。  家に着くなり、ニナは我慢できず泣き出してしまう。  慌てたのは母と二人の姉。すぐにニナの背中を撫で、頭を撫で、泣き止むのを待った。 「ニナ、なにか嫌なことがあったの? あんなに楽しみにしていたのに」 「ドレス……馬鹿に、されたの……っ」  それだけ言うのが精一杯だった。伝えたくない気持ちはあったものの、この涙の理由を曖昧にごまかせばもっと心配させてしまう。  家族はすぐに理解して、再びニナをあやし始めた。  同時に、そこまで怒り悲しむニナを喜んだ。  やがてニナが泣き止み、落ち着く頃にはすっかりいい時間になってしまっていた。  赤くなった目元を擦りつつ、ニナは唇を噛んでうつむく。 「子供みたいに泣いてごめんなさい……」 「いいのよ。私たちのために怒ってくれてありがとう。今、ブルームがミルクを温めてくれているわ。それを飲んで、今日はもうおやすみなさい」 「……うん」 「ニナはなにも気にしなくていいの。女性のドレスを馬鹿にするなんて、随分マナーのなっていない人がいたものね。私の娘によくそんなひどいことが言えたものだわ」 「お母様、きっとあれよ。ニナがかわいすぎて、私たちのドレスじゃだめだって言いたかったのよ」 「なるほどね。そういう意味なら許してあげてもいいわ。でもニナを泣かせたことは許さない」 「そうね。……まったく、ひどい話」  シャロアがニナの目尻に溜まった涙を拭う。それが最後の一滴だった。  熱くなってしまった顔を冷やしながら、ニナは心の中で固く誓う。 (もう二度と舞踏会になんて行かない。またあの人には会いたくないから――)  ――ニナが非常に嫌な思い出を残すことになった舞踏会から、十日ほど経ったある日のことだった。  こんこん、と扉を叩く音が響く。 「はーい、どちら様ですか?」  開けたのはニナだった。  だが、目の前に広がる物々しい男たちの姿にひっと息を呑んでしまう。 「あ、あの……」 「ここはアルテッド家でよろしいですね?」 「は、はい」  訪れたその人は、明らかにニナと住む世界の違う人だった。  全身から貴人だという空気が漂っており、とても真正面から見ていられない。  気後れしながら、ニナはなにかあったのだろうかと自分の手を握り締めた。 「国王陛下からのご命令です。赤銅色の髪の娘を直ちに城へ連れてくるように、と」 「――え」  ニナは息ができなくなった。  この家にいる赤銅色の髪をした娘は――ニナ以外にいない。  もちろん、目の前の使者にもそれがわかったのだろう。  ニナに向かって鋭い眼差しを向けてくる。 「この家にあなた以外の女性は?」 「は……母と姉が二人います。ですが……髪の色が赤銅色なのは私だけです……」 「では、今すぐ来ていただけますか」 「だめよ!」  ニナが振り返ると、いつの間にかそこに母とブルームの姿があった。シャロアは今、お針子の仕事に出向いて家にいない。  つかつか歩み寄った母のカーラがニナの腕を掴む。  そして、まっすぐ使者を睨みつけた。 「ニナを連れて行くですって? そんなことは母の私が許しません」 「これは国王陛下のご命令なんですよ」 「理由もわからず、かわいい娘を差し出せと言うんですか」 「もう一度言います。これは、国王陛下のご命令です」 「それしか言えないならお帰りください。ニナは連れて行かせませんわ」 「待って、お義母様」  カーラの言うそれが悪手だというのはニナにもよくわかった。  国王はこの国における絶対的な権力者だ。そんな相手の命令を、いち貴族――それも貧乏貴族のニナたちが逆らっていいはずがない。  ニナが好んで読む物語でも、国王が機嫌を損ねて領民を罰したというものが少なくない。  もし、ニナを守ろうとしたせいで、カーラたち家族になにか恐ろしいことが起きたら。  それを思えば、ニナは黙っていられなかった。 「私、行くわ。だって呼ばれているんでしょう?」 「ニナ!」 「きっとこの間たくさんの方と踊ったから、なにか粗相をしてしまったのかも。ううん、もしかしたらそこで私を見初めてくれた親切な方がいるのかもしれないわ。その方と引き合わせるためにお城へ招待した……ということだったら素敵だもの」  声が震えるのをなんとか押さえて言い切る。  どちらかといえば、粗相をしてしまった、という方に覚えがあった。  ニナが手を上げそうになったあの男だ。 (偉そうな人だったし、国王陛下になにか言ったのかもしれない。もし怒ってるんだとしたら……すごく嫌だけど、ちゃんと謝らなきゃ。私だって好き勝手言ったんだし) 「使者さん、私を連れて行ってください。国王陛下の御前では、この服でも大丈夫ですか?」 「……構わないと思いますよ」  だめだと言われた所で、用意できる服などたかが知れている。  それでもニナは、着慣れた服を許されたことにほっとした。 「ニナ、だめよ……」  シャロアの小さな声が響く。  母が離すまいと掴む手を、ニナはそっと解いた。 「きっとなにかがあっても使者さんがこの家に連絡してくれるわ。そうでしょう?」 「陛下のお許しがあるなら、私が責任を持ってご連絡致しましょう」 (ああ、この人はいい人なんだ)  さっきまでは近付き難いと思った使者を見上げる。  今は少しだけとっつきやすいと感じながら、ニナは母と姉に手を振った。 「行ってきます。大丈夫よ、夕飯の時間には帰ってくるわ」
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